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いざ行かん、リンデルト侯爵領へ!


さて、バーリエ伯爵領の次はいよいよ侯爵家の所領、リンデルト侯爵領である。


「今日くらいに着くと先触れの騎士を送っておいた。

両親とも、君のことを待っているだろう」

「き、緊張してきマシタ…!」

「そう固くならなくていい。君のところのご両親と、まあ似たような感じだぞ」

「閣下と夫人、でしたっけ?」

「ああ。

まあ、直接自分の目で見ればわかるだろうが、うちの親も夫婦仲はいいからな」


(『閣下と夫人』がですか?)


重ねて聞くのも失礼になるかと、それ以上は飲み込んだオーロラである。


宿泊地を出て馬車を進めること数刻。

予定通り、昼下がりの時間帯に侯爵領城館の門を潜ることができた。


(これまたおっきい建物ですこと。城館、と呼ぶだけはあるわ……)


王都の侯爵家本邸が白亜の大豪邸なら、リンデルト侯爵領城館は強固な石造りの城壁に囲まれた砦とも呼べそうな重厚な建築物である。

王国の南東部にあるリンデルト領は、ブレーリオ東方辺境伯領とザクト南方辺境伯領の、方角的にちょうど狭間(はざま)の位置にあり、領の東端は海であるため海賊など海を渡って来た外敵を防ぐ役割も担っている。そのため騎士団もかなりの人数を揃えている、国の守りの大切な一翼なのだ。

フェアノスティ王国では王立騎士団以外に、侯爵家と公爵家、辺境伯家は自前の騎士団を所有でき、中でも辺境伯家に至っては国防のために限り王の裁可なく騎士団を動かすことができる。

今は東の海域は比較的平和になったが、東海の海賊の動きが活発だった時代にはリンデルト侯爵家にも辺境伯と同じ軍事権が与えられていたこともあったという。

リンデルト侯爵領の領主の館が優雅な邸宅ではなく防衛を念頭に置いて建造された城館なのは、その時代の名残なのだそうだ。



侯爵家城館で最初に出迎えてくれたのは、ルクスという名の初老の執事長だった。

以前は王都の本邸を任されていたという老紳士、だそうだが、オーロラはその面差しにものすごーく見覚えがあった。


「え、マシュー…?」

「似てて当然だ。ルクスはマシューの実兄だからな」

「まあ、マシューのお兄様でしたの」

「付け加えると、ルクスはトレバンとメイの実父でもある」

「ええっ!?」


ミハイルの背後で無表情で控えていたトレバンと、オーロラの傍でにこにこと笑みを湛えたメイ、そして「ほっほっほっ」と笑う好々爺なルクスを順に見比べる。

トレバンとメイが実の兄妹なのも見ただけではわからなかったが、いつも傍で仕えていてくれる彼らと父親のルクスはあまり外見が似ていない気がする。だからこそ、マシューとメイたちに血縁があることにも気づかなかったのだ。

ルクスとマシューがこんなにも似ているのに、不思議なものである。


「我が子らはお役に立てておりますでしょうか?」

「も、もちろんです!

特にメイには私が侯爵邸に入った当初からずっと助けられています」

「それは嬉しいお言葉です。

孫たちが皆学院に進み、彼らに手が掛からない歳になりました。ですから、いつお二人にお子が生まれてもしっかりお世話出来るはずですのでご安心くださいませ」

「!?」


ルクスに言われ、オーロラが固まる。ただし、反応したのはお子様発言の方ではなく、孫が皆学院入りというくだりだ。

トレバンが年上なのは初めてタウンハウスで会った時からなんとなくわかっていたし、メイもミハイルへの言動から彼より歳が上かもなぁくらいには推察していた。しかし、学院入学の12歳を超える年齢の子がいるようにはとても見えない。


(もしかしたら、私よりお母様の方に歳が近かったり?

ほんとにメイって幾つなの??)


ちらっとメイを見ても、いつものように優しい笑みを浮かべるだけだ。聞きたいけど、やっぱり聞いてはいけない気もする。密かにジレンマに悩むオーロラに、ルクスが改めて深くお辞儀をした。


「奥様のことは、弟と子供達よりいろいろと聞いております。

城館ご滞在中ご安心してお過ごしいただけるよう、誠心誠意お仕え致します」


オーロラは「ちょっといろいろてなんですか詳しく聞かせて!」と思うものの、もちろん口には出せず。隣でくつくつと笑うミハイルをキッと睨みながら「よろしくお願いします」とだけ返しておいた。


「新情報がいっぱいで整理がつきません……」

「初めて来たからそうなるのも無理はないだろう。

私もバーリエ領では驚きっぱなしだったぞ」

「ミハイルを驚かせる要素なんてうちの領地にありました?」

「領地というより、君に驚かされた、かな。

貴婦人の梯子乗り、とか」

「うっ………それはどうか、ご内密に」

「くく……まぁ考えておこう」


さて、侯爵家城館に着いたのでさっそく前侯爵ご夫妻にご挨拶をと思ったのだが、どうやら外出中とのこと。


「城下の街へ視察に。

先ほど“知らせ”がありましたのでもうすぐ戻られるかと……ああ、ほら丁度あちらに、お戻りになりましたよ」


言われてミハイルとオーロラがルクス城館執事長の示す方を見ると、少々予想とは様子が違う一団がこちらへ向かってくるのが見えた。

先頭には馬を降り手綱を引いて歩く護衛の騎兵(・・)が二人。

その後ろには貴族服の紳士と外出用ドレスの貴婦人が続く。

そして同じく馬に乗らない状態の護衛騎兵が二人。

騎兵は周りを警戒しながら貴人達の歩調に合わせてゆっくりゆっくり進んでくる。


「なんで、徒歩なんだ……」

「馬車は先ほど一足先に帰って参りました」

「知らせってそれか………」


いつも余裕の表情を浮かべている隣のミハイルが、ルクスと会話しながら片手で顔を覆うようにして苦々しげに呟くのを、珍しいなぁとオーロラが目だけ動かして見ていた。どうもあの二人の貴人が前リンデルト侯爵ご夫妻ということのようだ。

立ち位置が逆な気もしなくないが、そこは臨機応変にミハイルと二人で城館の玄関ホール前にてやってくるお二人を待つことになった、のだが。



「もぉー、閣下が城内に入ってすぐ、歩いて帰ろうなんておっしゃるから」

「いいじゃないか、久方ぶりの二人きりの街歩きだったのだから、少しくらい余韻を楽しみたい」

「約束の時間があると申し上げましたのに。

きっともう、ミハイルたちが着いてしまってますわ。

本当に困った方ねぇ。

あ、ほら待ってくれているわ。

少し急いでくださいまし」

「ああ、これ夫人、走ると転ぶぞ。

ほら、ちゃんと私の腕に掴まりなさい」


距離が近くなって聞き取れるようになった会話が、これである。

とても楽しそう、かつ仲睦ましいご様子に、オーロラは見ちゃいけないものを見てしまっている気分になりながら、小声で隣のミハイルに尋ねた。


「あの、ミハイル……もしかして、あちらが?」

「両親だ」

「たいへん仲睦まじいご様子で…」

「あれが通常運転だ」

「それにお義母様、お若い……え?再婚?」

「実父と実母だ。離婚歴も再婚歴もない」

「信じられない……」

「事実だ」


さらに一団との距離が近くなり、オーロラは背筋をピッと伸ばしながら義理の両親をそっと観察する。

レイチェル・リンデルト前侯爵夫人は、ミハイルを女性にして印象をとことん柔らかくしたような容姿の、美しい方だ。しかも「姉だ」と紹介されても疑わないほど若く見える。27と25の子供がいる母親にはとても見えない。


(前侯爵夫人といい、メイといい、リンデルト家に縁のある女性は歳を取らない魔法でも掛けてあるの!?)


そして、もうひと方、シェイマス・リンデルト前侯爵についての印象は、正直オーロラの予想とは全然違っていた。

古くからの侯爵家を、様々な事業を率いてさらに大きく富ませた人物だ。それこそミハイルを壮年にしたような、貴族の中の貴族という印象の厳しそうな方だろう、と思っていたのだが。

実際会った前侯爵閣下は、ミハイルより、そしてレイチェル夫人よりも少し背は低めで、太っているというほどではないが少しふくよかな体型の、ほのぼのとした笑みを絶やさない優しそうな男性だった。


「いやあ、よく来たね。ミハイル、そしてオーロラ夫人」

「よく来たね、じゃありませんよ。

なぜ私たちの方が出迎えるみたいな形になってるんです?

ちゃんと到着の先触れを送ったでしょう?」

「久しぶりに城下に降りていたら、楽しくてね。

そんなに待たせたかな?」

「………今さっき着いたばかりですけど」

「なんだい、それほど待たせちゃいないじゃないか」


お前は相変わらず父に厳しいね、とシェイマス閣下は笑う。

その瞳は、リンデルト家の兄弟と同じ澄んだ青色、髪は少し白髪が混じっているようだが元はたぶんオーブリーと同じような金に近いプラチナブロンドだったと思われる。

ほのぼのとした笑顔が、オーブリーと、初めて会った時の猫を被ったミハイルによく似ている。

ミハイルからオーロラへと視線を移し、前侯爵閣下は人あたりの良い笑みを浮かべた。


「長旅お疲れ様だったね。

侯爵家の隠居、シェイマス・リンデルトです。

こちらは妻のレイチェル」

「初めてお目にかかります。前侯爵閣下、ならびに前侯爵夫人レイチェル様。

バーリエ伯爵家から参りました、オーロラと申します」


緊張しながらも、出来るだけ優雅に美しく見えるよう細心の注意を払い、淑女の礼をする。

よろけなかった自分を後で誉めてやろうと思いながら、オーロラはにっこりと微笑んだ。


「可愛いわねえ、閣下」

「可愛いねぇ、夫人」


(出たっ、『閣下と夫人』!)


言葉面から想像した印象は覆されるだろうとミハイルが言っていた通り、互いを慈しんでいるのがよくわかる前侯爵ご夫妻の雰囲気に、オーロラは胸の中が温かくなる。

そんなオーロラの心情を知ってか知らずか、隣のミハイルが余計なことを言う。


「オーロラ、父上のほんわかした雰囲気に騙されるなよ?

この人はな、この外見から与える好印象と水面下で集めた事前情報をフル活用して、数多の事業をこちらの有利になるように交渉してきた狸だからな」

「相変わらず酷い言い方するねぇ、お前だって私と似たり寄ったりな手法で競合相手を薙ぎ払いながら事業を運営してるじゃないか」

「そりゃあ、父上にそう仕込まれましたからね」

「ははは」


言葉はキツイが、互いに腹を立てる様子がないし、レイチェル夫人もにこにことしながら親子の会話を見ているから、これが通常なのだろう。


髪色や瞳の色など外見的特徴もだが、前侯爵のほのぼのとしたところはオーブリーの印象にそっくりだし、その下にある性格はミハイルと似通っている気がする。子は親に似るとはよく言ったもので、ミハイルとオーブリーの特徴を合わせてぎゅっと凝縮すると前侯爵閣下になるという感じだ。


(親子だ、間違いなく親子だわ…!)


そこでふと疑問が湧いた。

いや前々から不思議には思っていたことだが、どうしてミハイルは頑なに爵位をオーブリーに引き継がせたいと言い続けているのだろう。

正直言って、こうして前侯爵閣下に会って受けた印象と、ミハイルとオーブリーの兄弟の性格を比べて考えてみると、侯爵の仕事を担うのはミハイルの方が向いているように思える。

学院高等部の頃にはもう、学院の勉強と並行して侯爵家の仕事も学んでいたとミハイルは言っていた。つまり、早い段階でミハイルが爵位を継ぐのは侯爵家内で決まっていて、ミハイルもそれを受け入れていたのではないだろうか。

オーロラは、前侯爵夫妻に会うまでは、まさか彼らの意向がオーブリーに侯爵位を継がせるというものなのでは、と懸念していた。

けれど、少年の頃からずっと前侯爵の元で学んできたのなら、ミハイルは継ぐべくして爵位を継いだのだろう。

それに異を唱えているのは、今の侯爵家一家を見る限り、ミハイル一人だけだ。

侯爵家当主という高い地位と完璧と言えるほど整った容姿。優しい両親と互いに認め合う仲の良い弟。何もかも持ち合わせているように見えるミハイルなのに、どこか自己評価が低いように思うのは何故なのか。


すぐ傍でまだ楽し気に親子で言葉の応酬を続けているミハイルの横顔を、オーロラは複雑な思いで見つめていた。




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