ロッテと石板の魔女
ロッテと石板の魔女
「ロッテ! 水汲みと店中全部の水がめを満たしてくれたかい? エレナが居ないから、人手が足りないんだ。次は、裏の倉庫へ回って、薬草の仕分けを聞きながら梱包を手伝ってこい!」
普段の何事もなかった時のように、メリッサの人使いが荒い。
エレナテレスが連れ去られ、ロッテが落ち込み嘆いていようとも、店は開店し、普段の生活は続く。
手分けして、エレナの居ない一部の穴を埋める為に働くロッテだが、それでも昼近くになると、任せて貰える仕事も無くなった。
考える事は、常にエレナの事ばかり。
ロッテの仕事のギザ砥石も、ポシェットの中で準備され、店に並べるだけとなっている。
時間だけはある。
エレナを、取り戻す方法はないかと周りの大人に聴いてみた。
皆、王宮の召し抱えなのだからと、どうしようもないと口をそろえる。
日が経つとエレナが居なくなった事など、口にする者もいなくなる。
まるで、元からエレナなど存在していなかったかのように。
(なんだよ! みんな、薄情だよ!何とかしたいと思はないのかよ!)
ロッテは、やり場のない怒りで歯噛みする。
(そうだ! 此のマジックバッグをくれた騎士様ならエレナを取り戻す方法を知っているかもしれない。……でも……どこに行けば会えるんだろう?)
……「良い事をしたなら、褒美をやろう…スラムのバラックの店へ行け」……
あの時の黒い騎士の言葉が蘇ってくる。
(そうだ! 騎士様との繋がりは、あの店! あの髭のオヤジが知っているのかも)
思いつくと、居ても立っても居られずに、スラムの店へとロッテは走った。
「オウ、 ロッテか!あの方の事じゃな。儂も気にかけておるのだが、此の二日ばかり新王都へと出かけられて、行方が知れぬとの事じゃ。戻られたなら知らせようぞ。なに、心配せんでもいい。強いお方じゃ。」
(王様とは知らぬようじゃな。このような子供まで心配されている。新王との間で何か不味い事でも起きていなければ良いが。)
ロッテにとって黒騎士との繋がりは、途切れてしまった。
すっかりと気落ちしてしまった。
川辺の小道を歩く。
気が付くとそこはギザ石を拾い、あの黒い騎士と出会った河原へと辿り着いていた。
思い出す様に、黒パンを食べた川辺の石に腰を下ろす。
落ちている小石をポチャンと所在無げに河へと投げ込んだ。
(なんだよ、あんなに怖い顔をしているくせに、役に立たないおっさんだな! エレナを助けられないじゃないか。)
また一つ小石を投げ込む。
何気なく、騎士が切ったギザ石を取り出そうとポシェットに手を入れる。
「ビー! ビー! ビー! ビー!」
そのとたん、聞いた事もないけたたましい音が、頭のなかに鳴り響いた。
手を引っ込め周りを見渡す。
川のせせらぎが、周りの静寂を後押しするほどの静かさ。
(なんの音?)
恐る恐るポシェットへ手を伸ばす。
「ビー! ビー! ビー!」
また、あの音だ。
ポシェットの中の手には、振動するギザ砥石の感触。
思わず取り出した。
ロッテの手には、少し大きい長方形のギザ砥石。
黒騎士が、切り捨てて作ったモノとは明らかに違う。
黒い板のように薄く、表裏綺麗に整えられている。
それが振動し音を発している。
(なんだろう? こんなギザ砥石、入れた覚えもないよ)
ロッテには、始めて見るモノだったが、其れは現代のスマートフォンの電子音だった。
平面の石が光ると突然に女の顔が現れた。
「わっ! 石に人の顔がっ!!」
思わず取り落としそうになる。
「やったっ!! 外の光だ~~! 誰だかわかんないけど、サンキューっう!!」
石板の女が喚きちらす。
余りの出来事にロッテは、固まってしまっている。
「いったい、何年振りだっちゅうの! スマホに入ってるゲームなんか、何十回クリアしたと思ってるんだよ。にゃろ~。さっさと電話に出るんだよ。無視してんじゃねえんだよ」
「全部のゲーム、カンストなんだよ! どんだけ暇していたと思ってるんだよ~。つくせ~う。」
ロッテは、訳も分からず一人怒り出し、喚きちらす石板の女に驚き、思わずポシェットへと石板を突っ込んだ。
「あ~~っ! やめぇ~!……」
ポシェットの中から喚く声が聞こえていたがやがて、其れも聞こえなくなった。
変わりに又、先ほどの耳障りな電子音が鳴りだした。
仕方なく、石板を取り出す。
明るく輝き、石板の女が現れる。
「コラ~ッ! 勝手にしまうんじゃ、ねえっつうの! 人様が、何十年ぶりに娑婆の空気に触れたと思ってるんだ~。何て奴だよ! まったく。」
やはり、怒っている。
(やっぱり、仕舞っておこっ!)
ポシェットの被りを開く。
「ああ~っ! 待て待てっ! 其処なお子様! お姉ちゃんとお話しようよ。ネッ! ネッ! そうだ! 飴ちゃん、食べる?」
ロッテの手の平に棒の付いた飴玉が転がり落ちる。
銀色のキラキラとした包装に『チュッp〇チャッp〇ス』と聞きなれない名前が書いてある。
驚きながらも、食べ物に目のないロッテ。
疑いながらも、棒を手に取り恐る恐る舐めてみた。
ヨロズ店で、飴玉は扱っているし見た事はある。
口にしたのは初めてだった。
口の中でトロケテいく。(おいちぃ~~っ!)
「どうだい! 気に入っただろっ。あたしの一押しのマンゴー味だよ。よしっ! お姉さんとお話しよう。」
「とりあえず、お子様、お名前は?」
「ロッテ」
「ああっ! あんたロレッタ!? な訳ないか。猫耳ちゃんにソックリだけど、どう見ても人間だよね。あたしの名前は安田美月、何年たってもピチピチの女子高生さ。最強の魔法使い魔女様なんだぜ。」
「うーん、パーティーの仲間はどうしたんだろ? ジークにエルフのロキシー、聖女のコーネリアス。そしてあたしの猫耳ロレッタちゃん。どうしたんだろ?」
一人で思案する石板の女は、エレナテレスと同じくらいの若さに見えた。
10代の中頃だろうとロッテは思った。
女は、身の上を語りだした。
「そうロッテ、あんた猫耳ちゃんにそっくりね。」
「あたしは、40年と3か月前、別の世界から此の世界へと飛ばされてきた。何言っているんだか分かんねえだろうね。」
「まあ、聞いてくれる。」
「途中の異空間で出会った爺さんに命令されたわ。此の世界を滅ぼす者が生まれてくる。その者を倒せってネ! 最初何を言っているのか解らなかったけど、あちらのネット小説にありふれた話にソックリなもんだからピンときた。」
「異世界を渡る意識だけの存在に、神と名乗る者は無双の力を与えられる事ができるとね。肉体を具現化して、元の世界で死んだ時の女子高生の姿で、あたしは40年と3か月前に此の世界に降り立ったよ。」
「成功の報酬として、その力を持って元の世界へと送り返してくれると約束したんだよ。断るなんてできなかった。ひどい話だよね」
続ける。
「あの戦の終結で、あたしの役目は終わったと思ったよ。薄れていく自分の体を眺めながらそう思った。元の世界へ帰れるんだと涙まで流してね。」
「でも違った。」
「異空間の狭間に入り込み、電子の情報の波間をさまよう40年を過ごしたんだ。此れは、白髪の老人と同じ、神か運営の立場へとなってしまったかと思ったよ。」
「お前の持っているスマホ、お前には石板にしか見えないだろうが、其れを使って此の世界に呼びかけ続けた。40年と3か月ようやく、あたしの呼びかけに答えてくれたのがロッテ、お前だったのさ。」
「約束は守られることなく、またしても、あたしは此の世界へと呼ばれることになった。此の世界へと現れる事になった。」
「ロッテ、あたしが此の世界へと呼ばれたという事は、あたしが倒すべき本当の魔王が生まれたと考えていい。」
「あたしは、魔王という存在を倒して元の世界へと帰りたいんだ! 解るだろ? この気持ち。」
夢物語にロッテも黙って頷く。
「でも、昔のあたしは、肉体を持って自由に動き回れた。無双する肉体と比類なき魔法を使えたんだ。でも今回は、その肉体がないんだ。此の石板から出られない。」
「…………」
静かに訴えかける様な眼差しがロッテに注がれる。
「だから、ロッテ! 此の私を助けてくれないか? あたしの足となって此れからのあたしの手助けをしてくれないか?」
美月の言葉は、荒唐無稽に夢物語りに聞こえる。
先の戦の話は知っている。この国の王様が中心となり、魔族からの襲撃から守りこの国を作った。
(でも、魔王ってな~に? 魔族にも王様がいたんだね。そしてその魔族の王様を、この石板の魔女美月ちゃんが倒したいと? それを此のあたしが……えっ!……此のあたしが、お手伝い?……えええ~~っ! ムリ! ムリ! ムリ! ムリ! ムリ! ムリっ!!……)
「えええ~~っ! やだよ~そんなのぉ~~。魔族って怖いんだよ。王様なら、モット怖いに決ってるジャン! あたしなんか、すぐに死んじゃうもんね」
美月から見ても、ロッテはスラム育ちの貧弱な少女。
11歳になるのだが、もっと幼く見えた。もっともな話だ。
「ロッテ、お前は弱いかもしれないが、此の石板を持っている限り、此のあたしが魔法で守る。何があっても。」
「やだよ~っ 怖いよ~」
魔王を怖がり取りつく島もない。
11歳の子供なら当たり前の反応と言える。
それでも石板の美月は諦めない。一押しする。
「もちろん、タダとは言わないよ。賃金を払うからさ。」
お金と聞いて、銅貨に目がないロッテの気持ちが揺らいだ。
「ホントに?」
「ああっ それにロッテの困っている事が有ったら、此の私が、この国一番の魔法使い様が、手を貸してやる。」
「一番の……はずだよ……たぶん。」
その言葉にロッテの鼓動が高まった。
エレナを助けてくれる人がいる。
「なんでも! 本当に何でも出来るの! エレナを助けて! エレナを助けて! お願い。」
石板に現れた女の子は、国一番の魔法使いだと言った。
途方に暮れていたロッテにとって、一筋の光にも見えた。
エレナの経緯を美月に話した。
「よっしゃあ~~っ! ロッテ! 此のお姉ちゃんの力を見せてあげるよ。
一緒にそのエレナちゃんを取り戻しに行こう。」
「契約成立だ。」
「うん!」
嬉しさにロッテの目に光が灯る。
石板の中から語り掛けてくる美月が、どれほどの力を持っているかなど、ロッテには解らない。
しかし、今までの大人たちがすべて首を振る中、此の石ころの中の美月だけが、助けてくれると言って、手を差し伸べてくれた。
藁にでも縋りつきたい思いのロッテは、一も二もなく美月の提案に飛びついていた。
「ヨ~シいい子だ。飴ちゃんをもう一つやろう。ヨーグルト味だよ。」
「これ、あたしのおすすめ!」
此処にロッテは、安田美月こと石板の魔女の助力を手に入れた。