あれよあれよってこういう状況をいうのね
ブクマありがとうございます。
長くなって半分に分けた2話を続けてあげてます。
ご注意ください。
タウンハウスに入ると、食卓に並べられたおいしそうな食事が目に入った。
だが、そこに座っている双子は、食事には全く手を付けていない様子だ。
なにがどうなっているかわからない状況で、それは当たり前の反応かもしれない。
逆に別邸で堂々と食事してきたオーロラの方こそ、肝が据わりすぎているのだ。
「初めまして、バーリエ伯爵令息フォルツ殿、ならびにリント殿。
私は、ミハイル・リンデルト。
この度、君たちの姉上と婚姻を結ぶことになりました」
さらりとミハイルが告げた言葉に、双子は目を瞠った。
次に、見たこともないような豪華なドレスや装飾品にくるまれた自分たちの姉の方を見遣る。
互いにどんな表情をしたらいいのやらわからず無言のバーリエ家の姉弟に、ミハイルが代わりに言葉を紡ぐ。
「昨日も手紙を送らせていただきましたように、私はずっと、オーロラ嬢を想って探し続けてきました。
そして、直接出会い、想いの丈を伝えて、彼女の方も結婚に同意をしてくれました。
これから彼女は、結婚に向け侯爵邸で過ごしていただくことになります。
突然で信じられないだろう、とは思いますが」
「はい、信じられません」
「リント……!」
ミハイルの言葉にやや食い気味に、リントがきっぱりと言い放った。
身分の高いものの言葉を遮って、下位の者が勝手に発言するのは礼儀に反する。
弟の無礼を窘めようとしたオーロラを、ミハイルは微笑んでやんわりと止め、続きを話すよう目で促した。
「私どもの姉は、残念なほどに恋愛に対して淡白かつ懐疑的なのです。
それに姉は、昨日侯爵様からいただいた求婚状に対しては『人違い』とお断りをしたはず。
直接会って話をしたからと、すぐに結婚に同意するとは到底思えません」
何が裏があるのだろう、と言外に伝えている。
オーロラは、いつミハイルが不敬だと言い出すかと内心気が気ではなかった。
だがそんな不安を知ってか知らずか、オーロラの肩に優しくミハイルの手が置かれ、やんわりと引き寄せられた。
「君達の不安も尤もだ」
少し砕けた口調になって、ミハイルが言う。
「ずっと探していたと伝えても、オーロラ嬢にとっては身に覚えがない相手。
なかなかすぐには、私の想いは受け取ってもらえないとは理解していた。
だがそれでも、私は君達の姉上を諦められない。
金に物を言わせるようで心苦しくはあるが、私に今すぐ差し出せる誠意といえば、侯爵家の財しかない。
バーリエ伯爵家や、君たちの学院生活についての経済的援助も行う。
だからどうしても傍にいてくれと懇願して、なんとか頷いてもらったところだ」
実家の経済的苦境を盾にされたという事実に、弟たちの目に剣呑な光が宿った。
それを見たオーロラが慌てて間に入ってとりなす。
「お金に目が眩んだ、ってわけじゃないのよ?
いや、それもゼロではないけど…」
「姉さん!」
「顔だけの男に気を付けろって、先生にあれほど言われたじゃないか!」
「顔だけ…?」とミハイルが自分を指さすのを無視して、双子がオーロラに詰め寄る。
「しかもお金で……俺たちはなんなら今すぐ学院を辞めたっていいんだ!」
「そうだよ姉さん、無理に愛のない結婚に走って自分を売るような真似をしなくてもいいんだ!」
言われ放題のミハイルがちょっと気の毒に思えるが、双子の言うことは概ね真実を衝いているので真っ向から否定もできない。
だがまあ、なんとか納得してもらわないと話が進まない。
「あのね、直接お会いして、ちゃんと人違いですとお伝えしたのよ。
でもいろいろと話をして、侯爵様の誠実な人柄に惹かれたの。
だから…決して愛がない結婚、じゃあないのよ?」
我ながら苦しい言い訳だと思いながらもオーロラは弟たちの様子を見守る。
姉弟が無言で見つめ合うこと数秒。
その沈黙を破ったのは、やはりミハイルだった。
「それではこうしましょう。
彼女はこれから結婚とその準備に向け侯爵邸に入ってもらいます。
それに、君たちも同行してください」
「……はい?」
「君たちも、オーロラ嬢と一緒に侯爵邸で暮らしてください。
そうすれば、私が彼女を騙していないか、よからぬ企みを隠していないかも、間近で見張ることができるでしょう?
君もその方が安心できるのではないですか?オーロラ」
突然の提案に、オーロラはそんなの聞いてないと思いながらもミハイルの意図がわからず言葉を継げない。
さっきから好き放題言っているリントも、いきなり何言いだしてんだこの人という顔になって絶句している。
一方、侯爵相手には何も言っていなかったフォルツが、少し考える間を置いた後、すっとミハイルに向き合った。
「わかりました。侯爵邸に参ります」
「フォルツ…!?」
「何言ってんだよ、兄貴!」
オーロラとリントが驚いて声を上げる中、ミハイルは微笑みを浮かべてフォルツの次の言葉を待った。
「不敬を承知で改めて申し上げますが……
姉が何と言おうと、私たちは侯爵様が本気で姉を好いているとはまだとても信じられません。
侯爵様の真意がわかるまで、姉の様子を見守るため、図々しいのは承知で侯爵邸でお世話になりたいと思います」
「図々しいなど。
もちろん、私がお招きしたのだからそんな風に思わず気兼ねなく滞在してくれて構わないよ」
「ありがとうございます。
ですが、やはりこの結婚により姉が不利益を被るというのが分かれば、侯爵様が、そして姉自身が何と言おうと、連れ帰らせていただく。
それでよろしいですか?」
「フォルツ……」
小さく体を震わせながら、毅然とした態度で高位貴族のミハイルに正面から向き合う弟に、オーロラは彼の成長を垣間見たようで密かに感動していた。
甘えん坊で小さかった弟が今、王国侯爵家当主に身一つで相対している。
幼い頃から、そして学院入学のため王都にやってきた二人を預かった時からはさらに、オーロラは自分が弟たちを守るのだと気を張っていた。
だがもしかしたら、成長した弟たちからしたら女であるオーロラは、いつしか守ってくれる存在ではなく守るべき対象になっていたのかもしれない。
フォルツの言葉を最後まで微笑みを絶やさず受け止めていたミハイルが、双子の顔ををそれぞれ見遣ってから口元を少し歪めてニヤリと笑う。
「いい目をしているじゃないか。
もう一人の弟君の方もな、学生時代の我が弟を見ているようだ。
気に入ったぞ」
(あ〜……)
ほんの少し前、ミハイルから同じ言葉を言われた後そのままの流れで契約結婚に持ち込まれたばかりのオーロラは既視感でいっぱいだ。
姉弟まとめて捕まえたぞと言わんばかりの笑顔のミハイルに、ああもうこれは止められないなと覚悟した。
「ならば善は急げだ。
さっそく引っ越しといこうじゃないか。
いやあ、あらかじめ用意してきてよかった」
パンパンとミハイルが手を打ったのを合図に、室内で控えていた執事のトレバン、そして外で待機していた騎士他数名の使用人も加わって、一斉に動き出した。
強引なミハイルにいくらか耐性がついて諦めているオーロラと違い、そうではない双子はどんどんと進められていく引っ越し作業に「え?は?」と戸惑いを隠せない。
「家具は借家の備品ですか?
それとも伯爵家の?」
「あ…いえ、備品です」
「承知しました」
「食事は本邸に戻られてから召し上がりますか?」
てきぱきと動く人々を目で追いつつときどき飛んでくる質問に答え、バーリエ家の姉弟はただただ見守るしかなかった。
その間もずっと、ミハイルは笑顔でオーロラの肩を抱いたまま、彼女の傍を離れなかった。
(なんていうか……捕獲されてる気分だわ)
来た時同様にミハイルの馬車にはオーロラが、もう一台にはトレバン他使用人が乗り込んだ。
フォルツとリントは、半分本人たちの希望もあって騎士たちの駆る馬に同乗させてもらっている。
さほど多くはないとはいえ、一家三人分の荷物はどれだけ入るかもわからない大容量空間保管庫へとすんなりと納められ、トレバンたちの乗る馬車に載せられた。
タウンハウスから貴族街へ入り、まっすぐ進んでいくことしばし。
「城?」と馬上でリントが思わず呟いてしまうほどの豪邸、リンデルト侯爵家本邸に辿り着いた。
「こちらはバーリエ伯爵家の御令嬢、オーロラ嬢だ。
私の妻になる人だ」
「よろしくお願いいたします、お嬢様」
「そして彼らはオーロラ嬢の弟君、双子のフォルツ殿とリント殿だ。
二人とも、学院中等部に侯爵邸から通ってもらうことになった。
オーロラ嬢ともども、丁重に接するように」
「かしこまりました」
居並ぶ使用人たちが声をそろえて返事をするのに、会釈で返した。
その後すぐ、双子が私室として借りることになった客間に案内されていくと、続けてミハイルがオーロラに執事服の初老の男性とお仕着せ姿の若い娘を紹介した。
「オーロラ嬢、侯爵邸のすべてを取り仕切っている執事長のマシューだ」
「マシューと申します。
侯爵邸でわからないこと、ご不便な点などございましたら私になんなりとお申し付けくださいませ」
「よろしくお願いします…」
「それからそちらは君の専属侍女をする、メイだ」
「メイでございます、お嬢様」
「え、っと、お嬢様は…呼ばれ慣れていないので、オーロラと呼んでいただく方がいいです」
「かしこまりました、お嬢様」
(話が通じないんだけど…!?)
「皆、お嬢様がお越しになり喜んでおります。
心を込めて、お仕えさせていただきます。
よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
執事長に丁寧に挨拶されて、侍女と二人深々と頭を下げられた。
オーロラは困ったようにミハイルを見上げるが、澄んだ青い瞳の侯爵は面白がっている様子を隠そうともせず、鷹揚に笑って頷いた。
あれよあれよという間に来るところまで来てしまった。
オーロラはふぅと一つ息を吐き、と腹に力を入れた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
―――その日の深夜、リンデルト侯爵執務室。
ミハイルは、指示した仕事を終えて戻ってきた侯爵家の騎士の報告を受けていた。
「少なくとも三組はバーリエ伯爵家タウンハウスを監視していました。
襲撃もしくは行動確認が目的かと思われます」
「やはりか」
バーリエ邸に求婚の手紙を届けるためトレバンを遣わして以降、ミハイルは騎士に命じてタウンハウス周辺を極秘裏に警護させていた。
その結果、子爵邸に向かうオーロラ、学院に行く双子にも、接触を図ろうとする者が現れ、その身柄を確保。その後もタウンハウスの周りには、出入りする者を窺う何者かの集団が複数確認されていた。
どれも、ミハイルが婚姻に向け動き出したらしいとの情報を受けた分家筋の人間に依頼された者たちだった。
そのため、オーロラはもちろんだが、双子も安全のため侯爵邸に迎え入れる準備をしたのだ。
タウンハウスが空になったことで、周囲を彷徨いていた者たちは姿を消したらしい。
「報告は以上でございます」
「ご苦労。行っていいよ」
「はっ」
ぱさりと報告書を執務卓に放り、ミハイルはふぅとため息を吐く。
「ハイエナどもめ」
求婚状を送ってから動きを見せるまでの時間が短い。
侯爵家本邸内に分家筋の息が濃くかかった者がいる。
「掃除をするなら一気にやらないとな」
そう言うと、ミハイルは傍で控えていたマシューを見遣る。
「かしこまりました」と答え、一礼してマシューは執務室を出て行った。
これで、本邸内の使用人の整理は大丈夫だろう。
オーロラたちが侯爵邸に来たことで立った波風により潜り込んでいたネズミたちの動きが活発化して、結果的に分家筋の手の者のあぶり出しが楽になった。
「手間を省いてくれた分、妻にはサービスしないといけないね」
どうしたものかなぁと、ミハイルは愉し気に明日からの予定に思いを馳せたのだった。