ちいさなロッテの困惑。
小さなロッテの困惑。
「ドシュッ!」
また一人、息も絶え絶えだった狩人が最後の呻き声を残して静かになった。
ロッテは、狩人の死にざまに顔を歪めながらも目を離せないでいる。
そんな光景を見せて、ついて来たロッテに美月が尋ねる。
「ロッテ、人が死ぬのは辛いか?」
問いかけられて、更に顔をこわばらせる。
「いやだよ! 何処の誰だか知らないけれど、皆こんなに焼け焦げて、苦しそうに死んでいくなんて。…………でも…………でも、悪い奴らだったんだよね。罪もない村の人たちを殺して回って。その上に獣でもないのに毛皮まで剝ぎ取るなんて。絶対に許せない! 生かしていたらどれだけの獣人の人たちがこの先も殺されるか解からない!」
「死んで当然だよ。こんな人族は、生きていてはいけないよ!」
「でも、今のあたしは、息の根を止めるなんて出来ない…………人を殺す何て。」
狩人たちの金の為に常軌を逸した残虐な行ないに、眼を大きく見開いて抗議する。
死んで当然と息巻くロッテだったが、そんな悪人でも自分の手で殺す事にはまだ躊躇い、覚悟が足りないのだった。
言葉の最後は、小さく尻すぼみに小さくなっていく。十一歳の少女に、決断を求めるには余りにも残酷な事柄だった。
美月もそんなロッテに其処までの無理強いをする事はない。
相手を無力化し、自身に被害が及ばない程度に戦えれば良いと今の段階では考えていた。
しかし、それでも戦いに巻き込んでしまった以上は強い気持ちと心構えは必要だった。
「そうだな。街で平凡に暮らしているだけでは、見えてこない事もある。自分たちが、何気に手にする品物にこんなに恐ろしい現実が、密かに隠れて紛れ込んでいるかもしれないんだ。」
「目をつぶってはいけない。よく見ろ。許してはいけない。」
「戦え!ロッテ」
「獣人の皮を剥ぎ取る人族ばかりではないぞ。あたしらが、知らない所でまだまだ悪事は密かに平然とまかり通っているんだ。其れを許してしまったら、あたしらも此奴らと一緒に鬼畜へと落ちたも同然だ。」
「自分の心に一片の曇りを残すような生き様は、カッコ悪いだろ。悪い奴らは、お前の其の金ぴかの拳で殴ってやれ。……なっ!」
「うん!♡」
美月の気持ちを吐き出すような言葉に、ロッテの瞳にも一つ光が灯る様な表情を見せる。
先を行く男達が、何かに気が付いたのか走り出した。
二人のボロボロになった服を着た獣人が、おぼつかない足取りで此方に向かって歩いてくる。
「シェラゴ! お前たちまでどうしたんだ!? どうして人族の狩人たちと居る?」
美月の放った稲妻は人族の狩人だけを狙ったはずだった。
その中に紛れ込んでしまっていたのか、こうもりの様な見た目の獣人の二人がとばっちりでも受けた様に所々黒い煤を身に纏いながら歩いてくる。
その背中には、弦の切れた弓と空の矢筒を背負っている。
「いっ…いや……俺たちは、暗闇での探索が得意だろ? 偶然人族の狩人の集団を見つけて付けていたんだ。村に向かっているから知らせようとしたんだけどな。」
「突然の大雨とカミナリに狩人共が撃たれて驚いたわ、俺たちまで撃たれちまって死ぬところだったぜ。」
肩を貸す様に支えてきた意識の薄い相方の男を傍らに下ろすと、自らもその場にへたり込んでしまった。
値踏みするような目つきでラルフやリンちゃん、ロッテ達を眺めてくる。
「そいつらは? 見ねえ顔だな。」
見ない顔の筈はない。
クロヒョウのジャオクウを追って矢を射かけ、更にロッテ達を襲っていたのは、此の蝙蝠獣人のシェラゴの二人だった。
顔を見られていないとの確信を得たのか知らを切る。
ダンツが問い詰める。
「シェラゴ聞くが、お前たち何故、狩人共と一緒にいた? 村の近くに潜んでいる此れだけの数の狩人だ。お前たちが見つからない筈はないだろう? 同じ獣人仲間だ、疑いたくはないが此の状況だとな。」
「此の狩人共を倒したのも、此方の旅の衆、夜叉ギツネ殿の力だ。」
リンちゃんが狐装束の美月の石板を前へと突き出す。
「そうか? 私の魔法探索の精度に問題でもあったかな? 敵意を抱く者達に目掛けてカミナリを落としたつもりだったが。」
「……ひどいぜ! 旅の衆よ! 此れがあんたの仕業と言うのなら、償って貰わねえとな! 見ろよ。俺の相方は、くたばっちまったぞ。俺の姿を見よ。
こんな怪我ではこの先狩も出来ねえぜ。どうしてくれるんだ。」
蝙蝠の獣人は狩人殲滅の巻き添えを食った。被害を被った。其の責任を取れと喚きだした。
「ほう? お前たちは狩人の仲間では無かったのか?」
「あっ当たり前だ! 俺たちは獣人だぞ。仲間を裏切るわけがないだろ!」
余りにも清々しい嘘に、ダンツは眉間にしわを寄せ真っ赤な顔で
折れた矢を投げてよこした。
「?……なんだよ? 俺の矢か? それがどうした?」
「まったく 鈍い奴だ。其れは、ジャオクゥに深手を負わせた矢だよ。お前の弓矢の矢じりだな。」
「いっ嫌…どうやら見間違いだ! 俺の矢じゃねえ。ジャオクゥに弓を射かける訳がねえじゃないか。」
蝙蝠の獣人は、あくまでもうそぶいた。
それでも、その額に汗をにじませ視線を逸らす。
人族のように狡猾に表情で騙しきれないのも此の蝙蝠の獣人の浅はかさだった。
「嘘をついても無駄だ。 私らも藪の中で襲われた。探索に映る赤い敵意の表れは今、眼の前に居るお前、そのモノなんだぞ。逃れられないぞ。」
シェラゴは、ロッテ達を襲った際に姿を見られていた事にようやく気が付いた。
申し開きが通らないと分かると、支えていた仲間の体をダンツに向かって突き飛ばした。
身をひるがえして逃げようとする。
「ぎゃっ!」ダンツは其れを躱すと、シェラゴの背中に持っていた証拠の矢を突き立てた。
「シェラゴ! なぜ狩人に仲間を売った!?」
矢を突き立てられた痛みと相まって、わだかまりを吐き捨てる様に苦しい言葉は吐き出した。
「仲間だと!? 獣人の仲間として俺たちが扱われた事なんかねえ!毛皮を持つお前たちからは、酷い差別と仕打ちを受けてきたんだ! ……凍える真冬の寒さ。食い物も足りずに死んでいった俺たちの種族を助けてはくれなかった。」
「仲間の筈はねえ。」
「あの商人は言ったんだ。毛皮や魔族の貴重部位を集める手助けをすれば、分け前を与えアルステリアの都に住まわす口利きをしてやると。俺は、人族と共に温かいアルステリアに行きたかったんだ! こんな惨めな生き方は、まっぴらだったんだ。」
美月は、どうしようもないと可哀そうな表情をみせる。
「馬鹿な。商業共和国アルステリアは、魔族や獣人差別の酷い所だ。その都ともなればなお更だぞ。お前は、獣人たちを誘き出すのにうまく利用されただけだ。例え都に行けたとしても、蝙蝠のお前の体に有用性を見つけられれば、殺されて其の部位が売り払われるのが堕ちだな。」
シェラゴは目を見張る。信じられないと言わんばかりに声を荒げる。
「そんなバカな! 今まで俺たちがやって来た事は何だったんだよ。」
「其れが、金がすべての商業共和国アルステリアの商人どもだ。獣人をだますなど息をする程にも何の悪意も感じてはいないさ。」
「シェラゴどちらにせよ、お前がその地を踏むことはない。お前は獣人の仲間を売った償いを免れない。せめて楽に行かせてやる。」
言葉も終わらないうちに、ダンツは傍らの犬獣人のマシェットを取ると一瞬の動きでシェラゴの首を切り落とした。
「夜叉キツネ殿、トンラップ村の見苦しい所を見せてしまった。村も一つではないと言う所だ。」
「ダンツ殿、気落ちしている間はないぞ。この蝙蝠の男をだまし、獣人の仲間を殺した商人を捕らえねばすべてが浮かばれまい。」
「私の探索に、うごめく赤い点がまだ複数ある。親玉の商人は、後方に控えてカミナリの魔法の術外に逃れられていたかもしれぬ。急ごう。」
一行は美月の探索に映る敵を求めて動き出す。
一番後ろに付き従いながら、ロッテはたった今殺されてしまった獣人の屍を振り返った。
「……人も獣人さんも死体が増えていくよ。どうしたらいいんだろ。……」
今のロッテには、何もわからない。
悪い奴を叩け、戦えと美月は言う。
ロッテも、今できる事は其れだけだ。
片目がすぼまり、口元が引きつる様に苦々しい顔になる。
(美月ちゃん、こんな気持ちはまっぴらだよ~)
此のトンラップ獣人村を襲った狩人の大部隊は全滅してはいなかった。
後方に控え、馬の隊列を率いている商人たちは美月の魔法から逃れられていた。
冒険を生業とする商人ムスターファは、沢山の狩人を金で雇い、大森林に点在する獣人の村を襲わせて殺戮を繰り返し。其れを獣の毛皮と称し街で売り払っている。
人の眼の届かないこの大森林の中で好き勝手に非道を繰り返していた。
獣人だけに飽き足らず、貴重な姿形を持つ魔族すら金になると、捕らえては其の部位をはぎ取り金に換える。
金の為なら道徳心などドブに捨てる悪辣非道な商人だった。




