ロッテと魔女のデタラメな無双 2
ロッテと魔女のデタラメな無双 2
「へーんしん。」
気合の抜けた変化の言葉とは裏腹に、シュシュッと手刀を作っては振り回し、ポーズだけは決める。
そんな姿にロッテ達が、武術の訓練などに勤しんでいる事は聞いては要るものの、その実力を知らないラルフは気が気でならない。
ラルフに見えているのは、十一歳の勝気な女の子だ。
森の肉食の猛禽フォレストバードを問題なく叩きつぶしたのは眼にしたモノの対人の戦いともなると其れはまた別物である。
ましてや相手は対人に特化した森の兵役を勤める様な男である。
(心配だな~)
既に獣人化しているロッテの左手に黄金のナックルダスターがぴかりと光る。
(ラルフ様、カッコ良かったよ~。あたしもリンちゃんとの武術稽古をイッパイやったんだ。此処は一つ良い所見せてあげるよ。…見ていてね。)
「此れがあたしの武器だよ~ん!」
此れから戦おうと言うのに緊張感もへったくれも感じさせない間の抜けた声。
小柄な少女が進み出てきたかと思えば、ナイフも持たずに拳に付けたナックルダスターだけが武器だという。
村の兵役に就き、戦いを生業にしている男も少し気が抜けた顔を見せた。
「オイ! 童女、ホントにお前が戦うつもりか? 遊びじゃないから、怪我するぞ。引っ込んでな!」
身軽なテンの獣人は、先ほどの戦いからラルフが相手をしてくると思っていただけに、子供の上に気迫の欠片もないロッテが相手だと知るとうんざりとした顔を見せた。
まるで、自分の実力を軽んじられているかのように思えてくる。
「ムウ~ッ 美月ちゃ~ん! 子供だと思って、相手してくれないよ~。何とかいってよ~」
ロッテにとって試合とは、動画で見せられた格闘技の延長戦上にまだ感じている。
その先に命のやり取りが、繋がっている事は解ってはいるつもりでいるが、まだ戦かった相手の命を奪った事が無い事から、まるで学生の部活動のような気安さで、極端な言い方をすれば遊びの延長線上でしかない。
「ロッテも、少しは緊張感を持て! 技を見せてくれる相手に失礼に当たるぞ。」
美月も、ロッテが相手に与えている印象が、此れから試合を執り行ううえで余りにも失礼に当たるようだと感じた様だ。
「兵士殿、此方の手駒の心構えがなってなくて失礼をした。心配は無用だ。こう見えて特訓を重ねてきた。戦いの経験がまだ少なくて実戦を経験させたいのだ。遠慮はいらぬ。秘薬と共に魔法での治療を心得ている。」
「私らの手の者に勝った者には北海の大魚の干物を差し上げようぞ。どうだやる気になってくれたかな?」
美月の土産物の進呈に村人から歓声が沸いた。
「オイ! 海の魚だってよ! マッシム! 遠慮するんじゃねえぞ。干物が貰えるんだ。めったにない機会だ。海の魚何て食った事もねえんだ。頼んだぞ~。」
「おっちゃん! がんばって~。」
村人や子供からも魚の干物に釣られて声援が飛んだ。
深い森の中にあるこの村では、小さな小川くらいしか近くには無く、魚など小さな小魚や川海老などがセイゼイである。
遠く離れた人族の街へ行商に行った者が、たまに海の魚だと言って持ち帰ってくれた干物のおいしさに森の住人は心惹かれる。
(…魚か…久しく食っていないな。此れは断るわけには行かんな。この子供には悪いが、俺の実力を存分に味わってもらおう。)
川の小魚でさえ大好物のマッシムと呼ばれたテン獣人の眼の色が変わった。
「ロッテ! 油断するなよ。」
「あっ あたしも魚食べる!」
「ロッテちゃん! 前を見て!」慌てるラルフ。
「解ったから! 油断するんじゃねえっ!! ばっきゃろ~。」
マッシェットを峰に返して素早く、踏み込んできたマッシムに美月が慌てて声を上げた。
小柄なうえに実に素早い動きのテンの獣人。
高い木の上にさえ軽やかに駆けあがるくらいに身軽な男だ。
カンと甲高い音をたて、マシェットの峰で叩いてきた所を、ロッテのナックルダスタ―の手甲がはじく。
男は更に踏み込みながら、弾かれ曲がった肘をロッテの顔へと打ち込もうと迫る。
テンの獣人は早い。しかし其れを、ロッテはよく見ていた。
格闘技の動画を飽きるほど見ている。
様々な格闘技の動きを見ては、リンちゃんと其れを真似ては、繰り返し練習してきた。
お互いの隙を突こうと動く、二つの攻防。
まるで動画の早送りを繰り返す。
自然と体が、その動きのカウンターを捕らえる。
下がることなく顔を僅かに避けると、通り過ぎるその肘にクロスする様に自分の腕をからめた。
「ヤァ!」 体を捻りながら、腰を入れると腕を巻き込みながら引き込んだ相手を投げ飛ばした。
「うまい! いつも間にそんな技を。此れも魔女様とリンちゃんとの訓練の成果なのか? とにかくスピードが段違いだ。相手のテンの獣人も素早さを生かした動きが持ち前なのに、完全に其れを読み切っている。これほどまでに素早く動ける剣士は近衛にもいないぞ。」
「よし! ロッテ!」
小兵同士の目まぐるしい動き。
最後に大きく投げ飛ばしたロッテの動きだけがハッキリと見えた。
(なに! 此の俺のスピードに付いてくるだと? その上に投げ飛ばしやがった! 油断したか?)
刹那、投げ飛ばされながらも回転を加えて、スタリと着地する。
素早く振り向き、構えを取ろうとした時だった。
「ボムッ」マッシムの胸元に一瞬猫の耳が見えた。
其れを最後にマッシムの意識が途絶えてしまった。
投げ飛ばすと同時に、ロッテは追撃に駆ける。
飛びこむように振り向こうとするマッシムのボディにナックルダスターを振り込んでいた。
小柄な童女の放った一撃が、小兵とはいえ獣人の男を宙に浮かせる。
体の伸び切ったマッシムの体は、クルクルと吹き飛んで少し離れた木の枝に引っ掛かっていた。
「あっ! やべ~ リンちゃん! 急いで下ろしてポーション、ぶっかけろ!」
木から下ろされて伸びていたマッシムだったが、紫のポーションの蒸気をブルルと振り払うと気が付いた。
一瞬、あっけに囚われる。
しかし、すぐに自分が意識を刈り取られ、眼の前の猫耳娘に負けた事を理解した。
「フン! やるじゃねえか。俺の油断かと思っていたが、其の見た目とは違って、十分に戦士と認めてやる。さっきは悪かったな。」
「えへへっ」
起き上がったマッシムは、少しはにかむロッテの頭をグリグリと乱暴にかき回した。
「…………はっ! アンタの所のロッテの勝ちだ!……こりゃあ、たまげたな」
「こんな、小娘までこんなに強いとは、あんたらの実力は十分に分かった。村への滞在を歓迎するぞ。ようこそトンラップの村へ」
熊のおっさん獣人がまるで拍手をする様に手を叩いて笑顔を見せる。
どうやら力ある者を尊ぶ村の風習に、ロッテ達は村人たちに認められたようだった。
試合を眺めていた村人たちが、声を掛け乍らラルフやロッテを取り囲む。
負けても、十分に戦ってくれた村の戦士たちにも労いの声が飛んでいた。
「そうと分かれば、宴の準備だよ! ここん所、沈みがちだった村に活気を持ってくれた夜叉ギツネさん達一行を持て成そうかね。」
笑顔の村役ジャオンヌの言葉に兵士頭のダンツが吠える。
「ヨ~シ、野郎ども今日は久しぶりに酒が飲めるぞ。喜べ!」
「…………ふん! 来たか。」
周りが騒ぎ出す中、石板の中で美月が黙り込む。
「どうなされた? 夜叉ギツネ殿。」
「兵士頭ダンツ殿、宴は少し待っていただこう。」
「私と、私の下僕リンちゃんの力もご覧に入れましょうぞ。リンちゃん!!」
美月の言葉と同時に、いつの間にか取り出した六角棒を回転させながら空中に飛び上がった。
「カン! カン! カン!」
三本の弓矢を弾き落として着地する。
更に跳躍を繰り返しながら飛んで来る矢を一本も残さず叩き落としていく。
我に返ったダンツが大声を上げた。
「敵襲だ!! 獣人狩りだ。武器を取ってこい!」
石板の中で美月が笑う。
「今度は、私の番だな。」
リンちゃんは、片手で六角棒を使いながら矢を落とし続ける。
更に、美月の依り代の仕事として、片手で忍者の様に印を胸元で切る仕草を見せた。
小さな魔法陣が生まれる。
リンちゃんを中心にあっという間に広がり始めて村の周囲にまで広がっていく。
更に印を結び出来上がった魔法陣を空中に放り上げた。
黒雲が沸き上がると、風を巻き雨が降り始める。
「なっ! 何が、起こっているだ!」
「ダンツ殿、村の衆よ。暫し、動かず魔法陣の中から出られるな。」
上空の雲の中で稲光が輝きだすと、村の周囲の森林に落ち始めた。
「バリ!バリ!バリ! ドーン!」
「ひいぃ~~ 神様!」
稲妻の轟音は轟つづけ、その眩さは周囲の森林に落ち続けている。
村人たちも余りの轟音と瞬きの恐ろしさにその場を動けずに、頭を抱えて座り込む者たちがほとんどだ。
しかし、その頭を抱え込む村びとの居る村に雨は降ってはいない。
カミナリも村の周囲に堕ちるだけで村への損害は、一つとして起こらなかった。
全て、依り代のリンちゃんを介した美月の魔法によるものだった。
気が付くとザーザーと雨の音だけが、周囲の沈黙を高める様に降りしきっている。
「ふむ、終わったようだな。リンちゃん、もういいぞ。」
周囲を警戒していたリンちゃんが帰ってきた。
「ダンツ殿、村の周囲に獣人狩りの狩人が百人ほどの軍勢で集まって来ていた。村の勢力を減らしたうえで、後は一気に村を襲う計画だったのだろう。」
「此方へ伺う前に、奴らの斥候の一部と思われる者たちと対峙したが、ジャオクゥを必用に狙っていた節が見受けられた。敵を残さず殲滅させるために、村には悪かったが引き付ける形になってしまった。」
「驚かせて悪かったな。」
「すると、今のカミナリは夜叉ギツネ様のお力で?」
「ああっ たいていの狩人は、無力化していると思うが、ダンツ殿も一緒に村の周囲に転がる狩人共の様子を見に行こう。」
ダンツ達村の兵役の者達を加えた一行は、村の周囲に広がる林へと足を踏み入れる。
あれだけのカミナリが落ちながら、本来のカミナリなら高い木々に落ちて木が倒れたり裂けたりするモノだが、森への影響は一切ない。
魔術で生まれたカミナリは、美月の探索により敵の狩人だけを叩いていた。
直撃を受けて、黒焦げの物言わぬ死体。
雨に降られ、濡れた体に直撃を免れた者たちも黒焦げにならずとも立って動ける者はいなかった。
「話の出来そうにない者は止めをさせ!」
ダンツの非情な言葉を聞いた息のある狩人が目を見開いた。
犬獣人のマシェットが無情にも其の喉首を掻ききると、悲鳴を上げそうになった男の声にならない肺から押し出された空気がぷしゅりと漏れた。




