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睡蓮と水球と水たまり

本日2話目。

前話の続きになります。



「なんだ、義姉上、上手いじゃない」


場所を移して、ここは侯爵邸内にあるダンス練習用に使われる小広間である。

音楽を再生する魔道具(非常に高価)と、室内に舞踏会場の映像を投影しつつ必要によっては一緒に踊っている他のペアの幻影も映し出すことができる魔道具(もっと高価)も完備されている。


『緊急事態です、ご協力をお願いします、オーブリー様!』


オーロラが執務室を出て一直線に向かったのは、先ほどまでお茶をしていたオーブリーの元だった。

自室で剣の手入れをしていたオーブリーは、鬼気迫るオーロラに頼まれてダンスの練習相手を務めてくれていた。


「ステップも、最初に数回間違えただけであとはちゃんと出来てるし、姿勢も綺麗。

なによりすごく踊りやすい。

上手だよ、義姉上」

「ありがとうございます。

オーブリー様がお上手だから、なんとか踊れている感じですが…」

「そう?」


片手をつないだままくるりとターンさせられる。

さすが現役の王国騎士。

体幹がしっかりしているからか、安心して身体を預けられてすごく踊りやすい。

足を運ぶタイミングも、自然と揃う。

曲に合わせていても、同じリズムでステップを踏むのは難しいこともある。

それほど多くダンスの経験を積んでいるわけでもない、しかも学院の卒業記念舞踏会以来踊っていないオーロラがすんなり合わせられているのはオーブリーの力量だろう。

少し慣れて、楽しく感じられるようになって来た頃、見上げたオーブリーがニッと悪戯を思いついた子供のように笑った。


「?」


なんですか、と聞く前にステップを誘導されながら片手を離して再びターン。

そして視界が回され離れた片手を伸ばしたその先に、今まさに白金色の髪を後ろで一つに結び終えたばかりのミハイルが立っていた。

伸ばしたオーロラの手を取り、そのまま緩い力で引き寄せたミハイルへと自然な流れでパートナーが入れ替わる。


「ミハイル様」

「続けるぞ」

「あ、はい」


壁際まで離れて行ったオーブリーを見れば、悪戯成功と言わんばかりの顔で得意げにサムズアップしていた。

今気づいたのだが、オーブリーの方がミハイルより少し背が高かったようだ。

先ほどまでよりもパートナーとの顔が近くなって、オーロラは少し頬が熱くなるのを感じる。

間近で見るミハイルの顔は肌はすべすべ、青い瞳は澄んでいて本当に美しい。しかもなんだか良い匂いまでする。

香水何使ってるんだろうなどと考えていると、ミハイルがぼそりと呟くように尋ねてきた。


「なんで、オーブリーなんだ?」

「はい?」

「ダンスの練習相手」

「そこに暇そうな人がいたから?」

「……私を誘えばいいだろう」

「でも、ミハイル様、このところすごくお忙しそうじゃないですか」

「それでも、妻に付き合うくらいの時間は作れる。

披露宴当日、一番踊るのは私となんだし」

「あ、そうですね、確かに」


また無言に戻り、次の曲が始まってもそのまま踊り続ける。

ダンスは結構体力を使う。

普通の令嬢なら何曲も続けて踊るのは苦行だろうが、勤労生活が長く普通の令嬢よりも体力があるオーロラはわりと平気だ。

立て続けに仕事をこなす多忙な侯爵様は大丈夫かしらとちらりとミハイルの顔を窺うと、疲れは見えないものの、どことなく不機嫌そうに感じられた。


「ずいぶん仲が良くなったんだな、オーブリーと」


またぼそりとミハイルが呟いた言葉に、オーロラは小首を傾げる。


(もしかして、妬いてらっしゃる??)


一瞬考えたオーロラだったが、いーやないない、と浮かんだ疑問はするっと流した。

ミハイルに限ってそれはありえんだろうと。


(大事な弟を練習台なんかに使うな、ってとこかな?)


うん、理由はそのあたりに違いない、と努めて明るく笑って返事をした。


「そうですねー。

私よりも年上なのに義弟とかってどうなんだろうって思ったんですが、お話してみると話しやすいというか」

「人懐っこい性格だからな、オーブリーは」

「それと何と言いますか、ちょっと失礼な言い方になるかもしれないんですが、ここだけの話……」


そう言って声を潜めるオーロラに、誘われるようにミハイルが踊りながら耳を寄せる。


「……なんだか、おっきなわんちゃんに懐かれたみたいな気分で」

「ぷっ」


ミハイルが小さく噴き出した。

大事な弟を大型犬に例えるなど気分を害されるかもしれないと思ったのだが、不機嫌さが消えたところを見ると大丈夫だったようで、オーロラはほっとした。


「確かに、あいつは天然ぽくて可愛げがあるからな」


くつくつと笑いながら「そうか犬か」とミハイルが呟く。

内緒話をする前よりも若干近くなった距離を保ったまま、二人は曲の最後まで踊って向かい合い会釈を交わした。


「すごく踊りやすい。

オーロラはダンスが上手なんだな」

「お褒めにあずかり恐縮です。

でも、幼い頃に習って、あとはデビュタントで一度と、学院卒業時に一度踊ったきりなので、不安だったのです。

動きを叩き込んでくださった講師の先生に感謝です」

「講師……家庭教師か。

男性…?」

「いえ、女性ですよ。

男性パートもきっちり踊れる、とても上手な方でして」

「へえ」

「もう一曲、お願いしてもいいですか?」

「休まなくて平気か?」

「全然まだまだいけますよー。

ちょっと楽しくなってきました!」

「そうか」


ミハイルが視線を送ると、隅に控えていたマシューが魔道具を操作して、また違う曲が流れ始めた。

互いに礼をして、また手を重ねて踊り始める。

すると、足元の床が少し光って、水面の映像が映し出された。見ればオーブリーがニカッと笑っているから、マシューに指示して視覚効果の魔道具も起動させたらしい。

二人が踊りながら動くと、水面の映像にも波紋が広がる。

それに合わせ、今度はぽっぽっとそこかしこに氷でできた睡蓮が出現した。


「まぁ」

「オーブリーのやつだな、水魔法系列の氷を作り出す魔法の応用だ」

「すごい…」

「だな、私は水を作り出したり消したりするくらいしかできないから、こんな繊細な芸当は無理だな」

「水を作れるんですか!?」

「ああ」

「見たいですっ」

「は? いや別に大したものじゃ……」

「見せてください、ミハイル様」


魔力はあれど、魔法を操れるほどではないオーロラにとって、どんな魔法も珍しいのだ。

きらきらと目を輝かす彼女に根負けして、ミハイルが小声で何がしか呪文を唱え、魔法で水球を作り出して空中に浮かべた。

小広間にしつらえられた天窓から差し込む太陽光を乱反射する水の球体は、ゆらゆらと微妙に形を変化させながらキラキラと輝いていてたいへん美しい。


「綺麗ですね…!」

「気に入ってもらえたならよかったよ」


ターンをして伸ばした先にあった水球の一つにオーロラが指先で触れようとしたところ、ミハイルが慌てて止めた。


「あっ、触ったらっ!」

「へ…? わぁっ!!」


制止が間に合わず、触れられた水球が弾けて水が床にびしゃーっと広がった。一部は絨毯に染み込むものの、落ちた場所には小ぶりな水たまりが出来上がった。

間一髪、ミハイルがオーロラを抱き上げて避けたので、ドレスも靴も濡れずには済んだが。

濡れてない床の上にとんっとオーロラを降ろし、二人はまた踊り始める。


「触ったら弾けるんだよ、これ」

「なっ!? 早く言ってくださいよ、そういうことは!

ちょっ、お願いしといてなんですが、これどうしましょう!?

水を消すのもできるっておっしゃいましたよね!?」

「床に落ちた水は飛び散ってるから一個一個消すのはものすごく面倒だ。

後で全部まとめて消す」

「え、じゃあ……」

「水球と、水たまりを避けながら踊るか」

「踊るのを止めればいいのでは!?」

「もうちょっとで曲が終わるだろ?」

「そんなぁ!」

「あ、ほら水たまり」

「きゃあっ」

「はははっ」


ぴょんと飛んで水たまりを避けるオーロラに合わせ、ミハイルが彼女の腰を支えてを持ち上げ、そしてまた乾いた床へとおろして踊り続ける。

オーブリーの操る氷の睡蓮は二人の動きに合わせゆらゆらと位置を変えるので、まるで二人といっしょにダンスを踊っているようだ。

空中の水球にぶつからないように互いに声を掛けながらステップを踏み、また水たまりの場所でミハイルがオーロラを抱き上げる。

いつの間にかオーロラは、近すぎる距離に動揺していたのなどすっかり忘れ、ともすればミハイルの首に腕を回してしがみつかんばかりに密着していた。

オーブリーとマシューたち使用人、そしていつの間にか帰宅していた双子の弟たちまで顔を出し、曲が変わってもまだきゃあきゃあと楽しげに笑い合って踊り続ける二人の姿を見守っていた。




このあと、メイにがっつりお小言をもらった二人でした。


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