ロッテ、悪徳商人を殲滅する。
ロッテ、悪徳商人を殲滅する。
ムスターファは、眉をさげ眉間に出来る皴をいつも以上に深くよせる。
この男が、まともに笑った所など見た事もない。雇われ狩人のまとめ役ミケーネは、ムスターファの渋顔が更に悪辣になった所で声を掛けた。
「さっきの大雨とカミナリ、通り雨にしては酷いもんだったな。ムスターファの旦那。」
ミケーネとて、たった今いきなり大雨を降らし、天上の神の怒りにでも触れたかのような幾つもの雷鳴が自然のモノとは思っていない。
其れが、自然のモノでなければ恐ろしい敵が現れた事になる。
無理矢理に引きつった笑いと共に只の通り雨だと期待した答えは郁子もなく否定された。
「まったく、森の獣や獣人しか相手にした事のねえ能天気な奴には解らないか! このお天道様の下、いきなりあんな大雨が降るものか! あれは広範囲にカミナリを落とした魔法だ。特上の上位の魔法を使う魔法使いを獣人共が雇ったようだな。」
当然のように期待を裏切られ、様々な思いが胸の内に沸き起こる。
森の獣を狩る様に普段の生活の一部の様な楽な仕事。純朴な獣人ならばだまし討ちにして獣を狩るよりもさらに簡単な仕事だとタカをくくって引き受けた仕事だった。
それが大魔法を使うような使い手が獣人の味方となって迫っている。
「あんな嵐のようなカミナリを魔法で落としたと?」
「ああっ 間違いないだろう。信じられないほどの広範囲の大魔法の様だが、獣人の村を取り囲んでいた奴らは、もう生きてはいないと考えた方が良いな。」
「襲撃の為に百人近くの者たちを集めて向かわせたんだぞ! 其れが今のカミナリで全滅したとでも言うのか!? バカを言うな! 森の狩人のベテランの仲間もいるんだ。そうやすやすと遣られるモノか。」
長年の間、狩猟を共にした知り合いもいる。
其れがたった今のカミナリの襲来で死んでしまったなど、実際に目にしていないだけに信じたくもなかった。
「探しに行くんじゃねえぞ。もう手遅れだ。いずれ魔法を使った奴らが現れる。儂らの馬に荷を積んだ隊列は此処を引き上げるが、ミケーネお前らは残った奴らをまとめて、少しの間を置いて殿を勤めろ。」
「倒せるモノなら殺しても構わん。もし倒したのならば。死んだ者たちに支払う予定だった取り分までお前たちにくれてやる。其れが終わればこの森での仕事も終わりだ。森の狩人の実力を見せてみろ。」
其処まで言われるとミケーネにも森で生きてきた狩人の意地が有る。
匂いに敏感で群れで襲ってくる狼や巨大な体のくせに知恵の回る赤毛の熊を倒したこともある。
自らの匂いを消し、泥に埋まり気配を森の一部と化し、狙う獲物の隙を突いては、難しいと言われてきた獣や魔物を倒してきた。
森の雫と消え失せた手下だった者たちの賃金まで残った者たちで分け前としてもらえる。
ミケーネに其れを断る理由などなかった。
「魔物の毛皮に騙し討ちした獣人の毛皮。貴重な魔族の部位まで十分な収穫だったろう。ムスターファの旦那。死んだ手下の家族に渡してやる金もいる。それに話に聞いていなかった魔法使いを相手にする事になったんだ。割増の金は弾んでもらうぜ!」
「ああ、いいだろう。20分だ。後方に下がったキャンプ地の別動隊と堕ちあい、集めた物資と商人の人員を転移陣のスクロールで送り出す。その間、時間を稼げ。誰も現れなかったらお前たちも急いでキャンプ地へ戻ってこい。残った者達すべて転移陣でアルステリアへ帰してやる。わかったな?」
「まったく転移のスクロールを使う事になるとは大損害だ。こんな大森林にまで遠征してきて僅かな儲けにしかならんとは付いていない。……しかし、こんな山奥の獣人村に魔族の魔法使いでも現れ負ったか? まあ命あってのモノだねだ。」
ムスターファは苦虫を嚙みつぶしたような顔で吐き捨てる様に言い放した。
そして数人の商人達と荷馬を引き連れてみ獣道を歩き出した。
「キュウッ! キュワッ キュワッ!」
「なっ! 何だ。」
前方の藪の中からオルトミムスの鼻面が覗く。
「なんだ、オルトミムスか。脅かしやがって!」
全貌を現し、犬獣人のような少年と後ろに猫の様な獣人の子供を乗せたオルトミムスが獣道へと現れた。
其れをムスターファは、魔法使いが放った追手のひとりの獣人と捉えた。
「ちっ! もう追手が追い付いてきやがったか? 見た所獣人のガキ共だ。
後ろからやってくる魔法使いに知らせる前に、ミケーネっ さっさと殺してしまえ! 」
「フン! 長剣を背負ってはいるが、見た所まだガキの犬獣人じゃねえか。せっかくだからオルトミムスの荷役獣も手土産にいただくぜ。」
ミケーネは、そう言うと背中の矢筒へと手を伸ばした。
ラルフとロッテを乗せたオルトミムスは、ムスターファが撤退する獣道を塞ぐようにして現れた。
獣道に現れたロッテ達の前に、膝まである白い装束を着た商人風の男達五人が馬を引き連れて向かってくる。
其のうちの宝石の首飾りをジャラジャラと付けた髭面の男が、後ろを振り向くと叫んでいる。
石板の中で美月が細く笑んだ。
「此れは、此れは御一行さん。ごきげんよう。如何にもな、悪人ズラの商人どもが揃っているな。」
呟いた美月の言葉は、ムスターファには聞こえない。
ムスターファの声とほぼ同じくしてその後方から矢が飛んできた。
馬上のラルフが、難なく長剣を振るいはたき落とす。
ロッテは、商人達が引きつれる馬上に積まれた毛皮の多さに目を見張った。
その毛皮の数だけ、村人の命が奪われている。
獣人の命など、金を儲ける為には少しも躊躇しない人族による欲の奥底が抜け落ちた商人達の姿が其処に合った。
ロッテにとって、それはまるで人の姿を被った悪魔そのモノに見えた。
体が震える。
自分の欲望の為に獣人の命をむしり取る。本当の悪とは此の商人の様な者たちだと思った。
その反面、赤エボシの店で扱っていた毛皮の商品にこの様なモノが紛れ込んでいないかお腹の底が「キュッ」としぼむ。
その背中にも汗がジンワリと湧いてくる。
ロッテの思いついた心配事は、幸運な事に杞憂に終わっている。
赤エボシの主人は、そう言った事には十分に気にかけている。
そのような非道な商品を扱えば商人のモラルも地に堕ちる事をよく知っていた。
目利きの鋭い赤エボシにその様な品物が並ぶことはない。
ロッテの勤める赤エボシは、そう言った所ではロッテの心の負担になる事はない。ただこの場所で、その事をロッテが知ることは無かった。
今は此の商人たちの蛮行を叩きのめす事だけを心に思う。
「ちっ! この獣人が脅かしやがって! 荷役獣を置いて死に晒せ!」
更に弓矢の矢を一つ飛ばしたのちに、商人たちの後ろから蛮刀を引き抜き十人ほどの狩人が走り込んでくる。
「ロッテ! シャキッとしろ! 倒すべきは此の商人どもだ。一人とてゆるしては駄目だぞ。」
美月の声に我に返る。
オルトミスの背から飛び降りると同時に、リンちゃんもポシェットから飛び出してきた。
狩人たちが散らばりながら三人を囲む。
しかし、圧倒的力を確信するリンちゃんは構わずにその群れの中へと向かう。六角棒を振り回し跳ね飛ばしていく。
狩人の仕事は罠をしかけ、または遠くから弓を射かけ、弱った所を槍や蛮刀で止めをさすという仕留め方がほとんどだ。
突発的に出会った獣や魔物との出会い頭での戦いでない限り、無傷の獲物たちと剣を交える事などそうそうにない。
罠を仕掛け準備を施す前にロッテ達に出会った狩人たちは、対人戦闘に無敵のリンちゃんの敵では無かった。
荷役竜の背に乗っていたのは確かに二人の獣人のはずだった。
「なっ! 何が起こってやがる。」
飛び出したミケーネは目を見張った。
いつの間にか現れたのか、メイド姿にマスクの女が六角棒を手に仲間の狩人の中で暴れている。
たかだか、獣人の少年と少女。
十人ほどの大人の狩人で囲めば十分に殺せると思っていた。
それが黒いオーラをまき散らしながら、其れは戦闘とも呼べない、まるで一つの流れ作業の如く仲間の狩人を打ち据えていくメイドが現れた。
全くの危なげもない動きに狩人は手も足も出ない。
自然な動きにその姿は、ゆっくりと動いている様にさえ見える。
狩人たちの先手の動きなど手に取る様に見切り、当たり前のように六角棒を急所に叩き込む。
仲間が地に転がるのを横目に、ミケーネは一人の小柄な猫耳娘に気が付いた。
「あいつだ! あれを人質に。」
狩人仲間の間をすり抜けるとロッテに迫る。
棒立ちに立っていた娘と一瞬、目があった。
沈み込むその姿。
逆にジグザグに動きながらミケーネに向かってくる。
流れる様に動くその姿を、途中からミケーネは目で追えなくなっていた。
「ハアァーッ!」
眼の前に金色の金属の丸い拳が光る。
その向こうに牙をむいた少女の顔が見えたのは一瞬の事だった。
それがミケーネの生涯で見た最後の光景だった。
地面に叩きつける様にして、狩人の顔面にめり込んだナックルダスター。
その体は痙攣を繰り返す。
粉砕された顔面が其の死を物語る様に静かにその動きが弱まっていく。
周りの狩人を静かにさせたリンちゃんが、そっとロッテの肩に手を置いた。
「なんて、役に立たない狩人共だ! 転移するぞ。集まれ!」
現れたのは、オルトミムスに乗った二人の獣人の少年少女と侮ったのが間違いだった。
更に現れたメイドによって商人達を守るはずの狩人が全て倒されてしまった。
(クソッ! この中にあの大魔法を使った魔法使いがいたのか? 後の者たちは見捨てて逃げるほかあるまい! なんて忌々しい。)
荷物を積み込んだ荷馬を捨てて、商人たちが集まってくる。
一度に転移できる物量に限りがある。商人達だけの人数で精いっぱいだ。
儲けを捨てていくのにムスターファは唇を噛んだ。
狩人たちとの戦いの向こうで商人が集まり、転移のスクロールを投げ捨てるのにラルフは気が付いた。
「逃がすか!」
オルトミムスに乗ったラルフが駆ける。
商人たちには自分たちを守る武器も力もない。
魔力を膨大に使う転移陣は、その発動に僅かな時間がかかった。
ラルフの剣がムスターファに届こうとした時。
「奴属の首輪!」
今まさにムスターファに迫ろうとしていたラルフに、魔法具の輪が投げつけられるとその首に巻きついてしまった。
「儂が主人だ! 剣を納めろ!」
ラルフに巻きついた魔道具の首輪から魔法陣が浮かび上がっている。
其の首輪のはまった者と術を施したモノとの主従の関係が構築されようとしている。
(まったく! 奴属の首輪まで使う事になろうとは、何たる大赤字じゃ!)
ムスターファが、魔道具の損得を気にしているその時、デジタルな女の声が響き渡った。
「奴属の魔法陣、書き換え! 対象物をラルフから発動者へ、変換! 『まjckkをkづうb……』術に従い魔法陣の文字を入れ替え! 」
何時の間に近づいたリンちゃん。其の手の石板から魔女美月が、魔法陣の書き替えの術式を詠う。
ラルフの首に巻きついていた魔道具から発せられていた魔法陣の色が変わり、その模様や文字が美月の言葉の模様と入れ替わっていく。
「此の世紀の魔女様の手下に魔法具を使うなぞ。なめられたものね。百万年早いわ!!」
カシャンと音をたて外れた首輪が、次の瞬間にはムスターファの首にはまっていた。
「なっ! なぜっ! 首輪が儂の首に! くっ苦し。 あの獣人の首に移れ!」
ムスターファの言葉に一瞬首輪が光るものの、光は消えてムスターファを締め付ける。
「フン! 奴属の首輪なぞ持っていやがったか。全くとんだ商人だな。」
ムスターファと商人達を囲んだ転移陣の光が強くなる。
「おっと! お前っ 一歩前へ出ろ。 帰る事は許さん。」
美月の非常な言葉が、ムスターファの体を意思とは関係なく突き動かす。
ムスターファは、首の魔道具を必死に外そうと藻掻きながらも転移の魔法陣から歩み出てきた。
その後ろで残された四人の商人を包んでいた魔法陣が更に光ると消えていく。
狩人達の死骸と荷役の馬たち、そして取り残されたようにムスターファ一人だけがその場に佇んでいた。




