ロッテのお願い
可憐なエルフの少女からは程遠い大きく醜い魔物の腕。
ロッテのナックルダスタ―をがっしりと掴んで離さない。
(うおっ なんだ此れ!! りんちゃんを叩きつぶした力は此れっ??)
「もうっ! カワイ子ちゃん、こんな物騒なモノは無しでぇ~。 あたしもこんな可愛くない腕は、出したくないんだから~。」
ナックルダスターを出してまで本気モードになっているロッテと違って、まるでじゃれてくる子供のパンチをさらりと躱すかのようなリーチェ。
ロッテは獣人化を一瞬、解除。
掴まれたナックルダスタ―が消えると、僅かに隙間が出来る。その瞬間をみはからい拳を引き抜く、魔物の腕を蹴り上げ同時に後ろへトンボをきって宙返りして間合いを取った。
「ううぅ―――っ!」
ロッテにとっての必殺武器ナックルダスターを初見であっさり躱されてしまい打つ手に詰まってしまう。
唸るロッテと微笑むアリーチェ。
そこへ思いもよらない束縛がロッテへと飛んできた。
「ロッテン、ワーム。バインド!」
ボリュームを上げたスマホのスピーカーから慌てたような美月の声が上がる。
ロッテの足元の地面を押し上げて、大量のミミズが絡みつきながら足を上って来たかと思うと、あっという間に体中を簀巻きのように締め付ける。
「うほおっ!! 何々っ! 美月ちゃん、止めてぇ~。」
美月の魔法によって腐ったミミズに絡めとられるロッテ。
生憎と死霊術師のバインドな為にミミズも腐って匂いが酷い。
近くに居たアリーチェも堪らず鼻をつまむと後に下がる。
「ロッテ何時だったか、話し合いは殴り倒してからするものだ、なんて言った覚えが有るけど相手をよく見てからな。それ弱い奴限定でに訂正しとくわ。 あっ バインドに使えそうなのが腐ったミミズしかねえのは簡便な。」
「こんなベラチラーテ師匠の弟子に付いている様な奴が弱いわけないだろう。よく考えろよ。明らかに強い相手にいきなり殴りかかる奴があるか!? まずは話し合いで様子を見るんだよ。リンちゃんをやっつけられて、頭にきたかもしれないけれどもっと冷静にな。」
口元まで腐ったミミズに巻きつかれてムームーと反論も出来ずロッテは涙目だ。
「くっさぁ~、何このバインド? ミミズ?」
アリーチェが鼻を摘まみ顔も顰める。
戦闘に成りかけたが一瞬にして白けた空気が漂う。
「おホン!」
ベラチラーテの威圧の籠った咳払いが響く。
ウッと一瞬目を見開いたアリーチェが恐る恐る後ろを振り向くと、其処には口をへの字に結んでしかめっ面をしたベラチラーテ。
「もう、先ほども言いましたでしょう。 リーチェさん! あなたも考えが足りませんね。たった今先、美月の使い魔を壊したばかりではありませんか~。可愛いからと言って行き成り其の魔物の腕で抱きしめるなんて、怖がられるに決まっています!! あなたも、お仕置きが必要ですか~?」
穏やかながらも圧の籠ったベラチラーテの言葉に一瞬にして顔色が変わった。
「ご…ゴメンナサイ…」
ベラチラーテは、束縛され立ち竦むロッテに近づくと「パパッ」と埃でも払うかのように束縛のバインドを手で払い落した。
「あっ」
術者にしか容易に解けないバインドをあっさりと服のホコリでも払う様に解除されて美月の眼が見開く。
「うちのリーチェさんも考えるより先に手が出るのも困ったものですわ~。美月の拘束具も、もう少しマシなものはないのですかね~。 全く二人とも今一つ、あか抜けないわね~。」
どうして良いモノか呆然と立ちすくんでいるロッテの腕を引き寄せると頭に顔を寄せると匂いを嗅ぐ。
「フムフム、まぁバインドを解いた時に匂いも多少取れましたかねぇ~。ミミズの拘束なんて聞いた事もないわ。…………う~ん よし もう少し、取り除いてあげるわ。」
そのままロッテの頭を胸元に抱え込むようにして匂いを嗅いでいる。
「あ~ ミルクの様な甘い子供の匂い~、此れよ。此れ。 子供の匂いはこうでないとね。」
そう言いながら、ロッテを更に抱きしめながら頭の匂いをクンカクンカと恍惚の表情を浮かべながら堪能している。
弟子のアリーチェが可愛い獣好きなら、師匠のベラチラーテは可愛いモノ全般大好きな様だ。
獣人の村々をこうして見回っているのも、可愛いモノ好きなケモナーであり、獣人達を愛でる為自分の趣味性癖を満たしているだけのようでもある。
「師匠ぉ~ ずーるーぃ~~。」
リーチェは自分の事を棚に上げて、ロッテを子猫でも扱う様に楽しんでいるベラチラーテに抗議の声を上げた。
「何を言っているのです。此れは酷い匂いで汚された此の子を身綺麗にしているだけではありませんか~。 クンクン。」
弟子に避難されようがどこ吹く風、全く意に介さず、座りこむと困惑するロッテを膝の上に抱え込んでしまっている。
そして何か確信を得たのか美月に顔を向ける。
「此の何か懐かしい匂い、似た匂いを昔嗅いだことがあるわ、それにこの子が、一瞬出したナックルダスターだけど、あれは私が獣人の娘に作ってあげたモノだわね。」
「…この子が其れを付けているという事は…………そういう事なのね。…………獣人の子の命は短し…か。…………。」
其れだけを言うと、しげしげとロッテを見つめながらすべてを察した様子だった。
「あなたは、ロレッタの娘? …いや其の幼さからして孫の世代かしら。 何年か前にロレッタの葬式があったと聞いていましたが、わたしも既に葬儀が済んでだいぶ経ってから聞いたものだから出られなくて残念だったわ。」
「それで、その腕に隠しているナックルダスターは、お前の母親、ロレッタの娘から受け継いだ物なんだね。ロレッタの娘は会った事はなかったけれど、元気で居るのですか?」
思わぬ相手から婆ちゃんのロレッタの名前が出てきた。其れと幼い頃に死んでしまった母親のぬくもりだけがロッテの心に蘇ってきた。
一瞬、眼を見開いたロッテだったが、すぐにしょんぼりと項垂れながら目を伏せながら答える。
「婆ちゃんには会った事は無いんだ。生まれる前に死んじゃったんだってさ。…………母ちゃんも、母ちゃんもあたしが小さい頃に死んじゃったんだ。父ちゃんなんて会った事も聞いた事も無いんだ。」
「母ちゃんの名前はロレーナだよ。 死にそうな怪我で魘されて(うな)いる時に夢をみたんだ。その夢に母ちゃんが出てきて此れを付けてくれたんだヨ。」
その時の夢の光景が頭に浮かんだのか、沈んでいたロッテの眼に明るい光が戻った。
「…………そうですか。幼くして孤児か。…頑張って生きてきたのですね。」
ベラチラーテは膝の上に抱きかかえていたロッテを見つめると、黙って抱きしめた。
貧しい森の村落など厳しい環境に暮らす獣人達や、人族でも真っ当な暮らしのできない人々も決して少なくはない。
子供を残し居なくなる人でなしや親としての資格のない者。そうでなくても思いを残しながらこの世を去っていった親もいるだろう。
何時の時代でも身寄りのない孤児は何処にでも居るモノだ。
ロッテもそんな何処にでもいる孤児の一人だった。
ベラチラーテに抱きしめられて母親の温もりを思い出したのか、今までの境遇を話し出した。
誰にも話す事もなかった苦しかった幼い頃の気持ちを、初めて会ったばかりのベラチラーテだったが聞いて欲しくなったロッテだった。
優しそうな表情で見つめてくるこの人に聞いて欲しいと思うのだった。
父親はおらず、母親と二人森で暮らしていたロッテだったが、狩人仲間に狩の最中に何者かに襲われて戻ってこないと聞かされてから母親の姿を見ていない。
教えてくれた狩人仲間も殺されて連れ去られたとは、幼すぎるロッテを前に言えなかっただろう。
それでも其の苦し気な表情を思い出し、時間が経つにつれてロッテも母親の死を感じ取っていたのだった。
ひっそりと親子二人で暮らしていたロッテ親子だったが、孤児になってしまったロッテに手を差し出す者はいなかった。森に住む獣人たちにとって、獣人の母親を持つとはいえロッテの姿は人族。
獣人達も苦しい生活の中で、何かのトラブルにも繋がりかねない人族の子供に救いの手は届かない。
そして、子供の力では森で食べ物を探すのも難しかった。
ある日、山菜取りに訪れた近くの街の子供達に付いて行くと、いつの間にか一番近い小さな町シュルツタインのスラムに住み着いていたのだった。
同じようなスラムの孤児たちを真似て食べ物を手に入れることが出来た。
そうやってボロボロになりながら生きてきた。
時には腐った食べ物でお腹を壊し、盗んだモノを見つかっては酷いせっかんを受ける。
そんな中で助けてくれた人がいた。
「エレナって言うんだ。スラムで死にそうになっている所を助けてくれたんだよ。おまけに自分の部屋に住まわせてくれて、ご飯が食べられるようにお店のおじさんに頼んでくれたんだ。ハハハッ…変な奴だろ。」
「可笑しいだろ。…エレナ………」
そう言うとまたロッテは黙り込んでしまった。
「そうね、ロッテの大事な人なんだね。」
そのベラチラーテの言葉に、ロッテは眼を見開きはっとする。
此処まで旅をしている使命を思い出したからだ。
力強い眼差しでベラチローテを見上げる。
「そのエレナが悪い奴に掴まっているんだ! エレナを助ける為に手伝ってくれる仲間を探しているんだよ。」
「魔女様! 一緒にエレナを助けに行ってください! お願い。」




