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噂の次男がやって来た


バーリエ家の双子が、揃って学院の研修旅行に出ることになった。

研修期間は三泊四日で、日程自体は重なっているがそれぞれ別の学科に属しているので行程は全く違う。

フォルツの所属する領地経営科の方は王都近隣の商工業の栄えた領地を回り、実際に簡単な仕事を与えられる実地研修。

一方のリントの方は騎士科なので、実質、研修という名の行軍演習である。


「二人とも忘れ物はない??」

「だいじょうぶだよ」

「母上より口煩い…」

「姉さんこそ、一人で大丈夫?」

「私は大丈夫よ、それこそ貴方たちが王都に来るまではずっと一人だったんだもの。

慣れてるわ」


と、ここまではバーリエ家姉弟のよくある日常会話。


「いや待て、今は一人じゃないだろうオーロラ」


三人の遣り取りを見守っていたもう一人からツッコミが入るのが、今彼らが置かれている現状である。


「……ホントに大丈夫なの?姉さん」


小声でリントがオーロラに耳打ちするのにも、「聞こえてるぞー、リント」とミハイルは丁寧に反応してくる。


「君たちのいない間は私が姉上を責任もって守るから、心配せずに行ってこい。

フォルツの行く研修は私も参加したが、普段見えてるようで見えてなかった経済の仕組みが裏側から見えて興味深かった。

しっかり学んで来るといい」

「……はい」

「リントの騎士科の演習は、参加した直後の弟に感想を聞いたらそれまで生きてきた中で一番きつくて思い出したくない、って言ってたな。

弟の学院時代からだいぶ年数が経ってるしカリキュラムも変わってるかもしれんが。

とりあえず、生きて帰れ」

「うげぇ…」


双子からすると突然姉が結婚することになった高位貴族、しかも結婚に至る経緯が怪しいとまだ疑っている相手のはずなのだが、ミハイルの方が屈託なく接してくるおかげでか普通に会話をするようになっていた。

ミハイル自身にも弟がいて、年下男子の扱いに慣れているせいもあるのかもしれない。


それぞれの思いを荷物と一緒に抱えて双子が出発するのを見送って、オーロラは礼を言う。


「お忙しいのに、見送りまでしていただきありがとうございます、ミハイル様」

「構わない。

私にとっても大事な義弟たちだからな」


本当に当たり前だと思っているかのようにさらりとそう言われると、二人の関係が契約で成り立った期間限定のものだというのを忘れそうになる。


「双子は15になったのだったか」

「はい、先月誕生日でしたので」

「そうか。ならうちの弟とちょうど10違いになるのだな」

「王立騎士団にお勤めという?」

「ああ。忙しいのか、最近はめったに侯爵邸に寄り付かないんだが」


騎士団勤めというリンデルト侯爵家の次男とは、オーロラはまだ面識がない。

騎士団の詰所には寝泊りできる宿舎もあると聞くから、そちらで起居しているのかもしれない。


仕事までまだ少し時間があるというミハイルに誘われて侯爵邸の中庭で二人、お茶を飲んでいる時だった。


「ただいま兄上!結婚したってホント~?」


とびきり元気な声が聞こえ、大柄な男性がいきなり庭に現れた。

先触れもなく声が掛けられてオーロラは結構驚いたのだが、ミハイルの方は平然としている。

なんとなく似た面差しの男性が彼を『兄上』と呼んでいるところからして、噂の弟君(おとうとぎみ)ということだろう。


「………久々に帰ったと思ったら挨拶がそれか」

「えー、だって遂に兄上が嫁さんをもらって、これで侯爵家も安泰!

俺も騎士に専念できるってもんだろ?」

「何言ってんだ、だから爵位はいずれお前が……」

「あー、はいはい。

で?で? その義姉上はこの方???」

「……」


えらく元気でガタイのいいのが飛び込んできたなぁと思っていたオーロラに、兄弟二人の視線が同時に向く。


(存在に気づかずにいてくれてる間に退席すればよかったかも)


脱出の機会を逃したと悔やむがもう遅い。

立ち上がって淑女の礼を執る。


「初めまして、バーリエ伯爵家から参りました、オーロラと申します」

「うわぁ噂の通り、ほんとに金髪碧眼だぁ…って、痛い!」

「阿呆、お前も名乗れ」

「あ、はいはい。

初めまして義姉上、侯爵家次男のオーブリー・リンデルトです。

今は王立騎士団第四師団で副師団長をやっています。

お見知りおきを」

「よろしくお願いいたします」

「よろしくーっ」


剣ダコのあるゴツイ両手で握手したまま上下にブンブン振られる。

ミハイルよりも少し金色に近いプラチナブロンドの美丈夫だ。

性格は明るいというか、軽いというか、貴公子然としたミハイルとは初見の印象はずいぶん違う。


王立騎士団はいくつかの師団で構成されている。

第一師団は王城内の警備や王族や要人の警護。

第二師団は別名魔導師団ともよばれ、魔法使いや魔法騎士が多数所属している。

第三師団は国内外の騒乱の鎮圧や魔獣被害への対処をする、国防の主力。

そして、オーブリーの所属する第四師団は、王都の治安維持を担う部隊で、所属騎士の人数も、警邏に当たる準騎士団員もかなり多い。


「その若さで第四師団の副師団長様とは、とても優秀でいらっしゃるのですね」

「ああ、自慢の弟だ」

「ちょっと、やめてよ兄上」

「最近忙しかったようだが、よく顔を出せたな」

「うん、忙しいのは確かなんだけど、頑張って時間作ってきた」

「そうか」


頭でも撫でんばかりに慈愛の表情で弟を見るミハイルと、嬉しそうに近況を報告するオーブリー。

印象は違うが、兄弟仲は大変良好のようだ。


「いやあほんっとに良かった!

これでお二人の間に子供が生まれたら、継承問題も万時解決で、兄上も僕に爵位を譲るなんて馬鹿なことは言い出さなくなるでしょ」

「いや、何言ってるんだ、爵位は譲ると言ってるだろう。

それは変わらない」


(……ん?)


「え? そっちこそ何言ってんの、侯爵夫人になったばっかりの義姉上の前で!」

「彼女もそのことについては了承している」

「はぁ!?」

「お前こそ、騎士団に籍を置くのは副師団長クラスになるまでと言ってたじゃないか」

「少なくとも副師団長クラスになるまでは頑張るって言ったんだ!

副師団長になったら辞めるなんて一言も言ってない!!」

「何言ってるんだ!」

「そっちこそ!」


和やかな雰囲気から一転、ふたたびオーロラの存在を脇に置いた状態で、今度は兄弟の言い争いが始まってしまった。


(契約結婚は弟に爵位を譲るまで、って言ってらした、わよね?)


一年、長くても二年。

話を聞いた時にはてっきり兄弟間で話し合いは済んでいるものだと思っていた。

けれども話の流れから察するに、オーブリーは騎士団を辞めることも爵位を継ぐことも納得していない。

よくよく記憶を辿ってみれば…


『あと一年か二年の間には説得するつもりでいる』


と言っていなかったか。

つまり、まだこれから説得をする段階ということだ。

契約期間が際限なく伸びる予感で、オーロラは眩暈を覚えたのだった。

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