はじまりのねこ
「お疲れ様でした」
その日も特段何もなく、平然といつものように、いつもと変わらずバイトを終え、帰路に着く私。
夕方、綺麗な夕日、逢魔時。黄昏時。
こんなに素晴らしい景色は見た事がないと印象に残る夕日だった。
太陽が沈む時、一匹の猫が通りかかる。
ーーーー黒猫だ。
黒猫は私の前で止まり、私の顔を一度見て素っ気なく、興味なさそうに横切っていった。
「かっわいいなぁー」
連れ去りたい気持ちを抑え、普段通りの道を歩く。
しばらくすると坂の上に神社が見えて来るんだけれど、その道を左に逸れると私の家だ。
コンビニによる訳でもなく、真っ直ぐに直向きに進む私の前にまたしても猫が現れた。
ーーーー次は…子猫だ。白っぽい猫。
白っぽいという曖昧な表現なのは、既に周りが暗くなりかけてのもあるが、ところどころ赤かったのだ。
そう。赤い毛並みと言う訳でもあるまい。あれは血液…か。自身の血なのか返り血なのか。はたまたペンキか何かついてしまったのか。
私は今すぐにでも抱きしめて抱きかかえ、病院なのか家に連れて行こうか。とりあえずは何とかしてあげたい。そう思った。
安易に安直にそう思った。
結果から言うと、私のその想いも虚しく子猫は私から遠ざかってしまった。
私の想いとは裏腹に、子猫は私を怖がってしまったようだ。ケガをしているのかしていなかったのかはわからないが、子猫とはいえ流石の身体能力だ。
一瞬で私の前から居なくなってしまった。
なんだか、今日は猫ちゃんによく会うな。
なんて思いながらまもなく私のアパートが見えてきた。
ーーーーその時だった。
『おい、お前』
!!!!!
私はビビる
私は声の方に振り返る
私はビビる
誰もいない…?
『にゃあにやってんだ?お前』
私はビビる
私は声の聞こえた方をみる…下を見る…
私はビビる
今まで生きてきた23年間を疑うくらいにビックリした。
「え…えっと……猫?だよね?」
『ネコ?お前がそう思うのにゃらそうにゃんじゃにゃいか?』
確かにしゃべっている。無愛想に、退屈そうに、それでいて真っ直ぐこちらを見て会話している。会って話をしている。この猫と。黒くて小さく細い体、緑色の綺麗な目をしている猫と。
この時の衝撃はきっと今後の人生の中でもベスト3に入り続ける出来事だろう。
『お前、さっきのネコどうしようとした?』
相変わらず退屈そうに猫は話す。質問をしてきたのだ。
「え?さっきの…?さっきのって子猫の?」
もう衝撃的な事で頭がいっぱいになりながらも私は答える。
「さっきの子なら…血が、血がついてると思って、怪我をしてると思って。だから、あの…助けてあげようと…」
『だろうにゃあ。だからお前は愚かにゃのだ。お前らニンゲンは愚かにゃのだ』
黒猫は言う。無愛想に言う。愚かだと。愚かとはなんだろう? 助けてあげようと思ったのに愚かだと言われ。あまりいい気分ではなかった。
愚か。その意味を考えるのをやめた。
確かに私は愚かな人間だ。それは否定しない。そんな事はわかっている。決して出来た人間だと胸を張る事は出来ない。
猫が喋る事実を受け、それでもなお私は家の方へと振り返る。愚かと言われ、反論する訳でもなく振り返る。
もういいのだ。これはきっと疲れているだけ。これは私の妄想。バイバイ猫ちゃん。
そう思い私は足を踏み出す。
『まぁ待つにゃニンゲン』
引き留められる。猫に。黒猫に。
『あのネコはお前が助けてやらんでも、全然にゃんともにゃかったにゃあ。だけどお前の純粋な気持ちは伝わったにゃん。偽善的でも不純的でもにゃい純粋にゃ気持ちがにゃ。』
『こんにゃニンゲンもいる…』
私は困惑した。
なんだなんだなんだなんだ?
何が言いたいんだこの猫ちゃん。
『まぁよろしくにゃニンゲン。ボクはしばらくお前について行くにゃ』
ーーーー私は困惑した。