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だから違うと言ってるでしょう  作者: 錫乃


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36/39

その時は、いっしょに

ブクマ、いいね、ありがとうございます。




捕らえられたゴードン他の人身売買組織の構成員はみな、第四師団の詰所に連行された。オーロラが火から守った証拠品のおかげもあり、組織の全貌と取引先や背後にいる大貴族にまで捜査の手を伸ばせそうだということだ。

保護された被害者たちは病院に運ばれてそれぞれ治療を受け、家族の元に帰るのを待つことになっている。

そして気を失ったオーロラは、その場で騎士団の医務官からケガの応急処置を受けた後、リンデルト侯爵家本邸へと運ばれた。


「手首に縛られたことなどによる擦過傷と裂傷、他にも軽度の火傷がありますが、トレバン殿が持参していた侯爵家秘伝薬が効いて、それらはおそらくすぐに快癒なさるでしょう。

また、拉致による心理的負担と疲労で、気力と体力が落ちておられます。体力はゆっくり休ませて差し上げれば回復なさるでしょうが……心に負われた傷が癒えるには、もしかしたら時間がかかるやもしれません」


ミハイルは眠るオーロラを見つめながら侯爵家の医師がそう説明するのを聞いていた。

煤のついてしまっていた顔は、涙ながらにメイが拭って今は綺麗になっている。だが、ミハイルの記憶にある彼女に比べて格段に顔色が悪かった。握った手から手首、腕にまで巻かれた白い包帯には薄らと血が滲んでいて痛々しい。

冷たい彼女の手を握りながら、ミハイルは後悔と心配で胸が締め付けられていた。

マシューやトレバンが彼の身体を心配し休むように言うが、ミハイルはオーロラの傍を離れようとしなかった。

ミハイルは目を覚さないままのオーロラの手を握り、祈ったこともない創世の妖精王に生まれて初めて祈った。

祈り続けるミハイルの脳裏に、オーロラと出会ってからの日々、そして自らの過去の記憶が細切れに浮かんでは消えた。





―――ミハイル、すごいわ


朧げにある一番古い記憶で、母が褒めてくれた


―――あにうえってなんでもできるんだね!


体調が安定して領地からやっと王都に来た、一時は恨めしくも思った2歳下の弟

その天真爛漫さ、自分を慕ってくれる愛らしさに、逆に救われた気がした


そして


―――ミハイルったら…万能すぎません…?


私の腕の中で困ったように眉尻を下げ、君が言った


そんなわけ、ないじゃないか

私にはやはり、何の力もない

その証拠に、ようやく見つけたのに、それきり君の瞳は閉じたままだ

あの不思議な色の瞳を見つめて伝えたいことがあるのに





「…………………爵様、……」

「………………」

「………ミハイル殿!」

「……っ!」


名を呼ばれながら肩をゆすられてミハイルは我に返った。

肩に触れた暖かい手に隣を見れば、オーロラとよく似た面差しの男性が心配そうにを自分を見ているのに気づいた。


「バーリエ伯、どの………?」


ミハイルの掠れた声に、グリフィスは頷く。

薄らと隈の見えるグリフィスの目元に疲れと焦燥を見て、ミハイルは座っていた椅子から崩れ落ちるように跪いた。


「申し訳…っ…、申し訳ありません!

彼女を………こんな目に……私が、…っ……

護ると誓ったのに………!」

「侯爵様………」


自分に縋りつき嗚咽混じりに必死で謝罪の言葉を繰り返す若者を宥め、グリフィスは彼を抱え上げるように元の椅子に座らせた。

震える背中をさすりながらグリフィスが覗き込んだミハイルの顔は、以前バーリエ伯爵家に訪ねてきたときの自信に満ち溢れた人と同一人物とは思えないほど憔悴しきっていた。


「経緯は、王都までの道すがら、オーブリー殿から聞きました。

娘を助けて下さり、ありがとうございます」


礼を言うグリフィスに、ミハイルはプラチナブロンドを乱しながら激しく首を振った。


「侯爵様との結婚からのいきさつも、ざっと聞きました。

ひどい顔色だ。もしや娘が侯爵邸を離れて以降、あまり眠られていないのでは?」


ミハイルは否定はしなかったが、彼の様子からして自身の休息や体調など全て無視してオーロラの捜索と救出に当たったのは間違いない。


「娘の人を見る目を信じるという話は、しましたよね?

やはり、あの子の目は正しかった。娘をこんなにも大切に思って下さって、ありがとうございます」


そう告げたグリフィスに、ミハイルは苦しそうに表情を歪め、また力なく首を横に振った。


「私には、礼を言っていただくことなど、何ひとつないのです。

彼女を縛り、巻き込み、傷つけた、最低の夫です。

でも、それでも私は……彼女の傍にいたい。

オーロラの夫でいたいのです。

虫が良すぎるのは承知しています。

でもお願いです……彼女の傍に、居させてください」


肩を震わせながら、ミハイルは深々と首を垂れグリフィスに請うた。

オーロラに傍にいて欲しいではなく、自分が傍にいたいのだとミハイルは言った。一緒にいたいという意味では同じかもしれないが、グリフィスにはこちらの方が心情的には好感が持てる気がした。

王国の大貴族の当主様に頭を下げられたのはこれで二度目になるなぁと、グリフィスは困り顔になる。

だが、一度目も今もきっと、この若者は貴族家当主ではなく一人の男として自分の前にいるのだとも思った。真摯に娘を思う、一人の男として。

経緯は普通ではなかったかもしれないが、この人はやはり娘が選んだ相手なのだ。

グリフィスはミハイルの肩に手を置き、静かに語りだした。


「私達夫婦は政略で出会ったんですよ」

「………幼馴染だったナディア夫人にグリフィス殿が求婚されたと、オーロラからは聞いていますが?」


伏せていた顔を上げ、困惑気味な顔でミハイルは問い返した。

そんな彼に、グリフィスはふふっと少し照れ臭そうに笑った。


「だいたいはそれで間違ってないんですけどね。

オーロラの最初の婚約話と同じです。近い位置にある豊かさにはあまり縁がない田舎領地同士の縁組みのために用意された席で出会い、私が彼女に惚れ込みました。

政略で出会い、のち恋愛結婚ってことですよ。

出会いのきっかけなんてね、たぶんなんだっていいんだと思います。

政略でも幼馴染でも、それこそ道端で鞄がぶつかったのでも、落とし物を拾ったのでも構わない。

ただその後、互いに慈しみ、尊重し合える関係を築けていくなら、それでいいんです」

「でも、私たちは……」


秀麗な眉を寄せ悲しげな顔になった若者に向かい、グリフィスは努めて明るい声で断言した。


「娘は絶対、侯爵様に惚れていますよ」

「………そんな奇跡が、あるのでしょうか?」


ミハイルの言葉に、王国中の男性が皆羨むほど何でも持っていそうな男がなんとも弱腰なと言いそうになったが、グリフィスは笑むだけで言葉にするのを思いとどまった。


(きっと、地位も何も関係なく、恋する男はみんな同じように苦悩するものなんだね)


「親の私たちが保証しますよ。

我が家の厨房で並んでアップルパイを作っていた時、それと、私のことを義父(ちち)と呼んでくれた時に、貴方の隣で娘がどんなに嬉しそうな顔をしていたか、この目で見ていた私たちがね」


グリフィスがそう言うと、ミハイルはまた俯いて小さく嗚咽を漏らした。


「顔を上げてください、侯爵様。

このままでは、貴方まで倒れて娘の隣にベッドを用意しなきゃならなくなりそうです。

そうなったらたぶん、ものすごく、オーロラに叱られてしまいます。

大切な貴方をこんなに憔悴させるまで放置するなんて、ってね。

この子、怒ると怖いんですよ。

実は妻もなのですが、怒り方がワイスナー夫人に似てる気がして。

いやほんと、怖いんですよ……」


疲れが滲む顔に笑顔を貼り付けたまま、グリフィスがカタカタ小さく震えていた。

オーロラの怒りは経験済みらしい。


「お医者様の話では、疲労で眠っているようですから。体力だけはある子ですし、じきに娘も目を覚ますでしょう。

その時に備えて我々も何か口に入れて、少し休みましょう」


オーロラに怒られたくなければね、とグリフィスが苦笑いしながら言った。

眉尻を下げた笑い方がやはりオーロラに似ていて、だからこそこんなにも自分はこの人の前で弱さを曝け出せているのかもしれないとミハイルは思う。


「もしもオーロラが怒ったら……いっしょに怒られてくださいますか、義父上(ちちうえ)?」

「ああそうだね、その時は、いっしょに怒られようか」


声を震わせる娘の夫の肩に手を乗せ、グリフィスは目尻の涙を拭ったのだった。

用意された軽食と水を少し、あとグリフィスが領を出る時慌てて持ってきたバーリエのリンゴを一欠片口にしたあとすぐ、ミハイルはふつりと糸が切れたように眠り込んでしまった。

マシューが侯爵家の執事長だと名乗った後、バーリエ伯グリフィスに感謝を述べ深々と頭を下げた。

ソファに沈み込むように眠るミハイルを自室に運んで休ませてはどうかとグリフィスは言ったのだが、マシューは静かに首を横に振った。


「きっと主人は、目覚めたらすぐにオーロラ様のご様子を確認しにこちらに走ってこようとするでしょう。

奥様のお父上であるバーリエ伯様にお許しいただけるなら、このままに」


もちろん異論はないと応えると、マシューはグリフィスに丁重に礼を述べ、クッションと毛布を用意してミハイルをソファに横たわらせた。

少しは顔色も良くなったようだが、まだまだオーロラよりミハイルの方が具合が悪そうに見える。


「手のかかる若者たちだ」


苦笑するグリフィスに、まったくですというように老執事も頷いた。

目覚めたらちゃんと話をするのだよと心の中で諭しながら、グリフィス達は眠る二人を置いて静かに部屋を出た。


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