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ついにきた

昨日は朝に1話、夜に追加でもう1話あげてます。

もし、なんか内容繋がんないなとお感じになられたら、前のお話に戻ってみてくださいませ。

「そろそろ両家に挨拶回りに出かけよう」

「んあ゛ぁ……………!」


双子を学院に送り出した後、二人きりの執務室でミハイルがそう告げた途端、オーロラは「ついにこの時が来た…」と両手で顔を覆って苦悶の声をあげ天を仰いだ。


婚姻式からしばらくの間、ミハイルは侯爵邸を出たり入ったり、ときには侯爵邸を訪れる客に立て続けに対応したりと、大変忙しくしていた。

それもこれも、王都から北へ馬車で数日の距離のバーリエ伯爵領と、同じく王都からは数日南東に向かったところにあるリンデルト侯爵領を続けて訪問する日程を調整するためである。


「なんだ? 実家に帰れるのが嬉しくないのか?」

「まぁ久々なので嬉しいっちゃ嬉しいんですが…気が重くて」

「??」


気が重いというオーロラに、ミハイルが理解できないという顔になる。


「何故だ?

両親と仲は良いと聞いているが」

「両親との関係は良好です。

ただ、結婚について手紙だけで事後報告をした後、そのままになっているので……」


婚姻式の後、両家には連名で結婚を報告する手紙を出した。

突然婚姻を結んだこと、ミハイルの仕事が立て込んでおりすぐには挨拶に行けないこと、そしてなるべく早く時間を作って二人で直接報告に行くことを書き記して。

バーリエ伯爵としては、長女がいきなり結婚、しかも相手はそれまで縁も所縁もなかった高位の大富豪侯爵と聞いて、何がどうなっているのかと気が気ではないだろう。

だが、『こちらから挨拶に伺う』という趣旨の侯爵直筆の手紙を受け取ったのでは、王都の侯爵邸に押しかけることもできない。

震える筆跡で『お越しになる日をお待ち申し上げております』と書いた返書が届いた時には、オーロラは申し訳なさでよく眠れなかった。

一方のリンデルト侯爵家のご両親はというと、運命の恋を夢見る夢子ちゃんだった長男がついに結婚したと諸手を上げて喜んでくれたそうだ。『夫婦二人揃っての訪問を心待ちにしている、侯爵夫人には会って直接、息子と結婚してくれたお礼の印を渡したい』との返事があったとか。


「金鉱山の権利書でも用意してそうだな」


ミハイルが言うのをいつもの冗談だと軽く流そうとしたら、手紙から伝わってくる喜びようからすると本当にそれくらいしてそうだぞと真顔で言われ、オーロラは顔色を失った。

突然現れた貧乏伯爵家の娘だと疑われたり疎まれたりするのでないかとの不安もあったので、そうでないのはありがたい。

だが、そこまで素直に祝福されてしまうのも逆に申し訳なくて会うのが怖くなるというものだ。


「それに、期間限定の契約結婚であることを伏せて幸せアピールをしなきゃいけないのが心苦しいと言いますか…」

「あ……」


結婚報告が遅れていることに次いでオーロラが付け足したもう一つの大きな不安要素に、ミハイルが驚いて言葉を途切れさせた。


「なんです?その『今気づきました』ってお顔は。

ご両親に偽りの結婚をしたことを隠さなきゃいけないこと、今の今まで気づいていなかったとでも?」

「あ…いや、そういうわけでは…」


そのまままた何か考え込むように黙ってしまったミハイルを見て、なんだかオーロラの方が悪いことをしたような気分になる。

契約結婚を提案したのはミハイルだが、オーロラもそれに同意して今に至っているのだ。

いわば二人は共犯関係で、けして一方だけが悪いということはない。

ちょっときつく言いすぎたろうかと、オーロラはミハイルの腕に軽く触れながら彼の顔を覗き込むように言葉をかけた。


「私たちの結婚自体は嘘ではないですものね。

婚姻証明書も正式に作って提出していますし」

「ん……ああ…」

「それにね、ミハイル様、今現在、私たち二人の関係ってとても良い形になってきていると思うんです」


侯爵邸の使用人たちの雰囲気は最初こそぎこちなかったが、今は皆オーロラに親切だ。

オーロラ自身ももちろんだが、一緒に身を寄せることになった双子達にも、よくしてくれている。

ミハイルの弟オーブリーもオーロラを義姉と呼んで接してくれるし、双子達、特に騎士志望のリントには非番の日に剣の稽古をつけるほど可愛がってくれている。

それもひとえに、侯爵家の当主であるミハイルがオーロラたちを尊重している態度を全面に出してくれているからだ。


「最初に不安を口にした私が言うのもなんですが、今の私たちそのままで、両家の両親の前に立てばいいのかなと。

後ろめたさはありますが、それが一番いいかなと、こうしてミハイル様と話をしていて思いました」


契約結婚については絶対ナイショですけどね、と大真面目な顔で付け加えるオーロラに、ミハイルの表情が和らぐ。

触れていたオーロラの手にミハイルの手が重なった。


「今の私たち、そのままか。

そうだな、その通りだ」

「はい」


ふふ、と二人で柔らかく微笑み合う。

しかしそこで終わらないのがミハイル・リンデルトという男である。


「だが、もう少し踏み込んだ関係も見せた方がいいかもな」

「…………はぃ?」


重ねた手にぐっと力を入れられ、強めに握られる。

さきほどの柔らかな微笑から、逃がさないぞとでもいうような良い笑顔になったミハイルに、オーロラは嫌な予感がした。


「え、なん……?」

「私はオーロラと呼んでいるのだし、君も私のことはミハイルとだけ呼ぶようにしよう」

「え…? ミハイル様、では、駄目なのですか?

私としましては侯爵家御当主を呼び捨てはいかがなものかと……」

「私たちは電撃結婚した、しかも新婚なのだぞ?

運命の恋に落ちた熱烈な間柄だ、というなら、様付けはおかしいだろう」

「そんなことないですよー、普通普通」

「なら、君の御両親は?」

「へっ!?」

「伯爵夫人はバーリエ伯のことを様付けで呼ぶのか?」

「………」


聞かれてオーロラの目が泳ぐのを、ミハイルは見逃さなかった。


「…どうやら違うようだな?」

「いや、えっと……」

「ではなんと呼び合っている?」

「それは、ですね……」

「オーロラ????」

「あなた、と………マイハニー、です…っっ」

「おお!いいなそれ!」


バーリエ伯爵夫妻は非常に仲がいい。

特にバーリエ伯グリフィスは大変な愛妻家で、舞踏会など貴族の集まりでもあまりそれを隠そうとしないほどだ。

二人だけの時はもちろん、子供たちが一緒にいるときも、仲の良い友人たちの前でも、妻をそのように呼ぶのだ。

さすがに娘と結婚したばかりのリンデルト侯爵の前ではない、とは思いたいが、あの父なら呼びかねない。

ミハイル相手にとぼけきる自信がなくてバラしてしまったのだが、案の定食いつかれてしまった。


「ではバーリエ伯爵家御夫妻に倣って私も君をハニーと呼ぶことにし……」

「ミハイル!ミハイルと呼ばせていただきますっ

わたしのことは今まで通りオーロラとお呼びくださいっ!」

「はっはっはっ!」


勢い込んで様を取ることを承諾したオーロラに、ミハイルが勝ち誇ったように笑う。

さっきしおらしく振舞ったのは演技だったのかと悔しくなって、ぎっと睨むオーロラだったが、なぜか上機嫌になった侯爵様には効果が薄そうだ。


「もうっ、いつもそうやってお揶揄いになる。

なら、そちらの御両親はなんと呼び合っていらっしゃるんです!?」

「閣下と夫人」

「…………」

「いやそんな憐れむような眼で見なくても。

第一、言葉面から受けたであろうその印象は、たぶん覆されることになるぞ?」

「は?どういう意味で……」

「まあ、伯爵領のあと、リンデルト侯爵領にも寄るんだ。

直接行って見りゃわかる。

それにしてもオーロラ。

君もだんだんと私に対して遠慮がなくなって来たな」

「そりゃ、こうしてお傍近くにいてしばらく経ってきましたからね。

ていうか今更私たちの間で必要です? 遠慮。

いらないでしょ??」

「……まあ、いらんわな」

「ほらぁ!」


オーロラの言うことにちょっと考えた挙句、ミハイルもすんなり認めた。

強引なミハイル相手に遠慮なんてしてたらどんな状況に持ち込まれるか分かったものじゃない、というのを早い段階で学んだオーロラである。


「それにミハイルだって、最初から私に対して遠慮も手加減もしてないでしょう!?」

「いやいや、してるぞ。

婚姻式の時がいい例だ。溺愛サービスをするにあたって大事なのは、過剰になりすぎて嘘くさくならないようさりげなく自然に、だ。

そこを一番に心掛けている」

「嘘だぁ…ってサービス!?

婚姻式のときのあれってサービスだったんです!??」

「サービスだとも。

おかげで侯爵邸での立場が素早く安定しただろう?」

「そりゃあ、まぁ……」

「遠慮しなくていいと言うなら、私の本気の溺愛モードを見せてやろう。

ほらオーロラ、私の膝においで」


ミハイルが溺愛モード仕様の美麗な笑みをその整った(かんばせ)に浮かべて言う。

さぁ来いというように広げたその手をピシャッと叩いて「知りません」とそっぽを向いたオーロラと、イテッと言いながらもどこか嬉しそうに笑うミハイル。

そんな侯爵夫妻が婚姻後初めて二人揃って行く小旅行のため、使用人たちにより着々と準備が進められ、あっという間に出発の日になった。


「父上母上によろしく、姉さん」

「わかったわ、フォルツ」

「学院がなきゃあ着いてくのに。休んだら駄目?」

「ダメに決まってるでしょ、リント」

「俺も勤務時間外は極力侯爵邸にいるようにするから。

リントがよければ、今度は魔法込みで稽古をつけてやってもいいぞ」

「マジっすか!?」

「ありがとうございます、オーブリー様」


それぞれ騎士団の仕事と学院の授業がある弟たちは王都に居残りである。

侯爵邸を取り仕切るマシューも同じ。次席執事のトレバンとオーロラ専属のメイが侯爵夫妻に同行する。


「では行って来る。

マシュー、留守を頼むぞ」

「お任せを。行ってらっしゃいませ、旦那様、奥様」

「抱き上げて乗せてやろうか、オーロラ?」

「………弟たちの前で何言っちゃってるんですか、ミハイル」


ミハイルの軽口を笑顔で受け流してオーロラは自力で馬車に乗り込む。その様子をオーブリーは「仲いいなぁ」とにこにこ見つめ、双子は「”様”が取れてる」と驚きながら見ていた。

そんな弟たちと家臣一同の見送る中、リンデルト侯爵夫妻を乗せた馬車は侯爵家本邸を出発したのだった。




王国内の各貴族の領地はおおまかに、王都周辺に四大公爵領、その外に各侯爵領、そのさらに外に伯爵領、一番外側に東西南北の辺境伯領という配置になっている。そして、各諸侯の領地の周辺に、関係が深い子爵男爵の領地が点在しているのだ。

最初に目指すバーリエ伯爵領は王都から通常馬車で4,5日ほどかかるが、リンデルト侯爵家の技術部門が作った振動を極力抑える機能がある馬車でなら速度を上げて走れるのでずいぶん日程を短縮できる。

王城の南東に位置する侯爵家本邸を出発して、まずは王都内に王城を中心とする円形に敷かれた大通りを北門に向かって進む。王都北門を出た後はそのまま街道を北上し、ミュラー公爵領で一泊、次にマイエ侯爵領でさらに一泊。3日目の昼前にはバーリエ伯爵邸に着く予定だ。


車窓を流れる景色を見ながら、ミハイルは頭の中で報告を受けたバーリエ伯爵についての資料と、オーロラから聞いた話を整理していた。

バーリエ伯グリフィスは、王都の社交界にはあまり姿を現すことがない。ミハイル自身、王家の新年祝賀舞踏会で遠目に見た記憶があるくらいだ。

伯爵夫人があまり丈夫な体質ではないらしく、夫人の体調が良くないのを理由に王都での行事は欠席することが多いそうだ。

オーロラの話では、確かに夫人は体調は崩しやすい方ではあるが概ね元気で、欠席の理由は経済的なものもあったという。

そして気になるのは、侯爵家からの資金援助を申し出たにも関わらず、バーリエ伯が受け取るのを固辞しているということだ。

作物の不作の影響が色濃くあった数年は、国に対して納める税金の減免も申請していたが、近年はなんとか通常の納税額は確保しているようだ。だが、未だに借金は抱えたままである。

報告書を見る限り、伯爵家の暮らしぶりは質素そのもので、経済的苦境からは脱していないはずだ。


(大事な契約者の親だ。直接会って、為人(ひととなり)含め見定める必要があるな)


思ってから、ミハイルの中にじわっと何とも言えない感情が湧いた。


(契約者、だよな…?)


前の座席に座り王都の様子を楽し気に見ている横顔をそっと窺い見る。

金髪に碧眼。整ってはいるが華やかさには欠ける顔立ち。魔力は低めで魔法は使えない。学院での成績も中の上で至って平凡―――というのが、目の前の契約妻に関する事前調査の全体的な内容だった。

だが、実際に会ってみたオーロラは決して凡庸な令嬢ではなかった。

機知に富んだ会話術が学んだものか生来の性格からくるものかはわからないが、適切な言葉選びと切り返しの軽妙さには彼女の頭の回転の速さを感じる。

容姿についても、少し手入れを施されただけでみるみる輝くような美しさになった。おそらく舞踏会にでも参加すれば男性はもちろん女性も振り返るだろう。それまでわざと目立たないようにしていたのではと疑いたくなるほどだ。


(一度くらいの婚約解消でロクな縁談がなくなる?

彼女の周りの男共の目は節穴か?)


もともと溌剌とした明るい表情をするオーロラだったが、今日はいつもより少し楽しげに見える。

気が重いなどと言ってはいたが久しぶりに両親に会えるのはやはり嬉しいのだろう。

それに、慌ただしく結んだ婚姻以降、ずっと侯爵邸内に留めおいたから窮屈だったのかもしれない。


「オーロラ、王都に戻って落ち着いたら………」

「?  …はい?

なんですか?」

「……あぁいや、なんでもない」


こちらを向いた彼女の特徴的な色の瞳と目が合って、ミハイルは言おうとした言葉を飲み込んだ。


(王都に戻ったら、観劇にでも行こうか……なんて、な)


自分らしくない思考だ、とミハイルは思う。

女性とは情報収集のために社交をするだけ、色恋沙汰など邪魔にしかならない。

そんな風に割り切ってきたというのに。


(ただ、自分の都合で結んだ契約の相手であるだけのはずなのに、喜ぶ顔が見たいなんて…どうかしている)


自分たちの関係は良い形になってきているから、今のままの自分たちで両親に会いに行こう。

そう言ったのはオーロラの方だった。

確かに、遠慮も屈託もなく会話できるようになり、良好な関係であるのは間違いない。

だが、オーロラ自身からミハイルに対しては相変わらず恋慕の情は全く感じられない。

つまりは『契約のパートナーとしての良好な関係』であるということだ。

そう考えて、ミハイルは『当然だ』と思う反面、胸の奥にざわざわと違和感が広がるのも感じていた。


(落ち着いて、少し頭を冷やそう)


再び車窓へと視線を戻したオーロラから目を逸らし、ミハイルは目を閉じた。



ざわざわ。

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― 新着の感想 ―
あらあらー! そういう自問自答してる時点で片足踏み込んでますよ〜
「ざわざわ」がいい! 腹黒はいいのだけど、外堀を埋め尽くすタイプはちょっと苦手なんですが、なかなか楽しい進展ですね。
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