存在と空白
そこにあって、そこにない。
無いようで有る気もするのだが。
しかし、あるようでなかったりする。
けれどやっぱり、確かにあるのだ。
*
「ねぇ猫ちゃん? 聞きたかった事なのだけどさ、『お前が猫だと思えば猫にゃん』なんて言ってたよね、あれってつまりどう言う事なの? 猫ではないの?」
『にゃあ? そんなの言葉の通りにゃんだけど。詳細に説明しにゃいとわからにゃいのか?』
「う、うん……。全然わからない。だって猫じゃん。チュール好きみたいだし。喋るけど。……にゃんにゃん言うし」
『別に無理に理解する必要はにゃい。お前が今理解できにゃいにゃら、今はまだ知る必要がにゃいと言う事にゃん。』
猫は今日も気だるそうだ。何をそんなにも面倒くさそうに、眠たそうに、機嫌悪そうにしているのだろう。私の事が嫌いなのだろうか。いや、そうでは無いのか。嫌いなら普通何処かへ行ってしまうのだろう。
しかし、たとえ機嫌が悪かろうが関係ない。今日の私は一味も二味も違うのだ。そう、一瞬で私の虜に、メロメロにさせる必殺アイテム、チュールがあるからだ。味だけに。 これをあれから、あの日から常備している。
「チラッ。……チラチラチラチラ。」
私は悪意のある顔で見せ付ける。それはもうチラチラと魅せつける。
ーーーーほら。来た。私の勝ち。
『おい、ニンゲン。それを献上するにゃん』
猫は目を輝かせる。さっきまでの気だるい猫とはまるで別人。いや、別猫のようだ。しかし私は言う。得意気に、意地悪く。
「え?ダメだよ。これは私のだから。私が食べるの。私のおやつなんだから」
『そうにゃのか。お前のにゃのか。……ではよい。ボクも他から奪おうとまでは思わにゃいからにゃ。惜しいけど、凄く惜しいのだけれども、お前が食すといいにゃ。さぁ食すにゃ』
おや?おやおや?反応が思っていたものと違うな。 大人気なく子供のようにねだって来るものだと思っていたのだが……
それにしても食べろって言われても……。いや、人間でも食べれない事は無いはずなんだけど、さすがに少し抵抗がある。正直食べなくない。
「い、いや、いやいやいや、これはね、後で食べるの。ひっそりと。」
『にゃんだと?ではにゃぜお前は今出したにゃあ? それもボクに見せ付けるように。 まぁ気にするにゃ、ボクの事は良いから食すがいいにゃ。さぁ』
「うっ……。いや、ごめんなさい。猫ちゃん。差し上げます……」
『お?良いのか?悪いにゃあ。では貰うにゃ。まぁニンゲン。お前も食すにゃ。半分ずつにするにゃ』
猫は意地悪そうに言う。狡猾にやって、そしてやられた。 完全に失敗である。チュールを餌に色々と聞き出す作戦が破綻した。
「い、いや、大丈夫だよ。猫ちゃんに全部あげる」
『そうか。全部とにゃ。良い心がけだにゃ。』
猫はご機嫌だ。ゴロゴロと喉を鳴らしペロペロと美味しそうだ。勝利した味はまた格別に、格段に美味しいのだろう。
『ああ、そうにゃ。お前が狡猾にこれを餌にボクを釣ろうとしていた事は許してやる。心配するにゃ、ボクは今機嫌が良い。先程の話をしてやるにゃん』
バレていた。猫にはみえみえだったようだ。まあ、結果オーライと言えばそうなのだけれども。どうやらこの猫との関係性が主従関係がどんどん確定的に傾いていく感じがする。
*
猫は語る。
『んにゃあ、どこから話すかにゃあ。 まず、ボクはネコではにゃい。 いや、ネコではにゃかった、と言うべきにゃのかにゃ』
猫は語る。
『今でこそ、ボクはネコって事ににゃってると言うのかにゃ。 もともと存在自体お前らニンゲンには到底理解出来にゃいにゃん。 言うならば、お前にも理解できるように言葉にするのであれば、精神体……とでも言うのかにゃ。』
猫は語る。
『お前に会ったあの日。 ……初めて会ったあの日、お前というニンゲンに観測され、にゃんでにゃのかお前はボクを”ネコ”と認識した。 にゃんでにゃのかはどうでもいい。 興味もにゃい。 お前がネコが好きーだとか、ネコと遊んでたーだとか、猫によく会う日だにゃーとか。 認識のきっかけにゃんて不安定にゃものにゃん。 この世のにゃかにゃんて不確定なものにゃん。 別に今からだってお前の認識が変われば姿も変わるのだろう。 まぁ1度認識した事象を途中で変えるって事はにゃかにゃかに難しい事ではあるのだがにゃ。』
猫は語る。
『つまり、観測した者の思考次第、観測次第でどう振る舞うのか、立ち振る舞うのか、どうにゃるのか。 相手側次第って事にゃ。 お前らニンゲンもこの地球も宇宙でさえそうだろう? 不安定にゃモノだろう? 不確定にゃモノだよにゃあ?』
「ちょ、ちょっと待って……。 えっと、つまり……どゆこと?」
猫は呆れ顔だ。それでも語る。流暢に。
『つまりにゃ。 お前と言う存在は、ニンゲンと言う存在は。 言うならばこの世界そのものが不安定で不確定。 未来も、過去でさえそうにゃ。 昨日の自分が自分であったと自信を持って言えるかにゃ?』
「えっ? だって昨日は私が、私の部屋で、私の手で猫ちゃんにチュールあげて……。」
『まぁ、到底理解出来まい。 良いか?この辺りで。』
私は思考する。
「でもなんでそんなに猫みたいなの? 猫ではないんだよね? にゃんにゃん言ってるし、そもそも喋るし、チュール好きだし……」
『それはお前の影響にゃん。 ネコだと認識され、観測され、そのように振る舞う事ににゃった。 その影響が出てきたのだろう。』
「ふ……ふぅーん。 そうなんだね。まぁ何となく……わかったよ。……わからないけど」
『愛だとか、感情だとか、情報だとか、そんなモノのようにゃ感じにゃん。 お前らニンゲンの目に見えにないモノ。 物質的にはにゃいのだけれど、確かにあるモノ。 そこにあるモノ。ーーーー知ってるか? お前らが認識出来るモノにゃんて宇宙規模でみるとたったの5%くらいにゃんだよ。 たった5%物質で、概念で生きている。 まぁもっと高次元から比べればそのパーセンテージはもっと低くにゃるんだけど、そこは別枠にゃん。置いておこう。 とにかく残り95%をどこまで理解できるか、認識出来るか、がボクを理解する鍵にゃん。』
「えーー。ヒント!ヒント!ヒントないの?猫ちゃん」
『ヒントって……。 まぁそうだにゃあ。 例えば音楽にゃんかでは、音をずっと出し続ける事はにゃかったりするだろう? 殆どの場合、一瞬無音の状態がある。音を出す瞬間と無音を繰り返して演奏する。あえて奏にゃいという音の出し方。奏にゃいという間があるにゃ。 絵でもそう。 会話でさえも間がある。 会話術においてその”間”こそが大事だったりする。 つまり、存在と空白のバランス。そしてその空白を理解する事が大事って事にゃん』
「空白ね。それはなんとなくわかる気がする。……うん。 とにかく猫ちゃんは空白って事なんだね!」
『……まぁそんな感じでいいにゃん』
この日、私は少し猫を理解した。つもりになった。