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反逆のロッテ  作者: ドロガメ
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ラルフと悍ましき怪物。

 ラルフと(おぞ)ましき怪物




 砦の王城にて、ラルフが持ち込んだ女の死体を取り囲み、ジークハルトをはじめ城の魔術師、近衛の者達が検死(けんし)をはじめていた。

 袈裟懸けに絶ち切られた体、そして首筋には僅かの切り傷。

 袈裟の一太刀は、ラルフが止めを差したもの。

 不思議なことに、衣服を染める血液もついてはいなかった。


 昨晩、ラルフと接敵してきた時の女は、血液は抜かれながらも動き回り、代わりの生き血を欲しがる怪物へとなっていたようだった。

 魔術師の一人が、衣服をはぎ取り傷口を開く。

 開かれた体内には、小指ほどの小石が、袈裟懸けに切られた時に偶然にも一緒に断ち切られたのか二つの欠片となって残っていた。


「魔石ですね。本来なら人の体には無い魔石。森の魔物どもが、此れを有し、また獣から魔物へと変化を見せる時にこの石が一緒に生まれ出てきます。」


「何かの切っ掛けで、この女も魔物へと生まれ変わってしまった様です。此れを見ると魔物へとなってからも日が浅いと思われる」


 その言葉に、ジークハルトも思い当たる事がある様だ。

 詳しいい魔術師に更に尋ねる。


「此れを作り出した魔族がいるな?」


「おそらく、グールの上位種となる者。本来なら墓を荒らし、死肉を漁る魔物ですが、其の上位種となった個体、人の死肉を漁るグールが、生前に高位の聖職者だった人物の死骸を食らったのでしょう。」


「姿、形をその生前の人形(ひとかた)へと変化させて魔族へとなったのでしょう」


「その魔族へとなったグールが、人の生き血を食らった後には、その傷口から魔物へと変化させてしまう魔石の元とも言えるモノを送り込みます。」


「血を抜かれながら魔石を植え付けられた者は、死体でありながら動き回り、他人の血を欲しがり、同族を増やす兆候が見られるのです。」


「うむ、野放しには出来んな。此のままでは、夜の王都がグールで埋め尽くされてしまうわ。」


「はい、血をすすられグールとなってしまった者たちを倒すだけでは、駄目でございます。その頂点にいる(にせ)の聖職者の姿をした魔族を倒さないと此の災いは収まりますまい。」


「此の末端のグールでさえ華奢な女の姿ですが、とてつもない膂力(りょりょく)を持ち合わせてございます。市街の警戒は、複数で一組と油断ならぬものが必要かと」



 ラルフは、その言葉に女のグールと対峙した時の事を思い出していた。


 死体でありながら、心を惑わす魅惑に満ちた声。

 事前の通り魔の情報と姿形(すがたかたち)から受ける違和感から、最初から油断などしてはいなかった。


 笑いながら手をさし述べてくる女に対し、剣を抜くと其の腕を払った。

 女の細腕など、剣の一太刀であれば容易く吹き飛ぶ。

 しかし、そうはならなかった。


 ラルフが剣を振り終えた時には、既に後ろの家屋の屋根へと飛び移っていた。

 まるで、ヒョウの様な身のこなし。町娘の動きなどではない。

 血も出ない骨まで見えている傷口を、ペロリと女は舐める。

 月光に照らし出される青白い顔が不気味に笑う。


「いきなりの御無体(ごむたい)。ひどい仕打ちにございます。」


「美しい騎士様。今宵は、仲よく致しましょう。あなた様の生き血が飲みたいのです。ふふっ」


 ぶわりとラルフの背中に冷たい汗が広がった。


 月の光を背に受けて、表情の見えない女が跳躍を見せる。

 ラルフは地面を転がり、女の後方へと回り込みその攻撃をかわす。

 すかさず、其の背中へと一太刀を浴びせた。


「おやめください。(いと)おございます。」


 振りぬいた刀を持つ腕をいつの間にか掴まれている。

 ギリリと締め付ける握力は、町娘とは思えない。

 握りつぶさんばかりに締め上げてくる


 思わず。掴まれている手が持つ剣を離すと、もう片方の腕だけで女の胸へと渾身の力で叩きつけた。


「カチンッ」


 体を斜めに走る斬撃。

 その中で、固いモノが割れる小さな音も響いていた。


 一瞬、眼を見開いた女が掴んでいた腕の中へと倒れ込んでくる。


 死相を現し、死の淵に落ちていく女は生前の町娘の顔を見せる。

 (けん)を落とし、その表情には楽になれる柔らかささえ浮かべている様に思えた。


「かぷり」


 ラルフの腕に軽い痛みが走る。

 死に際に最後の力で噛みついたのか、一点の噛み後から一粒の血がこぼれ落ちた。

 その後は、力の抜けきった町娘としての死体の体重がラルフの腕の中に落ち込んでくる。

 怪物へと変化していたとは思えない華奢な体。

 まるで寝ている様な穏やかな顔。

 受け止めている死人の重さが、腕にかかる。

 その顔を見ていると町娘の死が、自分のせいの様に思えてくる。


(……すまない……僕にもう少し他の手立てが有れば、死なせずに済んだかもしれない。)


 十五歳の少年には、既に死んでいたとはいえ、女を救えなかったという思いの重責に潰されようとしている。

 人を殺したことのない少年には、女の肉を断ち切った時の感触が何時までも残り、澄み切っていた心にも影を落としていった。

 魔物を退治したとはいえ僅かに生じた後悔の念、心の迷いというにはあまりにも僅か、清流に流れ込む一滴の汚泥の様なモノだった。





 ロッテの下げたポシェットからは、リンちゃんの腕が飛び出し、その手には石板の美月の顔が浮かんでいる。

 隣には護衛のラルフ。


 美月の最近の市場の様子を見てみたいとの言葉で、その異様な姿をさらしながらも、買い物客でにぎわう市場を散策している。

 肩に下げたバックから小さな腕がはみ出している事に一瞬ぎょっとした表情を見せるモノの、それ以上に人々はさして興味を示さない。

 人の姿に近い亜人もいれば、人との共存に適応した魔族さえも時には。その姿を見せているからだ。

 マジックバックの存在も少なからず浸透している。


「アち~~~ぃ!! でも、おいちぃ~~」


 ロッテは、焼き立てのタレの滴る串肉にかぶりつく。


 滴るタレで口元を汚し、更に服にまで垂れているのに気が付いてもいない。

 昼過ぎに訪れた此の市場だが、活況を見せて人々の間を縫うように進む。

 隣を歩くラルフも同じ串肉に舌ヅツミを打ちながら、嬉しそうにはしゃぐロッテを見ている。


 最近のロッテの懐具合も温かく、生まれて初めて此の市場で買い食いというモノをしてみたのだった。

『ドゥードゥー』という森に住む飛べない鳥の肉は、こうして串焼きに使われることが多い。

 モモ肉から滴る油とタレが絡まり、炭火に堕ちた汁から辺りに香ばしい匂いを振り撒いている。


 少年ラルフも、串を頬張り見上げてくるロッテに微笑みを返す。

 純真無垢に投げかけられるロッテのその笑顔に、ラルフは心の棘が洗い流されていくように感じた。


 ロッテも、初めて食べるジューシーな串肉に夢中だ。

 隣には、スラム育ちの自分には不釣り合いな程の美しい少年が微笑んでくれている。


(市場って楽しいぃ~~。 それに、ラルフ様といると何だか楽しいぃ~~。……兄ちゃん……ラルフ兄ちゃんって呼んでも怒られないかな?)


 そっと串肉をくわえたままでラルフを見上げる。

 串肉にご機嫌なロッテと其れを笑顔で見つめるラルフ。


「オイ! おめえら、そんなに旨そうなものばかり食ってんじゃねえっ! こちとら、何年も食い物なんか口にした事がねえんだよ。ちったあ、遠慮しろよ!」


 石板の美月が喚くが、口の中の至福に支配されているロッテの耳に届くことはない。

 少しばかりのささやかな幸せな時間を、ロッテは串肉と共に楽しんでいた。


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