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外堀はすでに埋められていた


別邸を出てまず向かったのは、貴族街の一角にある婦人向け服飾品を取り扱った高級そうな店だった。

別邸の使用人たちにも胡乱な目で見られたように、自分のいでたちが侯爵の隣に立つにはまったくそぐわないのはオーロラも理解していたので、なんとなくそうなる予感はあった。

顔見知りらしい店の女主人に、『それでは頼む』とだけ告げたところをみると、契約用結晶片同様、あらかじめ手配が済んでいたらしい。

大人しく着付けられたドレスはほぼほぼオーロラにピッタリなサイズであった。

しかも光沢ある白に空色を思わせる青で緻密な刺繍が施されている。見るからに、ミハイルの色味である。

『どこでどうやってサイズを知ったんだ怖っ』と思わなくもなかったが、あらかじめオーロラおよびバーリエ伯爵家についていろいろ調べたらしいので、そこに含まれていただろうとそれ以上は深く考えないことにした。

髪をさささっと整え、化粧も簡単に施してもらうと、オーロラは待っていたミハイルの元へと戻された。


「うむ、想像通りの出来だ」

「そこは、『想像以上に美しい』と褒めて差し上げるべきところですわ、侯爵様」


満足そうに頷くミハイルに、女主人が窘める。

窘められたミハイルの方も笑って受け流しているから、思った以上に気安い仲のようだ。


「お急ぎとのことなので短時間のお世話しかできないのがとても残念です。

本当にお美しいですわ、お嬢様」

「……ありがとう、ございます」


お嬢様なんて呼ばれたのは何年ぶりだろうとオーロラはドギマギする。

王都に来てからここ数年は、どちらかというと『お嬢様』と呼ぶ方の立場だったので、違和感しかない。


「他にも何着か見繕いたいのだが」


ミハイルが言いだした言葉に、オーロラの耳がぴくりと反応する。


(これはもしやあれですか?

大富豪あるある、ここからここまでぜーんぶ買うぞ、ってやつ??)


物語の中のセリフが聞けるかと、オーロラはわくわくするのをひた隠しにしながら続きの言葉を待った。


「品物を持って侯爵家本邸へ訪ねてきてくれ。

日程はこちらから連絡する」

「かしこまりました」


オーロラが期待していたセリフとは違ったが、高級店をまるごと自宅に招いて買い物する、もまた、富豪あるあるかもしれない。

最後の仕上げに、女主人が差し出した宝石箱からミハイルが豪奢なネックレスを取り出した。

オーロラが女主人に促されて鏡の前に立つと、背後からミハイルが彼女の首にネックレスを回し、首の後ろで留め金を止める。

さらに揃いの耳飾りが女主人の手によりオーロラの耳元に飾られた。

オーロラの瞳の色に酷似した、光の加減により青にも緑にも見える色の石が耳元と胸元両方で輝いている。

想像する以上であろう金額と相まって、どちらもずしりと重い気がした。


「よく似合っている。綺麗だな」

「………ありがとうございます」


鏡の中に映るミハイルの美麗な笑顔に向け、精一杯余所行きの笑顔を浮かべた。

すると、すっとオーロラの耳元に口を寄せたミハイルがオーロラにだけ聞こえるように小声で囁く。


「自然な感じで、いいじゃないか。

その調子で、本邸に着いてからも仲睦まじさをアピールしていくぞ」

「………」


耳元で聞こえた吐息交じりの声に、オーロラはどきりとするどころか、げんなりとした表情を隠さねばならなかった。


(この男、一体どこからどこまでが演技なの?)



その後、そのまま侯爵家本邸へ、と言われて慌ててオーロラが遮った。

さすがに、タウンハウスに帰らないままはマズイ。

弟たちに何の説明もしないまま侯爵邸に入ったのでは、蒸発か人攫いに掴まったと騒ぎになりかねない。


「なら、一緒に説明に行きましょう」

「えっ……」

「遠慮なさらず。

貴女の弟なら、私にとっても義弟になります」

「……」


思い切り“迷惑”と顔に出たのを綺麗に見なかったことにされ笑顔で押し切られた。

口調も出会った当初の丁寧なものに戻っている。


「弟たちにも、“契約”については秘密にした方がいいでしょうか?」

「契約結婚だ、と明言するのはやめておきましょう。

ただ、昨日の今日で結婚すると言っても納得してくれないでしょうから、惚れ抜いた私が資金援助をすることも伝えつつどうしても結婚したいと申し入れてそれを貴女が受け入れた、ということにしましょう」

「惚れ抜いた………」

「興味深いと思っているのは本当ですから、完全なる偽りではないですよ」


ケロッとそんなことをいうミハイルに、オーロラはもう胡乱気な表情を隠すこともしない。

強引、というより、どことなく反応を見て面白がられている感が否めないからだ。

内心ムスッとなりながらも、オーロラは自分の抱える事情を説明する。


「私は今いくつか契約してお仕事をしています。

突然辞めるわけにはいきません。契約先に迷惑が掛かりますので……」

「それについても、失礼ながら調べさせていただいています。

宿泊施設の方へは、もう代わりの人員を派遣する旨伝えて手配しています。

家庭教師先の子爵家には、当家で以前お世話になっていた方にお願いして信頼のおける人を紹介していただくよう依頼しています」

「え???

でも、今日うかがった際には子爵夫人もご令嬢もそんな話はしていらっしゃいませんでしたよ!?

子爵家に失礼があっては、私を家庭教師として子爵家にご紹介いただいた恩人にもご迷惑がかかります」

「手配したばかりですから、行き違いになったのでしょう。

大丈夫です、ちゃんと話は通してありますからご心配なく」


完全に外堀を埋められてしまっている。

用意周到過ぎて逆に疑ってしまいそうになるほどだ。

困惑するオーロラに、ミハイルは労わるように微笑んだ。


「こちらが、性急に事を進めているというのは承知している。

宿泊施設の方もだが、少なくとも子爵家の方へは貴女からも直接話がしたいだろう。

近々ご挨拶に伺えるよう手配するから、そう不安そうな顔をしないでほしい」


ここまでの強引な遣り取りを思えば『丸めこむための演技では?』と勘ぐってしまいそうになる。

だが、今目の前に座っているミハイルは、言葉選びも態度も極めて誠実で、それは嘘ではないとなんとなくだが思えた。

『女の勘』的なものだと言えばそこまでだが、ここは自分の人を見る目を信じてみるしかないかと思ったのだ。


「……はい、ご配慮ありがとうございます」


そんな話をしている間に、馬車は貴族街を抜けて伯爵家タウンハウスの前で止まった。

ミハイルに手を取られて馬車を降りると、もう一台、昨日と同じ馬車がすでに止まっていた。

騎士が二人ほど玄関先で周囲を警戒するように立っていて、オーロラをエスコートしているミハイルを恭しく迎えた。


「トレバンは邸宅内か?」

「はい、侯爵閣下」


通り過ぎるとき騎士たちから向けられる視線は、さきほど別邸で向けられたのと似たようなもの。

服装が改まったので胡乱な視線は幾分和らいではいたが。


(もう気にしていられない、これからもっとすごい目で見られる日々が始まるんだろうし)


エスコートされながらオーロラは暗澹たる気持ちでタウンハウスに入った。

ブクマ、いいね、ありがとうございます。

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