ロッテと白い少女
ロッテと白い少女
ラルフは、にこやかにイチゴタルトを勧めては手渡してくれるベラチラーテへの対応に戸惑っている。
近衛の職に就きながら、小国とはいえ気さくなジーク王とは会話する機会も十分にある。
ラルフに限らず、小さな砦の王城ではジークハルトは、主君で有り十分に威厳を保ちながらも、付き合いのよい父親のように皆に接してくれている。
そんなジーク王から聞かされる戦話では、魔族は当時のシュルツタイン周辺の小国群いきなり襲いだした敵であり、其の為に各部族から選抜構成された勇者のチームを先頭に戦いを重ねていた事を聞かされている。
其の難敵の筆頭と聞かされていたのがベラチラーテという魔女の名前だ。
そのベラチラーテが美月と親し気に接して旧知の仲のようにふるまっている。
その状況を飲み込めずにいる。
(本当にこの人が魔族ベラチラーテ?)
笑顔で細い腕で差しだされたケーキを受け取る。
気さくで美しいベラチラーテ。
華奢な骨格ながら背は高くとても荒事を好むような蛮からではない。
どちらかと言うと内に籠ってフラスコでも振っていそうな研究者にでも見える姿が、なお更に聞かされていた悪魔の化身の様な戦時の悪辣な姿との違いに訝しさを感じている。
「ああっ この私とした事が、長らく疎遠だった弟子に出会った嬉しさでお互いの挨拶もまだであったな。」
決して久しぶりに出会った弟子の美月にいきなりケーキのおねだりをして、それに夢中になってかぶり付いていた様子など、何でもなかったかのように凛と佇まいを直すと立ち上がった。
「おホン! 我が名は近隣では名を馳せる四人の魔族の一人、ベラチラーテ。深く静かな森の木々、鏡の様な水面のように美しい湖、それらが映し出すは我が心。何物にも動ずることのない深い思考、森に生きる者達を愛し愛でる自愛の魔女とも呼ばれておる。」
「情け深いだけの魔女ではないぞ。四大魔族と呼ばれている他の者たちなど私の魔力の前にはまだまだ赤子同然。齢にしても私の齢の半分以下だしな。まだまだ子供の様な者たちよ。ほおっほほほ。」
石板に浮かび上がり眼を半眼にした美月。
(うわ~、随分と盛っちゃってるわ~。 ラルフやロッテみたいなお子様たちにまでそんな見栄を切らなくてもなぁ。強いのは分かるけど、自分で自愛の魔女とかどうよ~。)
ロッテのポシェットから半分覗いた石板の美月の表情に気が付いたのか、ベラチラーテは顔を逸らしながら、そおっと人差し指で石板をポシェットの中へと押しこんだ。
「それで美月を、その石板を使役していると言って良いモノか。そこのお子様と可愛い騎士様。ネコ獣人のソナタの名前は?」
永い年月を過ごす老齢な魔族の魔女にとって、獣人の人化したジャオクウ達と同じようにロッテも見えているらしい。
自際に普段は普通に人の少女のロッテだが、ナックルダスターを左手に仕込んでからは、戦闘時には獣人の姿も現れている。
そして近衛の若手で剣技も冴えるラルフだが、まだまだ十五歳の少年と言えばベラチラーテからすれば、ロッテと大した変りもない可愛い少年に見える事だろう。
つい先ほどにベラチローテの連れの少女にリンちゃんを消滅させられたばかりのロッテは、眼の前の展開に追いついていない。
ロッテ達の戦力の要とも言えるリンちゃんを失っても、またすぐに造り生み出せるという平然とした美月。
リンちゃんの生みの親とも言える美月が、何事も無い様にその魔女と旧知のなかとして親し気に話している。
その得体の知れない魔女が親し気に話しかけてきている。
あわわとあせる。
「あっ! あたしはロッテ。名前はロッテてゆうんだよ。」
「美月ちゃんとは、騎士様のおっちゃんに此のポシェットを貰ってからの知り合いなんだ。美月ちゃんは、このポシェットの中に住んでいるんだよぉ。 え~と石板から出られない美月ちゃんの代わりにあたしが、彼方此方と回っているんだ~。」
其処で一息つくとロッテ。
「でも美月ちゃんや美月ちゃんの使うリンちゃんには、とても助けられているんだ。だからリンちゃんをもう一度助けて。お願い! 魔女様。あたし達リンちゃんが必要なの。」
はぁ と一息溜息をつくベラチラーテ。
「もうホントにゴメンねえ。うちのリーチェが早まったことをして。必要な魔石は美月に渡して置くから後で遣い魔をまた作っておくれ。」
「ほら、アリーチェも拗ねていないで、此処へきてお話するんですよ~。」
他所を向いて黙ってケーキを食べていた白い少女は、しぶしぶといった表情で近づいてきた。
「あたしは……アタシは、悪くないんだからぁ!」
「あれは、とっさにゴブリンが現れたので倒してしまったまでデスゥ。使役の魔物だなんて思いもしませんゥゥ。 ゴブリンのくせにちょっと脅威を感じさせたのが悪いんですゥ~。ウゥ…………ゴメンナサイ。」
突然現れたゴブリンメイジながら高い魔力と共に六角棒を使い、しなやかな接近戦能力を脅威と咄嗟に判断して攻撃してしまったと弁明する。
人族や魔族にとってもゴブリンなど意思の疎通の通ずる高等種族などではないのだから、傍から見れば瞬時の判断では妥当とも言える。
ポシェットから石板がぐりぐりと半分出て来ると。
「まあ、しょうがないか。うちのリンちゃんは強いからな。一瞬で強敵と判断して対峙したのは、アリーチェと言ったか? お前の判断は正しかっただろう。でもうちの子達とは仲良くしてくれよな!」
「ほら、ロッテもビビッテないで。握手だ、あーくしゅ!」
りんちゃんを消しさられて、その白い少女には近づきたくないロッテ。
片目をすぼめながら、横目で様子を伺う。
そんなロッテにようやく意識が向いて、アリーチェがスタスタと近づいてくると、ほんのすこしだけ眼を開く。口角が上がる。
グッと顔を近づけてくる。
「う~ん? 人族? 獣人? ちいさいねぇ~。」
そう言いながら握手の為か手を伸ばす。
ロッテもしぶしぶと、それに応じようと手を伸ばした。
しかし白い少女の両手はロッテの手を握らず、ガバリとロッテの体を引き寄せると行き成り抱きしめた。
「ぎゃ~ か~わい~猫ちゃ~ん!! ネコちゃんだよねぇ~。」
アリーチェにもベラチラーテと同様にロッテの姿が猫の獣人に見えるらしい。
いきなり理不尽にも胸に押し付けられた顔をようやく逸らす。
「なっなっ! 何だよっ! なにすんだよー! それに猫じゃないし!!」
アリーチェの腕の中で藻掻くロッテの様子が気に入ったのか、その腕は強く抱きしめられ離さない。
「猫ちゃんで、イーじゃない。可愛いし~。 あたしはエルフ族のアリーチェ。 ネコちゃんよろしくぅ~。」
腕の中から逃れようと暴れるロッテを力任せに抱きしめるアリーチェ。
その左腕は、先ほどまでのエルフ特有の透き通るような白く美しさは消え去り、赤黒い血管の浮き出た緑の魔物の腕のように太い禍々しさに満ちている。
「あっ!! 」
いきなり強く抱きしめられ、その上に魔物のような腕に抱き取られと、危険を感じたロッテの左手が光を帯びてナックルダスターが現れる。
獣人化して筋力の上がった体でその腕を振り解く。
振りほどいた勢いに乗せて、黄金に輝くナックルダスタ―を咄嗟に振りぬいた。
アリーチェにとっても身体強化したロッテの攻撃は咄嗟の事、さらにナックルダスターという初見の武器。
「ガツン!」
硬いものが硬いモノにぶつかる様な重量感のある甲高い音が響く。
ロッテのいきなりの攻撃ナックルダスタ―は、白い少女の華奢な体から伸びた緑色の魔物らしい禍々しい腕、人ではない三本指の手に受け止められていた。
アリーチェは笑う。
「ほーら。その姿、猫ちゃんじゃない」
ナックルダスタ―を振りぬくロッテの頭には猫耳、貫頭衣の裾を持ち上げてシッポが覗いている。
エルフとは思えない魔物の腕を生やし、ナックルダスタ―を受け止め笑顔を見せるアリーチェ。
予見もない、全力の力をいとも簡単に受け止められた。
ロッテの冷汗が止まらない。




