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反逆のロッテ  作者: ドロガメ
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ロッテ、ゴブリンに出会わない。

 ロッテ、ゴブリンに出会わない



 ロッテは、暑い日差しの中を上流へと歩いて喉も乾き腹も減った。

 目的のギザギザ石の採取場所は、もうすぐだ。

 立ち止まると随分川幅も狭くなり、岩肌が周りに立ち上がり景色も渓谷の様相へと変化を見せる。

 川面を伝う山間の風は、涼しさを伝えてくる様になっていた。


「リ~ン、リ~ン、リ~ン」


 平野部では聞こえない秋の虫さえ涼やかさを伝える様に鳴き競っている。


 川面へと手を伸ばすと顔を洗った。

 火照った顔を冷たい渓流の水が爽やかに冷やしてくれる。

 のどを潤す清流も井戸水と変わらないくらい冷たかった。

 川面(かわも)に突き出た小さな岩に座ると、先ほどの黒パンにかじりつく。


(あっ! そういえば、初めて自分で稼いだ金で買ったモノだよな。)


 かじった黒パンを噛み締める。

 なんども何度も固いパンを咀嚼して、ようやく飲み込んだ。

 焼きすぎて香ばしい大麦の香りが鼻をつく、雑味のある苦みの中にパンの甘みを感じられた。


(…うめえな。)


 旧市街の街の人々にとって、固い黒パンなど粗末な食べ物の代名詞でしかない。

 それでもロッテにとって、この固いパンが初めて自力で手にした金で手にしたものであり、特別な食べ物でもあった。


 朝の食卓で、「黒パンでも付けるように頑張りましょう」とのエレナテレスの言葉を思い出していた。


 なぜか、エレナを思い出すと気持ちが詰まってきた。

 道端で死にそうになっていた自分を拾い、命を救って貰った。

 何も知らない自分が、店で失敗をするたびに一緒に怒られてくれる。

 エレナにとっては、何一つ得な事など何もないというのに。


(…全く、お節介なエレナ……)


 昼飯の出ない店で汗水たらし働くエレナの姿を思う。

 一方此処、清流の畔でのんびりと黒パンを食べている自分がいる。

 何だか、申し訳ない気持ちが沸きあがってくる。


(これ、持って帰ったらエレナ喜ぶかな?)


 一口かじった黒パンをしげしげと見るロッテ。


 一口食べた為に、ますます腹が減り、よだれが落ちる。

 残りをエレナにも食べて欲しいという気持ちと、空腹に押されて食べてしまいたいという葛藤に身悶えする。

 しかし幼いロッテ。


(わあああーーっ! あああーっ!)


 一瞬の空腹に思考が負ける。堪らず噛り付く! 噛り付く! 我を忘れる。


(…なんだよ、何で涙が…。なんであたしが泣いてるんだよ)


 固いパンを噛み締める。

 美味しいパンの味なのに、幼い少女には自分の涙の意味さえ解らない。

 涙が零れそうになるので、無理矢理に上を向いてその一口を噛み締める。


「ひっ ひぃっく うううっ……うわあぁぁぁ~~んん!! エレナぁぁ~」


 それでも涙があふれ続け、最後には大声を上げて泣き出してしまった。

 静かな渓谷にロッテの泣き声だけが響き渡っている。

 殴られて泣いた事はあっても、他人を思いやって泣いたのは、ロッテにとって初めてだった。


 自分の力で稼いだ金で手に入れた高揚感と満足に満ちた一口。

 恩人の苦労と感謝を忘れ、自分の欲に負けて食べた苦い二口め。

 溢れる気持ちを抑えきれずに、ロッテは泣いた。


 ロッテは、ひとしきり泣き終わると手元の二口かじった黒パンを大事そうにポケットへ入れると立ち上がった。

 拳で涙をぬぐうと何でもなかったように歩き出した。





(うんっ なんだ? 泣きながら黒パンを食いだしたかと思えば、泣き止んで黒パンを仕舞ったぞ。腹が減ってガッツいて食っているようだったが、どうした?)


 相変わらず、童女の後を付ける不審者の王様ジークハルトは気づかれないように、後を付け様子を伺っていた。


(こんな童女が一人でこのような山奥に何をしに来たのだろう? ここまでくると危険な獣や魔物だっているというのに。……何とも危機意識の欠片もない奴だ…)


(仕方がない。民の安全を守るのも領主の役目、暫くは御守(おもり)でもするか)


 領主らしい如何にもな理由を口にし、自分を納得させるジークハルトだが、単にロッテに興味深々なだけである。

 子供は、王子一人と男の子には恵まれたものの。娘や孫に女の子の居ないジークハルト王は、周りに幼い女の子の居ない境遇からロッテの様な子供を新鮮に感じている。

 見つけた時から心を躍らせてくれる此のチンチクリンな少女が、痛く気に入ってしまっている。

 ジーク本人すら、まだその事に気付いてはいない。


 童女は、キョロキョロと河原を見回し、小石を拾っては捨てる。

 一人でブツブツと喋りながら、気に入った石を見つけると飛び上がって喜んでいる。


(う~む、なにを拾っておるのかの。気になって仕方がないわい)


 その時、ジークハルトの張り巡らした探索に小さな赤い点が入り込んできた。

 気配を伺い、探索の魔法を張り巡らせるのは、王となってからも途切れる事はない。

 脅威が大きいほどに色は赤く酷く大きく広がる。

 今は、距離200メートル、大きさからジークハルトにとってさほどの脅威とは成りえない。

 二匹のゴブリンと目星をつけた。

 隠匿に気を使い気配を消しているジークハルトには気づくことはない。

 はしゃぎながら無邪気さを晒し、子供特有の甘い匂いを風に乗せて、美味しいエサが、此処にいますよと言っている様なロッテに、向かっている様子だった。


(やれやれ、ゴブリンか。ワシの城にもほど近いというのに魔物がうろついておったのか。 久しぶりに討伐してくるか)


 巨躯を屈めては、隠匿を使いながら、岩々の間を走り抜けると、ゴブリンの居る藪の中へと、足音も立てずに走りだした。


「ぎゃうっ ぎゃぎゃっ」


 藪に身を潜める。

 獣みちに沿って、お互いに牽制しながら二匹のゴブリンが近づいてくる。

 獲りこぼさない、ぎりぎりに近づいた所で二匹の前へと躍り出た。

 突然に、眼の前へ現れた190センチメートルを超える黒い巨漢に、一瞬ゴブリンも驚き怯むモノの、人を見ると襲い掛からないと済まない性分の魔物ゆえに、力の差など考えもせずにジークへと向かってきた。


 背中に背負っていた聖剣を取り、小太刀な為に片手で構える。

 抜けない為に鞘ごと向かい来るゴブリンの横面を振りぬいた。

 返す刀で、二匹目も難なくその頭を振り飛ばす。


(うーむ、これほど迄に脆弱な生き物だったか? 弱いゴブリンとはいえ、童女に危害が及ばなくてよかったわい。)


「ブンッ!」


 頭の離れたみすぼらしい残骸を見おろしてジークハルトは、鞘に着いた血のりを払うために一振りする。


「カラーン!」


 思いがけない事が起こる。

 あれほど抜けなかった聖剣の鞘が抜け落ちると、吹き飛び近くの木に当たると転がった。


「えっ! オオオッ!! 抜けた! あれほど抜けなかった鞘が…」


 ジークハルトは、突然の事に驚き眼を見開く。

 二匹のゴブリンの血を吸い、戦闘態勢の光が聖剣ツナスリに戻ってきた。

 持ち主を、此の聖剣を飾り物として扱う事無く、戦いに向かいゆく戦士と認めた瞬間だった。

 だが使われることなく、永年の宝物庫で飾られていた聖剣の刀身は、赤くさび付いている。


(このような事が起こるとは、真に奇怪! 聖剣ツナスリを復活させるなど,あの童女…………金貨10枚(百万リダ)の褒賞に値する。実に怪しからん!……ハハハハッ ウワッハハハハ!)


 ロッテは、知らぬ所で王様を高揚させ、憤慨させているなど知る由もない。

 のんきにギザギザ石を見つけては、無邪気に喜んでいた。


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