軍属のベラチラーテ
軍属のベラチラーテ
「ほぉーっ 此れが黄金の拳か。話には聞いたことが有るわい。わしら獣人にとって先の戦は、とおい昔話みたいなモノじゃが、その話の中でも聞いたことが有るわい」
ロッテが右手に装着したナックルダスタ―を自慢げに掲げると年配の獣人が食いついてきた。
金属性の丸い手甲に付いた短い三本の突起がピカリと光る。
「この手甲を付けた獣人族の強者が群れを率いて、人族と魔族の戦いを止めるために戦に赴いたという話は聞いている。」
「あの纏まりのない個人主義の魔族の連中が、人族の国へと攻め入ったんだが、魔族の連中は一人一人の力は突出していようとも人族は数が多いからのオ。非道な大国アルステリアにいきなり向かうには数と力が足りない。近隣の小国群のあつまるシュルツタインの部族を襲って配下に従えようと考えたのじゃろう。」
「獣人族の強者は、魔族と人族との争いの火種が大森林へと向かうのを嫌って、止めさせようと獣人の手勢を率いて出向いて行ったらしいわ。其れがどういった風に影響を与えたのかは知らんが、結局魔族の人族の国への進行は、尻すぼみに終わって失敗したそうだ。」
(此れを付けて戦に向かったんだね。ばあちゃん。)
感慨深げにいつの間にか自分の右手に現れるようになった黄金の拳をロッテは見る。
その隣ではお面を上にずらして、犬獣人にハチミツ酒を勧められたリンちゃんが水のように酒を飲んでいる。
「おおっ! ネエサン、めちゃくちゃ強いうえにイケル口だねえ。 ササッ もう一杯!」
「ギギィ~ッ (うんめぇ~)
美月の死霊術によって生み出された、継ぎはぎだらけのリンちゃんではあるが酒の旨味は解るらしい。
「おおっ 飲みな。」 「ギギィ~」
気が合ったのか、酒の入ったコップをコチンとあてると、獣人の男とリンちゃんは肩を組み揺すりあいながら飲みだした。
「クケェー」
リンちゃんの掲げたハチミツ酒のコップにオルトミムスも鼻面を寄せる。
匂いで酔っぱらったようだ。
「儂らとしては、あのまま奮起した魔族が人族の集落を潰しながら、アルステリアへ攻め入って貰っても一考に構わんかったがな。」
「獣人の戦闘集団を従えるロレッタ殿は、そうは思わんかったらしい。戦火が飛び火して広がるのを嫌い、魔族の進行をどうしても止めたかったと聞いている。話に取り入らぬ当時の魔族たちを抑える為に、部族間から選ばれた人族の勇者と呼ばれる者たちに加勢して、その争いを納めさせようとしたんだとよ。」
「あの頃の魔族の侵攻は、確かにやり過ぎた。エルフやドワーフ族からも意義を申し出て、結局人族側へと付いてしまったからな。」
「更に上手くいかんかった事に、魔法の得意だったはずの魔族を上回るほどの魔女まで現れて勇者側に加勢したそうだからな。」
昔話を語りだした村の長老たちの、其の魔女の言葉に美月がピクリと石板の中で反応を示した。
「おおっ そうとも! あの戦の要は、その魔女だったろう。ふふふ。デカいだけの聖剣遣いなど、タダのでくの坊だしな。 エルフの弓使いとて、広範囲の敵に一度には歯がたちまい。あの時、まさに戦の功労者は、燦然とあらわれた魔女に違いない。うん、そうとも。アハハハッ!」
その時の魔女が、此の石板の中のキツネ姿の美月とは、想像もしない獣人たちが持ち上げる。
「オウ、しかしいくら魔女が現れたとは言え、相手の魔族の中にも相当の魔法を使うベラチラーテ様がいたというのに、すんなりと引き下がったのには、腑が堕ちんかったのお~。」
「ん! ……ベラチラーテか…………いやいや、皆の衆そのベラチラーテとか言う魔法使いも力の差を思い知ったからこそ、手を引いたのかもな………」
美月が魔族の名前を聞くと先ほどの勢いをなくし言葉も尻すぼみになる。
「おや、夜叉キツネ殿はベラチラーテ殿をご存知か?」
「いや、知るわけがなかろう。そのような昔の戦のなかの魔族など、もう生きてもいまい」
「………………」
一陣の疾風が酒宴のざわめきをかき消す。
静寂の後に周囲の小鳥たちが先に何事もなかったように囀りだした。
「うーむ、たまには遠出もして見るモノよの~。獣人共のハチミツ酒も、やはり捨てがたいわ~」
気の抜けたような。甲高い声。
其れは実際の音を震わすとともに、頭の中にも響いてきた。
「バッ」とリンちゃんが跳ね起き六角棒を身構える。
先ほどのゆったりと、酒にまどろんでいたとは思えない緊張感に、六角棒の先が震える。
「久しぶりだねえ~。その声は美月だろ~。」
その声に向かって獣人たちが広がっていく。
何時の間に、溶け込むように酒宴の席に交じり座り込み、白い豪奢な服の長い黒髪の女が、粗末な木のコップを茶目っ気を見せる様に持ち上げてみせた。
「ベラチラーテ!」
石板の中で明らかに美月が動揺を見せる。
女は、すっくと立ちあがる。
頭には、ヤギの様な巻いた角。白いズボンで立ち上がるその姿は、すらりとした長身の驚くほどの美女だった。
一歩踏み出すと、「バッ」と背中の黒い翼が大きく広がる。
圧倒的にその場を支配する力が空間に漂う。
誰も動く事も出来ず言葉さえ発しない。
「せっかくの酒宴、馳走になっておるよ~。久しぶりだから忘れちゃっているかな~。ベラチラーテだよ~。長老なら知ってるだろ~。」
(まったく、魔族と獣人とでは寿命のサイクルが違い過ぎて、知らない奴らばっかだよ。 30年40年来ないだけで、此のあたしを忘れてくれるなっちゅうの~。)
のんびりとした甲高い声が、村の緊張感を崩す。
立ち上がり踏み出した其の姿に、圧倒的な支配感と場を闇とするような雰囲気を一瞬漂わせたモノの、ベラチローテから出た言葉は気の抜けた、久しぶりに現れた疎遠を詫びる挨拶だった。
皆の緊張のとけていく中、一人仁王立ちでベラチラーテの進む前に立ちふさがっているリンちゃん。
風もないのに、メイド服が逆立つように揺れる。
刹那!
「バッシーン!!」「……コロコロ…」
「屍ふぜいが! お師匠様の前に立ちふさがるとは、その身を弁えろ~! 此のビチグソが~。」
衝撃で落ちくぼんだ地面に、1メートルほどの巨大な鉄扇を叩きつけた少女が喚く。
今まで気配も感じさせずにその場に居なかったというのに、一瞬で何処からともなく現れ、リンちゃんに反撃の暇さえ与えずに消滅させてしまった。
叩きつけた鉄扇の下には、丈夫さを示すようなメイド服の残骸だけが残る。
クレーターからはじき出されて六角棒がはじけ転がる。
ベラチラーテとお揃いの白い服にふんわりと重ねたミニスカートが刎ねて細く白い足を覗かせている。年の頃は、ロッテより二つ三つ年上の中学生なら二三年生と言った年頃か。
消滅させたリンちゃんと美月たちに向かって、カンカンに怒り浸透で悪態を喚きたてる。また其の口調が、見た目の華やかで清楚な可愛らしさとは、酷くかけ離れた悪態の数々をぶちまけている。
「ひっ ひいやぁ~!」
一瞬の事柄で事態を飲み込めずにいた、周りにいた獣人たちが後ずさる。
「あっ! リンちゃん!!」
(ええええっ! リンちゃんが死んだ!?)
いや、元々死霊術で合成造り込まれた死体なのだが。
その粉砕された亡骸は、瞬時に美月のいる異空間へと移されてメイド服しか残されていない。
ロッテもようやく、その少女によってリンちゃんが消滅させられた事に気が付いた。左手にナックルダスターが浮かび上がる。
(あんなに強かった無敵のリンちゃんを、一手の手合わせすらさせずに倒してしまうなんて。)
眼の前の華奢な白い少女が其処までの剛腕を発揮したとは到底思えなかった。
ラルフも用心深く、ロッテの横に進み出てきた。
「ああっ! アリーチェ! 乱暴はおよしっ! 皆が楽しく過ごしている酒宴の席だというのに、なんてこと。」
少女の蛮行にハラハラする親のように窘める。
「もう! 鉄扇をお仕舞。あなたも其処にお座り!!」
「コンラット村の皆の衆も、騒ぎを起こしてすまないね~。なにも事を起こすつもりはないから、酒盛りを続けておくれよ~。」
娘を大人しくさせると、周りの獣人たちに陳謝の言葉を振り撒きながら、誰かを探すそぶりを見せる。もちろん美月だが。
ロッテとラルフの前までとやって来た。
ラルフとロッテ、二人とも笑顔のベラチラーテを前に金縛りにでもあった様に動けずにいる。
ジンワリと得体のしれない者への恐怖で汗が噴き出ている。
「こんにちは、初めてよね。前々から、此の辺りの森で人族の野盗による蛮行を止めてほしいという話はあったのよ。獣人だけに限らず、魔族もだいぶ犠牲になっているらしいしね。」
「まあ、それでもあたしにとっては、それほど興味が沸かなかったんだけど、村の周りに大雨と共に範囲を指定したようなカミナリの嵐。魔法のね。あたし以外で初めて見たわ」
「あれは、あたしの伝授した広範囲魔法『雷の簾』、あれを教えて会得したのは美月アンタだけよね」
「ロッテ、出してくれ」
美月の言葉に、ハット意識を取りもどしたように体が動いて石板を取り出した。
石板に移るジョシコウセイ美月、その姿はベラチラーテの知る美月だったのだろう。
しかし。
「何と!? 生身の姿を失ったか? 姿かたちは当時のままに見えるが、一体どうして?」
「…………」
「ハハハッ 久しぶりに見るベラチラーテ師匠は変んねえな。」
美月の突拍子もない返事にラルフとロッテは顔を合わせると声を上げた。
「しっ師匠~~!!?」




