ロッテ、魔弓の行方が気にかかる。
ロッテ、魔弓の行方が気にかかる。
「ほう、面白い男を見つけたと。サイコロプスの討伐に加わり、此のバケモノの動きを押し止めたのか。…ふん、力だけはあるようだな。…果たして力だけであの大盾を振るえるか? 興味が沸くな。」
美月が、盾持ちのタンクに使えそうなアダモスの事をジークハルトに話した。
魔王討伐のパーティーメンバーとして試して見るつもりだった。戦闘の経験が足りないのが不安材料ではあるが、其の膂力、潜在的力には期待できると美月は見ている。
衛兵の訓練に参加させて鍛えるつもりで王城へと呼び出す。
「召喚の魔法を掛けてきた。何時でも呼び出せるぜ。」
ジークハルトは小さく頷く。
「……召喚……アダモス……」
ロレーヌ河へと緩い傾斜のかかった広い王城の庭。
草花を揺らしていた川からの風が止まる。
周りの大気の気圧が高まり、トンネルに突入した時の様な耳への圧力を感じる。
耳が詰まりロッテは唾を飲み込んだ。
同時にモーターの駆動音の様な音が低く響いてきた。
「…………ブーン」
ロッテ達の眼の前の空間に、いきなりトサカの付いたトカゲにも似た爬虫類の顔が浮かび上がる。
驚いた顔で大きな目玉がきょろきょろと忙しない。
(あっ! オルトミムス!…)
驚いたロッテとそいつは眼が合う。
「クピッ!」 「ドン!」
次の瞬間、空間から弾けるようにして飛び出してくる。
サイコロプスに囚われていたオルトミムスだった。
オルトミムスの首からぴんと張ったロープを掴んだ男が、引きずられる様に走り出て来る。
「こっ こら! いきなり走り出すなよ! ドゥッ! ドゥッ!」
美月の魔法によって、転移されて来ている事にまだ気づかないアダモス。
二足歩行の竜種オルトミムスと共に王城の庭を走りだした。
「アダモス!! 帰ってこーい!」
美月のボリュームを上げた声でようやく周りの情景の変化と転移されて来た事に気が付いた。
いきなりの召喚転移に面食らったようだ。
目を丸くして周囲を伺う。
「?っ 此処は?」
「旧王都の王城だ。 紹介するぜ。初代の国王ジークハルトだ。今あたしたちが直面している厄介事を共に助けてくれるパーティ―の仲間を探している。」
「ジーク王っ!」
国王と聞いて、一瞬後ずさり頭を下げようとした。
ジークハルトの魔族討伐、建国に至った英雄伝は知っている。
バレドニアの民ならば誇り敬う建国の王だった。
動きが止まり、思う事があったのかジークハルトを睨みつける。
其の不敬な動きに近衛が二人の間に割って入ろうとするも、ジークハルトが片手で制する動きを見て下がっていく。
「此の国に見捨てられた村の者だ。あんたは、俺にとっては頭を下げるべき王様じゃあない。俺が従うのは、あくまでも助けてくれた魔女様がいるからだ。」
「クェッ」
リンちゃんは、話に加わらずにオルトミムスの頭を撫でている。
「アダモス、そう突っかかるな。村の事は、此のジークの知らない事だ。新王都の役人が原因だ。其れも踏まえてあたしたちの厄介事となっているんだ。惹いては国の厄災へと繋がりかけている。」
「其の為にお前の力を借りたい。お前たちの村の様な悲惨な事が起きないように新王都の体制を変える為にも動かなければならないんだ。」
「話を聞いてくれ」
話始めると美月は、アダモスを呼び寄せた詳細を話し始めた。
リンちゃんは、オルトミムスの首にかかったロープをタズナのように握り、そのダチョウの様な背中に飛び乗った。
驚いたオルトミムスが走り出す。
「ギギィーッ!」 「ヒャッホーイ!」
「待て! 庭を走るな!」
走り出したオルトミムスを追って、一人の近衛兵が必死になって追っていく。
魔族の活動が活発になって国を揺るがしかねない状況が近づいている事、そうなれば国だけに留まらず、アダモスの村もまた魔族から襲われる。其の為にも美月たちの働きを共に助けて欲しいと説得される。
「……俺たちの村の様な事が起きない為にも…………」
美月の話す事にウソはないだろう。しかし村を見放されて、たくさんの村人が死んでいった事を割り切ることは出来なかった。
ジークハルトの知らぬ事とは言え、アダモスにとっては一括りに村を見捨てた為政者として捉えている。
「ああーーっ! 待ってぇーー! あたしも乗るぅ~~」
オルトミムスを追ってロッテも走り出すと、リンちゃんのメイド服を掴みその背に飛び乗った。
「ヒャッホーイ! はやーい。」 「ギヒィ♡」
「うっるせーー!! おまえらっ 静かにしろい!! 大事な話をしてるんじゃ———!」
スピーカーを最大限にして怒鳴りつける。
「ああっ 王様、あんたが悪いって事ではない事は解った。しかし、俺の中では村を見捨てた役人の手助け何て出来ない。しかし俺たちを助けてくれた魔女様の手助けとなれば話は別だ。」
「国の助けになろうが成るまいがは関係ない。俺は此の魔女様の為に働くぞ」
「ああっ アダモス、それでいい。此のあたし石板の魔女美月の為に一緒に戦ってくれ」
「ジーク、話は早い。タンクに必要な盾。アレをアダモスに見せてやる。宝物庫へ行くぞ。」
「お~い! ロッテっ! 遊んでるんじゃぁねえぇ―――っ リンちゃんも戻ってこーい!」
一行は、丸い塔の最上階にある宝物庫へとやって来た。
魔族を討伐した、かっての勇者パーティーが使っていた不思議な力を持つ武具たち。
「皆、ひと癖ありそうな武器や武具ばかりですね。」
呼びつけられたラルフが、物珍しそうに飾られている伝説ともいえる武具を眺める。
ジークハルトのツナスリも小太刀から太刀へと変化を見せて飾られている。
「此れが、お館様の……聖剣ツナスリ……」
(地龍をも一刀にして断ち切ったという。どれほどの切れ味だろう。振ってみたい。)
太刀を使う剣士としてラルフがツナスリを興味深そうに見つめる。
ジークハルトは、元より扱える勇者を探している。
邪気を払い、聖なる魂に鼓動する。
人徳に富み高潔で真っ直ぐな心に反応する。使う者の心根が、ツナスリをまた聖剣として強くする。
ジークハルトが、ツナスリを使い熟せたからと言って、そのすべてに当てはまるとは限らなかった。
(近衛の中でも、選りすぐりの剣士。人間的にも申し分ない。ラルフならツナスリを渡しても十分だろう。)
「ラルフ、興味が沸いたか? 持ってみても良いぞ。その剣抜いてみよ。」
ラルフは驚いた。
何よりも王であるジークハルトの愛剣とも言えるツナスリ。
一近衛兵の若造である自分が、宝物庫へと飾られるほどの名剣を持たせてもらえるなど思ってもいなかった。
しかし、剣士としての名剣への憧れが沸き起こる。
ジークハルトの顔を見ると、コクリと頷いた。
刀台に掛けられているツナスリに手を伸ばした。
鞘を掴む。
「バチッ!」 「アッ!」
触るな! と言わんばかりにラルフの手に電気の様な火花が飛び散った。
扱えるかどうかは別として、如何に聖剣とはいえ触るぐらいは凡人でも難なく出来る。
其れが。ラルフが剣を手にしようとした途端に弾かれてしまった。
「なっ何が!」
ジークハルトが見守る中、焦る様に再びツナスリへと手を伸ばす。
同じようにラルフの手を弾くような電撃が走るが、ラルフは顔を顰め痛みを無視するように構わず其れを掴み取った。
(ウウッ!)
ラルフの右手の中で火花が飛び続ける。その手は赤黒く変色を見せる。
取り落としそうになる所を両手に持ち替える。
両手が、火傷のように煙まで立ち込め出すが、苦しそうな顔でツナスリを持ち続けた。
(これほど、ツナスリに嫌われようとは? ラルフの何がいけないというのだ?)
「もうよい!! ラルフ、剣を置けっ! 」
刀台へとゆっくりとツナスリが下ろされた。
「申し訳ありません。持つことさえ出来ませんでした。……未熟ゆえに剣にさえ嫌われる。…………」
火傷の様な両の手の平が赤黒く焼けただれている。
悔しい顔を伏せる。
持つ者資格なしと、烙印を押されたのが恥ずかしく、握りこぶしを作ると其れを覆い隠した。
「リンちゃん!」
美月がポーションを出した。
リンちゃんが、黙って立つラルフの腕をとりあげ強引にその手を開くと振りかける。
「聖剣とはいえ、誰でも使いこなせるものでは無い。此れは、ワシに馴染み過ぎてしまった様じゃ。」
「使えなかったからと言って気にする事はない。」
「ラルフ! お前には、お前の使える聖剣が有るはずだ。其れを探せばよい。 此れだけが魔王を倒す聖剣ではないはずだ。」
「お前の為の剣を探すと良い。」
(……僕に使える聖剣が有るのだろうか……)
落ち込む素振りのラルフを美月も慰める。
「気にするんじゃねえ。 魔王なんてあたしの魔法の書があれば必要ないさ。此奴でメティオでも食らわせて消し炭にすればいいだけさ」
机の上に飾られていた分厚く古めかしい古文書のような美月の愛用の書物。羊皮紙の表紙は金縁で象られ、色とりどりの幾つもの幾何学模様の魔法陣が描かれている。
「久しぶりに使ってみるか」
リンちゃんが手にすると、ロッテのポシェットの中へと消えて行った。
「そしてアダモス、お前に使って欲しいのは、ドワーフ族から預かっている此の大盾だ。」
美月の指し示す先には、扉一枚ほどの重量感をもつ分厚い盾が置いてあった。
一見、ラウンドシールドの形をとっている。
レリーフで彫り込まれ魔法陣。地に着いている部分は三本の突起が盾を支えて床にめり込んでいる。
余りにも重厚。人が操る重量を越えているように見える。
ジークハルトが顎をしゃくる。
「お前の得物となりえるか、此の盾がお前を評価してくれるはずだ。」
「持ってみよ。」
皮のベルトに手を通し、取手を掴む。
めり込んでいた突起ごと引き抜こうと持ち上げる。
(くっ! なんて重さだ。此れを振り回して戦っていたと言うのか?)
「身体強化は使えるか? 魔力は十分にあるか?」
「……多少は……」
「使え。」
アダモスの腕が赤銅色に変わり僅かに淡い光を帯びている。
パラパラと床材ごと引き抜いた盾が持ち上がる。
「お前自身の魔力に反応する。お前のイメージする盾の形へと変化するはずだ。重さもしかり。今のその盾の姿は、最後に竜を押し止めた時の形のままで此処に飾られている。」
「最大の防御力としての姿だ。地面に食い込み強大な力を止める姿だ。其れを振り回していた訳では無いぞ。」
ジークハルトの言葉を聞いて魔力を盾へと流すイメージを保つ。
(バックラー!)
一瞬にして全てを覆うような大きさのラウンドシールドから片手バックラーへと形を変えた。
「カーン」
その刹那。
刀台のツナスリをジークハルトは掴むと、鞘ごとアダモスへと叩きつける。
甲高い音が宝物庫に響き渡る。
(なっ何を! くっ! 試すつもりか!)
構わず二手三手とアダモスの隙を突いてはジークの打撃や突きがアダモスを襲う。
初撃は、とっさに防いだモノの、其の肩わき腹へと鞘の打撃がめり込んでいく。
アダモスが足を叩かれて片膝を付いた。
悔しそうな顔を見せるモノの盾を離すつもりはないらしい。
眼力を込めてジークハルトを睨んでいる。
「フン」
「まるで、戦闘の経験がないらしいな。其のままでは、ジョシコ―セのお荷物になるがせいぜい。悔しかったら此処に留まり衛兵たちに揉んでもらうがよい。その盾は国の宝物、それにふさわしい働きが出来るほどに精進せよ。お前に預けておく。」
国に楯突く不安分子となる危険を孕んだアダモスを、ジークハルトは受け入れ、訓練を受けさせることにした。
大盾を操るタンク職のアダモスは、村を見捨てた王政の体制を憎み、さらには満足に戦闘の技術すら掴んでいない。
剣士職の聖剣遣いは歳を取り、見込んだ若者は聖剣に触れる事さえ叶わない。新たな聖剣を探すしかないのか。
獣人のナックルダスターを与えられたロッテなど、まだまだお子ちゃまで、まるで頼りない。ポシェットの金貨を数えるのを楽しみとしている。
魔女の美月にいたっては肉体を失い、石板に閉じ込められて、依り代のリンちゃんを頼りに戦うばかりだ。
聖女となるエレナテレスを助けるために必要な弓使いのエルフもいない。
ジークハルトは、かっての弓使いロキシーが置いて行った魔弓を見るとため息をついた。
(……エルフにしか使う事が出来ない弓か……アイツが居てくれたら……)
台の上の魔弓は弦もなく、まるで弓とは思えない姿をしている。
只の枯れ枝でも拾ってきたかのような折れ曲がった枝、周りの威厳を保つ宝玉の様な武具たちとは一線を画す。
ジークハルトが、物思いに浸る様な視線に気が付くと皆が其の魔弓に注目した。
「あれ!? 枯れ枝が?」
台の上の枯れ枝が、生気を取り戻したかのように見える。
「あっ! 王様のおっちゃん、枝から芽が出てきた。 あっ伸びてくる。」
魔弓の変化にロッテは気が付くと可笑しな事を言い出した。
生命力を当の昔に手放した枯れ枝の様な弓。
其れが瑞々しさを取り戻し、木から切りだしたばかりの様に枝葉を付けだした。
皆の見守る中、フワリと浮かび上がる。
開いた窓に向かい、フワフワと漂い出す。
「おっ! おいっ」
ゆっくりと窓の外へと漂い出ていく。
突然の事に呆然と見守っていた皆に先駆けてジークハルトが我に返った。
既に窓の外へと漂い出た魔弓、窓に足を掛けて慌てて手を伸ばす。
しかし、ゆっくりと漂う素振りを見せていた魔弓は、いきなりスピードをあげて森の彼方へと飛び去って行った。
「あっ!」
掴み損ねたジークハルトが、間の抜けた声を上げる。
ジーク自身もすでに勢いあまって塔の外へと飛び出している。
「アアァ————ッ」
其処には、姿の見えないジークハルトの声だけが残っていた。




