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だから違うと言ってるでしょう  作者: 錫乃


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リンデルトの青(後)

ゆるーいですが暴力的表現あります。

苦手な方はお気をつけください。


邸内に足を踏み入れたミハイルは、探査魔道具の音を頼りに建物の奥へと進んでいった。


「うわぁ!」

「に、逃げ……ぅっ!」


中に残った者たちは彼の視界に入るやいなや、逃げ惑う者も、武器を手に向かってこようとする者も隔てなく、青い水塊をぶつけられ壁に激突した後拘束されていった。壁を破壊するほどのものと違い、少量の水塊なら目線すら動かさずにコントロールしているミハイルは、無人の野を歩くが如く迷いなく先へ先へと進んでいく。

東の海に商談に出る前に休まず魔力付与をしていた“リンデルトの青”にはまだまだ内蔵魔力が残っている。だが、大量の魔力を体内に巡らせ力を行使することは、ミハイルの身体に多大な負担をかけていた。額や首には汗が伝い、口の中には血の味が広がる。


(何処だ!? 何処だ、オーロラ!!)


ミハイルは彼女が見つからないことに焦りながら、もっと詳細に位置を割り出そうと同調したままにしている探査魔道具に更に魔力を流した。しかし―――


パキンッと音がしてミハイルの手の中の魔道具にヒビが入った。


「……痛っ…!」


同調していた感覚が突然切れたために刺すような頭痛が一瞬駆け抜け、ミハイルは思わずこめかみを押さえた。

“青”の腕輪からくる高魔力による負荷に探査魔道具が耐えられなかったのだ。ミハイルは反応しなくなった魔道具を諦め、ウェストコートのポケットにしまった。

壊れる直前に探査した感覚では今いる部屋が建物の最奥で、このすぐ近くで“鈴”の反応があったのは確かなのに、この先に部屋は無いように見えた。


「行き止まりだと……?」


ミハイルが呟いた時、廊下から二人分の声と足音が響いてきた。


《お嬢の馬車が出たのを最後に包囲網が完成しやがった!》

《どうしやす!? お頭ぁ!》

《ガタガタ騒ぐんじゃねぇよ!

こうなったら、あの貴族のお嬢さんを人質にして逃げるしかねぇっ……!?》


部屋に踏み込んで来た二人組のうち、ミハイルは先頭の若い男を水塊をぶつけて吹き飛ばし、そのまま壁に押さえて張り付けた。持っていた武器も取り落とし、若い男は何が起こったかもわからないまま身動きが取れなくなった。


《ごほっ! なんっ……この水っ!? 動けねえぇっっ!》


(マルンス語……)


冷たく細められた青い瞳に見られ、捕らえられた男が《ひっ》と短く悲鳴を上げた。

すぐさまミハイルはもう一人に剣を向ける。すると杖を持った貴族風の格好のその男が「お待ちくださいっ」と叫び、抵抗する気はないというように手を挙げた。


「もしかして、騎士団の方ですか?

私は、こいつらに掴まって金を出せと脅されていた者です!

助けてくださりありがとうございます…っ」


ミハイルは北大陸の公用語で早口にまくしたてたその男を一瞥し、剣は下ろさないままに尋ねる。


「…………貴婦人が一人、囚われているはずだが、居場所を知っているか?」

「へ? あ、たぶん、ここから廊下を反対側の突き当りにまで行った部屋かと。そこに隠し部屋が……」

「そうか……」


男の言葉に、ミハイルが部屋の扉の方に半身振り返った。


(馬鹿め!!)


それを見た男がにやりと笑い、ミハイルの背後で手に持った杖の持ち手をすばやく引き抜いて隠していた刀身を露わにした。

両手で振り上げた仕込み杖の剣を男がミハイル目掛け振り下ろす―――が、


バキンッ


「ぐぁあっ!!」


振り向きざまにミハイルが剣を一閃し、男の剣は頭上で折れて砕け散った。

手に破片が刺さりうめき声をあげながら蹲った男に、ミハイルが剣を突きつけ冷たく見下ろした。


《三流芝居だな》

《!?》

《芝居もだが、持っている武器も三流以下の粗悪品だ》

《てめっ……言葉を……》

《妻ほどではないがマルンス語なら少しは出来る。

さあ、先ほど話していた貴族の女性の居場所を吐いてもらおうか》

《くっ……!!》


ガシャガシャという鎧のぶつかる音とともにオーブリー他騎士数名が駆け込んできた。


「兄上っ!」

「ほんとに一人で全部制圧してしまったか、恐ろしいな」


どこか愉しげにそう言ったのは王城の会議で見た覚えのある女性騎士で、ミハイルは確か第四師団長だったなと思いながら彼女に一礼だけし、再び蹲る男に流暢なマルンス語で尋ねた。


《貴族女性はどこにいる?》

《はっ……誰が言うかっ…………!ごぼっ?》


男の返事が終わる前に、その頭部をガボンッと青い水の塊が覆った。

突然呼吸を奪われ混乱して男がもがくが、青い水の塊を取り除くことはできない。

数秒後に水塊が弾け、ざばぁと男の身体を濡らして床に水が広がる。咳き込み、必死に呼吸をしながら睨み上げてくる男を見ながら、ミハイルは質問を繰り返す。


《今日拐った貴族女性はどこだ?》

《…くっ、くたばりやが……がぼっ……!》


再び水に襲われ先ほどより激しくもがく男からミハイルは壁に張り付けた若い男の方に視線を移した。

目の前で水攻めにされた男がもがいているというのに、その顔には何の表情も現れていない。それが逆に恐ろしく、若い男は叫びながら拘束された水の中で必死に逃れようと身をよじった。

ザバリと音がして、杖の男の頭を包んでいた水がまた落ちた。息も絶え絶えな男の両腕をオーブリーの部下の騎士が抑え込んで縛り上げ、顎の下の黒子を確認した。


「間違いありません、三つ星のゴードンですっ!」


組織の首領を捕らえ、騎士たちが歓喜の声をあげた。

しかしそちらに目を向けることもなく、ミハイルは若い男の方に近寄りながら尋ねた。


《次は貴様だ。金の髪に、青にも緑にも見える美しい瞳の女性だ。

早く居場所を教えねば、貴様も彼奴と同じ目に遭う》


ミハイルは若い男の喉元を左手で掴み、その周りに水を造りだした。


《ひぃっ…!》

《もう一度問う、女性はどこにいる?》


言いながら、口の下ぎりぎりのラインまで徐々に水位を上げていく。


《たっ、たすけっ……!!》

《答えろ。私の妻はどこにいる》

《言うっ、言うからっ!》

《デニ!てめ………ごぼっ…》


何か文句を叫びかけた杖の男を視界にも入れずにミハイルは再び水を被せその口を塞いだ。

彼の深海の水の如く深い青の瞳は、デニと呼ばれた若い男を見据えたままだ。

さらにじわりと男の首にとりついた水が増え、デニが半泣きで叫ぶように答えた。


《そっ、そこの、棚の後ろにっ…隠し扉が……!!》


それを聞くと同時に、ミハイルが別の青い水塊を棚の真横から勢いよくぶつけると、半壊した棚が壁際まで吹き飛び、棚があった場所に隠し扉が現れた。




  * * *



一方、隠し部屋の中のオーロラは、火は何とか消し止めたものの燻る煙で目と喉をやられつつあった。


「ごほっ……ごほ……煙が……」


その時、ズドンという音がして振動が伝わってきた。

言い争うような声も漏れ聞こえる気がするが、詳細は全く聞き取れない。

その後も、断続的に地響きは続き、外で何が起きているかわからないオーロラは不安に駆られる。


「な、何? 何が起こってるの!?」


ごほごほと咳き込みながらしばらく待っていると、また地響きとともに何かの破壊音が聞こえ、オーロラは恐怖に飛び上がった。


「……壊れ…!…」

「………!!  ……扉を…!!!」


扉の向こうの声が、途切れ途切れながらも先ほどよりは鮮明に聞こえる。東方訛りのない公用語に、オーロラは助けが来たのだと悟った。


「っ!! 誰か……!!! 助けてください!!

ここに……ここにいます!!!」


扉を叩き、痛む喉に掠れる声を必死で振り絞った。


「オーロラ!!!!」

「ミハイル!?」


ここにいるのが信じられない人物の声が聞こえて、オーロラは驚く。

オーブリー達第四師団が来ているとは聞いていたが、まさか侯爵様自らがこんな危険な場所まで同行したというのだろうか。


「兄上、この扉、魔法で鍵がかけられてる……!」


焦ったようなオーブリーの声もする。

ごほごほと咳き込むオーロラだが、扉一枚隔てたそこに自分を助けに来てくれた人たちがいることに煙のせいではない涙が溢れる。

なによりも――――


「オーロラ」


久しぶりに耳にした、彼の声。


「大丈夫、すぐ開けるから、少し扉から離れていなさい」

「………はいっ」


息苦しいしあちこち痛むが、彼の声を聴いただけでオーロラはもう大丈夫なんだと確信を持てた。


ミハイル達が棚の後ろに発見した扉には、施錠魔道具がつけられているようで、その上そこにあったはずの把手はへし折られていた。

ミハイルが腕輪をした左手を扉につける。すぐさま彼の手から青い水が溢れ出て扉を覆い尽くし、魔力で満たされた水が扉にかけられた施錠術式に干渉していく。ガチッという音がしたが早いか、扉の向こうに声をかけた。


「蹴破るから扉から離れるんだ、オーロラ」

「……離れました!」

「よし! オーブリー!」

「任せてー!」

「せーのっ!」


オーブリーと共にバン、ガン、と扉を蹴ること数回。古びた扉がようやく外れ、ミハイルがこじ開けて中に飛び込んだ。


「オーロラ、無事かっ!?」

「こほっ……ミハイル……っ」


ミハイルはオーロラをすぐに煙で充満した部屋から連れ出した。

オルロス師団長が自分のマントを外し渡してくれたのを受け取って、ミハイルが急いでオーロラの身体を包む。包まれながら、オーロラがオーブリーに伝えた。


「…オーブリー様、中の、木箱に……証拠品が……!」

「!?  確認しろ!!」

「了解っ!!」


はあはあと荒い息のオーロラの背中を気遣わしそうにミハイルが摩る。その右手に剣が握られているのを見て、オーロラは少し驚いた。幼い頃に騎士になるのを諦めてからはあまり熱心に稽古をしなくなってしまったと、義母から聞いていたからだ。


「ミハイル、剣を………?」

「ああ、一応それなりには扱えるよう鍛練はしている。

護衛もいるが、最後の最後に身を護るのは自分自身だからな」


オーロラを無事救出し組織の首魁も捕えたことで事態は概ね収束をしたものと判断したミハイルは、「もういいだろうか」とオーブリーに確認した。

大量の魔力を流し続けた身体が、そろそろ限界に来ていたのだ。


「もう大丈夫。兄上、しんどいんでしょ?

“青”で拘束されてたやつらは護送車に収監したし、三つ星のゴードンは縛ったし、そこの壁にくっついて失神しちゃってる男は…まあすぐにとり押さえるから」


オーブリーの答えを聞きミハイルは無言で頷くと、“リンデルトの青”との同調を解いた。たちまち、ドニという男を壁に固定していた水が消えた。ベシャリと床に落ちた男をすぐさま騎士が縄で拘束した。おそらく護送車の中の連中の拘束も解けているはずだ。


その時、腕輪の青い魔晶石が光り、オーロラを腕に抱いて床から見上げるミハイルの前に濃青に輝く妖精が姿を現した。


―――モウイイノカ?


男とも女ともとれる姿と声の水の妖精が問うと、流石に疲れた様子のミハイルが薄く笑いながら答えた。


「ああ、助かった、“青”」


――― オマエノ護リタイモノハ何ダ?


昔、継承時に受けたのと同じ質問だった。

腕の中のオーロラ、それからすぐそばに立つオーブリーを見て、ふっと笑むとミハイルははっきりとした声で答えた。


「愛する家族と、リンデルトのすべて」


“青”と呼ばれた妖精は、ミハイルの答えに満足げな顔でふわりと笑うと、くるりと兄弟の間を回ってから音もなく姿を消した。

妖精を見送った後、オーブリーもオーロラの傍に来て良かったと涙を拭った。


「兄上、すごかったんだよ。

魔道具を複数同時にあそこまで使いこなすなんて、なかなか出来ることじゃないんだから」

「ワイスナー夫人に借りた探査魔道具は魔力を流し過ぎて壊してしまったが………」

「え゛っ……うわぁ、マーガレット先生に怒られるぅ」

「ちゃんと事情を話せば大丈夫、なんじゃないか?」


青褪めるオーブリーに、ミハイルはケロっと答えているが、魔力を消費したからか顔色は良くない。

そういえばずっと心配をかけていたんだったと、オーロラは霞がかかる頭で思い出した。

マントから右手を出し、オーロラはそっとミハイルの頬に触れた。体温が低めなはずのミハイルの頬が、今日はなぜか暖かく感じる。自分のために魔道具を操り、剣まで握ってくれた彼に、礼を言おうとしたのに、


「ミハイルったら…万能すぎません…?」


安堵から笑みを浮かべそう言った途端、オーロラはストンと気を失ってしまったのだった。

「消火に破砕、その上鍵開けまで。

マジでめっちゃ便利じゃん、オーブリーの兄貴。

兄弟揃って部下に欲しい」

「だからダメですってば、師団長。

俺一人で我慢してください」

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