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反逆のロッテ  作者: ドロガメ
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ラルフの葛藤

 ラルフの葛藤




 明るい月夜の晩だった。

 ラルフの前を歩く三人の背中を、月が明るく照らし出している。


 若い衛兵を真ん中に挟み、嬉しそうに話しかける二人。

 家々も疎らになってきた小道に弾んだ声が上がる。

 一人は早くも衛兵の腕に絡みつき、しなだれかかっている。

 其の結い上げた髪に銀細工の髪留めが、月明りに鈍い光を放っている。


 自我を置いてきたように、虚ろな目で三人の後ろを歩くラルフ。


「トクン」         (…血が……欲しい……)


 ラルフの心臓が高まる。


 左を歩く女の艶めかしい首筋に、モウロウとしながら近づいて行く。

 そして、女の肩に手を掛けようとしたその時だった。

 右側から衛兵に絡みついている女、髪留めの女の指の爪が黒く太くなって伸びてくる。


「ウッ! 痛っ。」


 腕に食い込んだ爪が、衛兵に小さな呻き声を上げさせた。


「ガアァーーーッ!」


 今、まさに振り向きながら衛兵の首筋に、噛みつこうと口を開く。

 唾液を滴らせ、獰猛な口を開いたグールへと変化した女の姿が、目に飛び込んできた。


 月明りの下でも燃える様に赤い瞳が、狂った獣を思い起こさせる。


「ぎゃっ!」


 目前のグール、逃げる間もなく首筋へと噛みつかれた衛兵が、恐怖の声を上げた。

 その声にラルフも我に返る。


「はっ! グールっ! 僕は、いったい何をしようとしていたんだ?」


 ラルフは、モウロウと何かに支配されていた呪縛から、一瞬にして我に返った。

 首筋へと噛みつきながら其の目は、ラルフへと睨みつける女のグール。


 刹那、ラルフは丹田に気を送り気合を入れる。

 体を(おお)っていた緩慢で心を蝕み始めた闇が、朝の強い光を受けた様に消え去っていく。

 同時に、背中の剣を抜刀と共に女の頭へと叩きつけた。


 しかし女は、振り落とされる剣の刃を直接、掴み取ってしまう。

 首筋へと噛みついた姿勢のままでニヤリと笑う、その口元からは血が滴り落ちた。

 グールとラルフ、月光の下で一瞬、睨みあう。


「ふんっ!」


 ラルフは、片足を引き体を捻ると、その剣を一気に引き抜いた。

 掴んでいた女の指が断ち切られて宙を飛ぶ。


「そう慌てずに待っておいで坊や。此れを頂いたら次はお前だ。」


「きゃあぁぁ—————ッ!!」


 指を飛ばされたにも関わらず、冷たい声でラルフに話しかけるグール。

 その姿をようやく飲み込めたのか、凄惨な現場にいる事に気が付いたもう一人の女が悲鳴を上げた。


 力なく頭を項垂れ、脱力した衛兵の体が女の腕の中から、すり抜ける様に地面へと落ちていく。

 グールの女から、一歩二歩と下がり距離を取るもう一人の女。


 ラルフは小さく剣を振ると、油断なく正眼へと構えを正した。

 右に左へと小刻みな動きで、月光の残像を残すかのように近づいてくる女。


 女の爪が、ラルフの肩へと届こうとした瞬間。

 その一瞬早く、懐に引いた剣を突き出した。

 それはグールの心臓を貫き、奥深く剣の鍔が胴体にまで達している。

 以前のグールを倒したあの感触、魔石を断ち切った小さな感触が伝わっていた。


 ビクンと大きくのけ反ると、大の字に体を広げて後ろへと倒れていく。

 動かない死体にラルフの剣が突き立ち鈍い光を放つ。


 ラルフとグールの死闘に決着がついた。

 ラルフも動かない。

 静かな月明りが戻ってきたように思えた。


 グールの女に首筋を噛まれて、力の抜けた人形の様に倒れ伏していた衛兵が、気が付いたように起き上がってくる。


「すまぬ。油断した。この女がグールに成っていたとは気が付かなかった。」


「危ない所を助かった。」


 (うつむ)きながら、ラルフへと近づいてくる。


「そうだな。僕も謝ろう、もう少し早く気が付くべきだった。」


 男の親指が、静かに剣の鯉口を押し上げる。


「ズバァーーン!」


 男の前へと一瞬に飛び込むラルフ。

 飛びこみざまに、死体へと突き刺さっていた剣を掴み取る。

 その勢いのままに、横殴りに衛兵の胴体を断ち切ってしまった。

 衛兵の上半身が、落ちる様に前へと崩れ落ちる。

 遅れて、上半身をなくした体が倒れてきた。


 近衛の若手の中でも抜きんでた実力をみせるラルフ。

 しかし、たった今見せたその踏み込みのスピード、人間の体を二つに断ち切る豪力など、其れは人の力では無かった。


「すまない。君がグールへとなる前に助けられずに……」


 苦悶の表情を見せる間もなく死んでしまった衛兵にラルフは頭を下げる。

 魔物の力に侵された力を使いながらも、穏やかにその眼は人としての哀れみに満ちて死んだ衛兵に視線を落とす。


 其の傍らで、二人の人間を切り伏せられるのを目撃してしまった女が、狂った様に喚き続けている。

 腰が抜け這いつくばりながら、その場を逃れようとしている。


「そうだな。そして……僕も……グールの一人だな……」




 ロレーヌ河王城の中庭に置かれた新たな死体。

 女のグールとなった死体と若い衛兵の二つに分かれた死骸。

 その前には、後ろ手に縄を打たれてラルフが座らされている。


 巡回で同じ組を周っていた衛兵たちの姿も見える。

 ジークハルトも、信頼していた近衛兵が、街の衛兵に手を掛けたと聞いて眉間にしわを寄せて検死に参加していた。

 ラルフを個人的にもロッテへの護衛にも付けるなど信頼している中での事件だった。

 城の魔法師によって衛兵の体からも、小さな魔石の欠片が見つけられた。

 更に、殺された衛兵の爪は黒く太く、僅かに開いた口元からはグール特有の牙さえ覗かせていた。


「ラルフ、お前の言う通り。此の者もグールの毒牙に侵されてしまっていた事は間違いない。衛兵を殺害した事は不問としよう」


 そう言うと、魔法師はラルフの縄を解いてくれた。

 グールの死体となってしまった衛兵の姿にラルフの供述は当て嵌まるとの理解だった。

 しかし、縄を解かれてもラルフの顔に明るさはない。

 事件のあらましを告げた以外は、罪の有る無しは他人事のように、無表情に俯いている。


 静かに座るラルフに視線を投げかけながら、ジークハルトも少しばかりの安堵の表情を見せる。

 それでも、その眉間の皴が消える事はない。


(どうしたというのだ。あの清浄な心の持ち主と見たラルフに、迷いが見られる。青年特有の精悍さが鳴りを潜めてしまった。)


(それに、衛兵の死体、聖剣でもないラルフの剣であそこまで、人間を断ち切れるものなのか?)


 ジークハルトの探索に映るラルフの色は緑、相手を簡単な鑑定で敵味方と判別できる。それでも時々現れる緑色が変化し、オレンジ色へと変わる点が気にかかる。今までその様な色を現す者など見た事もなかったからだ。


(とりあえず、敵対する気持ちは持ち合わせてはいない様だ。)


(グールの(しもべ)となった者は、このように昼間に陽の光の中で平気な者はいないと聞く。その点でもおかしなことはない。)


(しばらくは、気を付けて様子を見るとしよう)


 その場での検死も終わり、魔法師たちの判断でグールとの疑いも無くなった。




 夜間の巡回を離れて、ラルフはまたロッテの護衛へと戻って来ていた。

 それでも、グールとなった者達を殺めてしまったラルフは、その元となったグールを見つけ出して仇を討ちたいとの思いが消えない。


 街をプラプラと歩くロッテに付いて来ても、グールの気配を探しつ続けている。

 昼間にグールが出歩く事はないと聞かされても、すれ違う人々につい、疑いの目を投げかけてしまう。


 ポシェットに銅銭を溜め込んだロッテは、最近買い食いを覚えて屋台巡りに余念がない。

 顔見知りになった店のオヤジ、婆さん達に無邪気に笑顔を振りまいては、店巡りを楽しんでいる。

 通りの屋台も少なくなり、人通りも簡素な端にまでやって来た。


「ああっ! ブェルデアールさん、こんな所に屋台まで出してたんだ。」


 ロッテがいきなり声を掛けたのは、グールの祖となった魔族ブェルデアールだった。

 ただの魔物であったグールなら光の届かない夜しか活動できなかったが、魔族へと進化を果たしたブェルデアールは、日中の明るい陽光の中でも平気で獲物を漁ろうと、馬車を屋台代わりに店を開いていた。


「やあ、お前はヨロズやの丁稚だったな。今日は、買い物かい?」


 当たり障りもない会話を投げかける。


 ラルフは、初めて見る顔なのに体が繋がっている様な繋がりをかんじる。

 その癖に、心のすべてが其れを拒絶する。

 全く相反するちぐはぐさ。

 体は、引かれる様にその男に寄っていく。

 しかし、心は泥水をよけ、不純なモノを拒もうと拒絶する。


 屋台代わりの馬車には、他国の品々が並ぶが、値段が折り合わないのか人の気配がない。


「何か、気に入った物があったかい? 安くするぞ」


 ブェルデアールが、そう言うが食べ物でもない品々に金を払う気などロッテには無い。


「ううん。欲しいモノは、今のところないけど、売りたいものは有るよ」


(此のオッチャンに、ギザ石売りつけちゃおうかな。意外と買ってくれるかも♡)


 食べ物が無いと分かるとロッテに商売の火が灯り出した。

 店に並べきれないギザ砥石の販路を広げようと聞いてみた。


「ほう? どんな物だい?」


 暇つぶしに、童女の戯言とタカをくくったブェルデアール。

 魔族とはいえ、常に獲物を探してギラギラとしている訳ではない。

 相手が、幼い少女という油断と圧倒的な力の慢心にロッテを只の時間つぶしと遊んでいた。


「此れなんだけど。売れるかな」


 ロッテは、ポシェットから一つのギザ砥石を取り出した。

 しかし、其れはいつもとの違う違和感。

 店に出すことのないギザ砥石。

 間違って、何時もなら出すこともない大事なエレナの造った砥石。


 ロッテが最初にギザ砥石を作り始めた時に、エレナテレスが、ロッテの見本にでもなればと、丁寧に時間を掛けて誠心誠意、研ぎあげたギザ砥石だった。


 聖女が、一心不乱に気持ちを込めて造りあげた砥石にには闇を浄化する力が、知らず知らずの内に籠っていた。

 それも、最も強い力を持って込められてしまっていた。


 其れを、無造作にブェルデアールによく見える様に突き付けた。


「売れるかな?」


 ただのギザ砥石と思われたものが光に包まれる。

 顔を近づけたブェルデアールの顔にヒビが入っていく。


「ギャアアアァァァ~~ッ!!」


 絶叫と共に、所々顔の仮面から剥げ落ちた下から、黒い闇に生きるグールの肌が現れる。

 其れが、太陽の光に当たり火傷の様にプスプスと煙を上げだした。

 もがき苦しむ様に、顔を抑えるブェルデアール。


 人の姿とは思えない其の容姿にラルフも驚いた。

 しかし、其れは探し続けていたグールその者、陽の光の中で容易に動き回っていたその事から、グールの祖となる魔族と気が付いた。


「お前が、グールの魔族かっ!!」


 苦しみ悶えるその姿に、ありったけの力、ラルフの今までの全霊の力を込めて剣を振るった。

 頭から断ち切っていく剣が胸元で止まる。

 今まで魔石が収まっていた場所だ。剣先がその力を宿す魔石で止まっている。

 それでもラルフは、力任せに押し切っていく。


「ドンッ!」


 魔石ごと断ち切った剣がブェルデアールを半分に断ち切り、勢い余って地面へと突き刺さる。

 黒いグールの体となったブェルデアールが、煙を放ちながら真っ二つとなって倒れていった。





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