ロッテ、王様に石ころ投げる。。
ロッテ、王様に石ころ投げる。
ジークハルトが感慨に浸っている所、またしても探索に赤い反応が現れる。
高速で移動するそれは、あっという間に河縁のロッテへと歩を進めていく。
(むうっ! いかん! この動き、今度は魔狼かっ!)
慌てて鞘を拾い上げると、元来た道を今度は、隠匿も使わず己の最大の力を振り絞る様にして走る。
還暦にも近い漢が、周りの草木を蹴散らしながら豪快な疾風となって森を駆ける。
童女が狼に振り回される情景が頭をよぎる。
(まだ、褒賞も渡してはおらん。させんぞ!)
駆ける!
駆ける!
豪快に駆ける!
膨大な魔力が吹き渡り、蒸気のように汗が一気に噴き出した。
黒い巨漢が湯気を噴き、まるで怒り狂った猪の魔物かのように突進する。
一気に目の前に河原の情景が開けた。
姿勢を低くして今まさにロッテに忍び寄っていく狼の後ろ姿が目に入った。
涎をたらし、ロッテの姿を一点に見つめて忍び寄る。
ロッテは、屈んで石ころを拾うのに夢中で気づいてもいない。
(むうっ! 間に合わぬかーっ!)
「オオうりゃあーーーっ!!」
「ブオンッ!」
掴んだ聖剣をまるでやり投げのように、狼の背に向かって投擲する。
膨大な魔力と圧倒的な威圧に気が付いて狼が振り向いた。
其処には、光の矢となって聖剣ツナスリが炎をまき散らしながら飛翔する。
「ズガアアンンーーーッ……」
狼の居た所には、落ちくぼんだクレーターの中心に一メートルほどに長剣へと姿を変えた聖剣ツナスリが突き刺さっていた。
一瞬で燃え尽き、灰となった狼の姿などどこにも見当たらない。
銀狼ごときに対して、圧倒的な力の差、ジークハルトが我を忘れて投擲したオーバーキルの聖剣の力がそこにあった。
爆風に巻き込まれてロッテは、コロコロと転がる。
(わーっ! な何だよ! イテテッ)
体を擦りながら、辺りを見回した。
くぼ地に一本の剣が突き刺さっている。その向こうから、舞い上がる土煙の中を見上げるような黒い騎士が近づいてくる。
(なっ何! 誰! あたし、もしかして襲われている? )
ジークハルトが、道々(みちみち)ロッテを見守りながら、たった今、二度も魔物から救ってくれていた事など、気が付く筈もなく、その圧倒的な風貌に恐怖する。
ちじれ毛の伸びた髪に剛毛の顎髭、それらに隠れた其の顔は表情も解らない。
無言の圧力を放つ黒い巨漢の登場に、今にも失神しそうなロッテだった。
小さなロッテの心臓は早鐘のように鐘を突き鳴らし、それでも倒れそうな感情を押し殺す。
その場を乗り切る為の思考が現れては消えるを繰り返す。
(やっばいな! どうしよ!! 誰の土地でもないと思っていたけど、此のギザ石の取れる河川敷、きっと此の騎士様の土地だったのかよ! あの剣をいきなり投げつけるくらいだもの。よっぽど怒っているに違いないよ)
ロッテは焦る。
「ドドドドドドドドド」表情の見えない黒い騎士からは、魔力の威圧と共に体中から湯気の様なモノが立ち昇っている。
小さなロッテには、其れが魔力を一気に使い解放した姿などと知る由もない。
只々、黒い怪物が威圧を放ちながら近づいてくるだけに見えている。
付き刺さっていた剣を抜くと肩に担ぎ、にやりと笑ったように見えた。
ロッテの傍らまでたどり着くと漢は、長年のタバコで黄ばんだ歯をギラリと剥きだして見下ろしてくる。
後ずさる小さなロッテ。
もう、怪物にしか見えていない。この怪物が、国の前王などと思いもしない。
怪物ではなく、戦の英雄にして勇者、初代の王様である。
(ひぃ! くっ食われる~!!)
盛大に勘違いしたロッテは、集めていたギザギザ石を、パニックに陥り思わずジークハルトへと投げつけた。
(なにっ!!)「ザンッ!」
ジークハルトが、たった今救ってやった童女が、いきなり石を投げつけてきた。
全くの条件反射的に、聖剣で石を切り捨てる。
飛んできたギザ石がきれいに二つに分かれて地に堕ちた。
「なにをするか!? 童女!」
「ひいっ!」
助けたうえに、褒賞まで渡そうとして近づいたのに、いきなり少女に石まで投げつけられて、ジークハルトは困惑する。
これは此れで、強面の己の姿が、子供にどのように見えているのかなど思いもしない。
ロッテは、その声も耳に入らず、続けてギザ石を投げつける。
「斬っ! やめよ!! 助けたのが分からぬか!! たわけモノ!!」
石は、二つに分かれ落ちる。
助けられた所を見てもいないロッテが、知るはずもない。
しかし、その口ぶりから自分を害する意思のない事が分かった。
「助けられた?」
言われた意味が理解できず小首を傾げる。
「…はぁ…ヤレヤレ」
ジークハルトは振り返り、傍らに僅かに燃え残った狼のシッポを拾いロッテの眼の前へと投げてよこした。
「お前を襲おうと忍び寄っていた魔狼のシッポだ。 たった今わが剣により成敗した。 剣の魔法の力により燃え尽きておったが、そのシッポだけが残って負ったわい」
恐ろしい顔付の男は、マナジリを下げると口角を上げて、黄色い歯を見せる。
ようやく、ロッテは今までの経緯を飲み込んだ。
この恐ろしい騎士様は、寸での所で襲い掛かろうとしていた狼から自分を守ってくれていた事。
そして、むき出しにして食いつきそうな悪辣な歯を見せているのは、ただの笑顔のつもりらしい。
(…という事は、助けてくれた恩人に石を投げつけた?……はあ?…………)
「ひぃっ! ご勘弁を!……騎士様~ぁ!」
ロッテは、自分の勘違いにより、盛大にやらかした事に気が付くと青くなる。
自分は、スラムの孤児、相手はどう見ても立派な老齢な騎士。
事態を飲み込み、パニックは収まったモノの、お咎めに震える最初に戻ってしまった。
「…………!!……?……」
ジークハルトの前に小さくなって土下座するロッテの前に、二つに切られたギザギザ石が落ちている。
「?」
ロッテは、ジークハルトの前で土下座している事も忘れて、眼の前のギザ砥石に加工されている二つを手に取り合わせてみる。
また、離しては其の断面を確認する。
「え~~っ! ギザ砥石になっている? なんで?」
「石など拾って何をしておる?」
ジークハルトも、先ほどから石を拾うロッテの不可解な行動は、気になっていた。
その髭もじゃの顔に覗き込まれても、今のロッテは、それどころではない。
散々苦労して何時も井戸端で作っていた砥石が突然と現れたのだから。
驚いてジークハルトへとギザギザ石を投げつけたのは解っている。
(え~と? その時に……)
何やら、早くて解らなかったが、剣を振るったらしい。
覗き込むジークハルトとその手に持つ聖剣を交互に見る。
「騎士さまぁ、あたしが投げた石ってぇ、もしかして切ったりして??」
「オウッ お前が投げるからだ。 その手に持っているだろう。大事な石だったかの。此の剣で真っ二つとな。それは済まなんだ」
そう言って、抜いてきた聖剣ツナスリを見せる。
何気なく、その抜身の錆びついていた剣を見る。
錆びついていなかった。
「オオッ ツナスリの錆びが落ちておる」
鞘から抜けはしたモノの、永年の放置により錆びついて無残な姿だった聖剣の錆びが落ち、光を取り戻しつつあった。
「あたしが投げて」とロッテ、ギザ砥石をみる。
「儂が、此の剣で二つに切った」とジークハルトが、輝きを取り戻しつつある聖剣を見やる。
ジークハルトはロッテから離れると、聖剣を正眼へと構えた。
「童女! その石、もう一度投げてみよ。」
「うっ うん」
「斬!」
ロッテが、敷石に擦り付けて作る程のとんでもなく固いギザ石が綺麗な断面をみせて二つに分かれる。
振りぬいたツナスリが、嬉しそうに輝き、刀身でキラリと陽の光を返す。
「わあっ!」「オオオッ!」
ロッテとジークハルトの声が二つに重なる。
ロッテは、一瞬で出来上がったギザ砥石を拾い、ジークハルトは、ツナスリの輝きを確信した。
「もう一度!」「うん!」
「斬!」「!!」
「もう一度!」「うん!」
放られるギザ石を切る度に錆びが落ち、光を取り戻していく聖剣ツナスリ。
ジークハルトにとって、その愛剣が輝きを増すほどに、自らが若返っていくかの様な高揚感に酔いしれていた。
一方、片目をすぼめ片方の口角を上げる『めっかち』な悪い顔をした童女が。ブツブツと言いながら、二つに割れた砥石を拾い集めている。
(一つ200リダ、ふたつ400リダ、みっつ600リダ、よっつ800リダ………えへへへっ…ははっははははははっははははははっはははは………………)
拾っても拾っても無数に転がっているギザ砥石に、ロッテの目線は泳ぎ、よだれを垂らし、壊れてしまった人形のようにカクカクとおかしな動きで拾い集める。