ロッテ、不労所得を手に入れる。
ロッテ、不労所得を手に入れる。
「ロッテ、店先の水がめの補充は、終わったのかい? 急がないとお客がきちまうよ!」
「はい、メリッサさん。もう店中の水がめもイッパイにしておきました。いつでもどうぞ~~。」
ロッテは、にやりと笑うと、口元を上げて片目をすぼめるメッカチな悪い顔を見せる。
(へへっ、此のポシェットが有れば水汲みなんて、あっというまぁ~~、なんて楽ちん)
ロッテは、此のポシェットの異常さに全く気が付いてはいない。
珍しいマジックバックの形を取ってはいるが、美月が入り込んでいる事から、マジックバックの収納の先には、無限の空間さえ広がっている。
其れを上手く使えば、莫大な金を生む事など考えもつかないでいる。
水汲みに便利と喜ぶのがせいぜいのロッテなのだ。
店中の水がめにポシェット内の水を分けて周ると、あっという間に仕事は終わった。
「また、女の死体が見つかったんだってねぇ。暗くなってから出歩くのも危なっかしくて出られやしないよ。」
女中の二人が眉をよせ、ひそひそ話をしている所に出くわした。
「ロッテ、お前も夜には出歩くのをお止め。物騒な話が聞こえてくるんだよ。」
街で、若い男女が次々と襲われる事件が相次いでいるという。
死体は、首を折られ、首元を切られては血液を抜き取られるというおぞましさだ。
「ゾッとするね~ぇ。死体から血を抜き取るなんて、人の仕業とは、思えないよ」
「若くていい女だったって話じゃないか? あたしも気をつけないと」
「ハイハイッ あんたは大丈夫! ロッテもチビだけど、用心に越したことはないよ。気を付けな。」
二人は、肩をブルリと震わすと行ってしまった。
(ふーん、血をすする怪物? いるのかな? あたしは、暗くなったら出歩かないもんね」
ロッテは、他人事の様に頭の片隅に置いて、頭を振ると店の外へと出て行った。
仕事が片付いたら、スラムの店へ来いとの言伝を貰っていたからだ。
出迎える様に、店先へとドゥランスクの姿が見える。ロッテへと片手を上げた。
店へと近づくと、幾人かの人影が見える。
「ロッテ、店の手伝いは終わったのか? 要件が二つある。まずはこの二人、知っているよな。そしてもう一人、此奴も紹介しておこう」
ロッテに対して、顔を逸らし、おどおどする二人、それぞれに手と片足がない。
ロッテも、あの時の事を思い出すと身構えてしまう。帰りたくなってきた。
「コイツらの事は、まあいいか」
ドゥランスクが、押しやる様に一人のすらりとした少年が前へと出た。
商人風の出で立ちだが、背中には剣を背負っている。
年の頃は、十五・六と言ったところか。
背が高いうえに背すじが伸び、長い金髪からのぞく青い瞳は、力強くロッテを見つめてきた。
商人の出で立ちではあるが、隠そうともしない其のにじみ出るオーラは剣士そのものだ。
「コイツは、近衛の若手の一人。名はラルフ。お前が外を出歩く時には近くに居る。護衛って訳だ。」
「話しかけても構わんが、気にする事もない。近くに居てお前を守ってくれる」
「えっ! あたしを?」
驚くロッテに、にこりと笑うと片手を差し出してきた。
陽の光に、ふわりと金色の髪が揺れ、白い歯がこぼれる。
(うげぇ~、何処の若さまだよ! スラムの子供には、近寄りがて~よ)
ロッテの手を握るその華奢な手は、見た目とは裏腹に剣士として鍛えているタコで硬く逞しい。
「ラルフだ。ロッテちゃん、よろしくな。気楽に話しかけて貰えると助かるよ。忙しい時には、居ないものと思って構わない。どちらにせよ、僕は君を守る。其れが僕の仕事さ」
上から見つめてくる眼差しが、やけに眩しい。気持ちのぶれる事無く真っ直ぐに生きてきた強者の眼差し。
スラム育ちの、浅ましさを見透かされる思いがして、居たたまれない。
まるで、太陽だとロッテは思った。
「ははっ よっよろしくお願いします。……」
手を放してくれないので、逃げるに逃げられない。
頭を下げて目線を外した。
そんなロッテに、笑いながらドゥランスクは声をかける。
「まあロッテ、少し年の離れた友達でも出来たと思って、付き合ってくれ」
ドゥランスクは、そう言ったがこの少年を送り込んだジークハルトは、ラルフが勇者へと育ってくれたらとの思いもあった。
近衛兵に在籍するラルフの家も、かっての戦で武功をたてた豪族家の一つである。今では、伯爵の地位を得ている。
隊の若手のなかでも性格も真面目で、鍛錬に励み特に剣の腕に秀でてている。
そんなラルフを見込んで送り込んできたのだった。
キーマンとなるロッテが、勇者を別に見つけるのなら其れは其れで良し。
見つけられなければ、ラルフを其のまま勇者として認定して使う事になるだろう。
「まあ、此奴の事は良いか? ロッテ、此のスラムのガキどもの事は、知っているよな? おい! 魔女様も出てきてくれ。あんたに用事だ。」
バンとポシェットの被せを跳ね上げると、ゴブリンの腕が石板を突き出した。
「ほう、此方が魔女様か。聞いてはいたが、石板に住まわれているとは」
現れた美月に、眼を見張るラルフ。
「チッ いつかの悪ガキどもかよ。手足を返してほしくて呼び出したようだな。おまえらの手足、高くつくんだぜ」
意地悪そうな目付きで脅す。
「そんな、お願いします。魔女様っ。もう悪さはしません。足を直してください」
「手をつなげてください……不便で生きていけないです」
「本当かよ? 心を入れ替えたんだな?」
全く信じていない美月の言葉に、二人は俯き目を逸らす。
助ける様にドゥランスクが割って入った。
「まぁ そう言うな。スラムのガキ共に、早々金を稼ぐ手段などないのだから、少しの悪さなど多めにみてやれ。心根の広い魔女様だ。きっと可哀そうな子供達の手足を直してくれるはずだ。」
「なっ ラルフもそう思うだろ?」
少し前まで近衛の上官だったドゥランスクに振られてラルフもそれに従う。
「フンッ シャアねえなぁ~。コギたねえ手足を預かっているのも嫌だから返してやるよ」
二人の前へと生なましい切断された手足が投げ出された。
冷たい冷気を放っている。
二人は。恐る恐る自分の手や足を拾った。
美月が、詠唱を唱えると二人を光の輪が包み込んでいく。
「ロッテ、此のポーションをそいつ等の繋がった手足へぶっかけろ」
リンちゃんのもう片方の手が薬の入った小瓶を渡してきた。
無事に手と足を取り戻した二人。
「美月、手足を返してやったついでだ。仕事のやり方も知らねえスラムのガキに、何か仕事を与えてやってはくれないか?」
「フン、ドゥランスク、其れはお前の仕事だろ。…………でも、面倒ないい仕事が浮いていたな。」
「ロッテ、早速だが買い物に行くぞ。二人も付いてきな」
いきなりの美月の言葉だったが、ロッテを先頭に連れだって四人は荷車を扱う店へとやって来た。
「ロッテ、一番小さな人の手で引ける荷車を買いな」
店主の引き出してきた荷車は、それでも小金貨三枚(30000リダ)だと言う。
ロッテにとっては大金だ。だが貰った褒美がポシェットに有る。
金にがめついロッテだが、美月の言葉には逆らえない。
この先も、エレナを助ける手助けを貰わなければならないからだ。
「荷車に、水がめも出してやんな。それにパンを入れた背負い籠もな。」
其れを聞いて、ロッテも美月が何をさせたいのか流石に気が付いた。
「えええ~っ せっかくいい仕事を見つけたんだよ~ぉ。あの日6500リダも稼いだんだから~」
「駄目だ! 其のうちに怪しまれて城に侵入した事がバレちまうだろ。掴まるのがオチだ。仕事は、此奴らに譲ってやりな」
そう言うと、今度は連れだって新王都の王城建設の現場へと向かった。
スラムの仲間だと言って、親方に引き合わせては引継ぎを完了した。
パンと水売りの仕事を与えられて喜ぶ二人に、美月がその条件を持ちかける。
「この荷車は、ロッテの物だ。一日500リダ払いな。それに組への口利きで得た仕事だ。あそこで儲けた金の一割もロッテに払え。いいな。」
「荷車は、小金貨三枚が手に入ったならば、買い取ってもいいぞ。其れに此の荷車を使って他の仕事を見つけるもお前らの自由だ。好きにしろ」
突き放すように言った美月だが、荷車を使った商売は、この先も考えて二人の面倒を見るつもりのようだった。
ロッテにとっても、一日の荷車のレンタル料と水揚げの一割を不労所得として手に入れられる。
オイシイと思っていた仕事は失ったが悪い話では無かった。
赤エボシの店でギザ砥石を売っていた事を思えば大きな収入だ。
二人を王城の建設現場の売り子として残すと、ロッテとラルフは旧王都へと帰ってきた。
「へぇ~、ロッテちゃんも偉いね。自分を苛めていた二人を許したばかりか、その上にお金を出して二人に仕事を分けてあげるなんて」
しきりに感心する。
王城へは入れずに、その場に居なかったラルフ。
売り子としての条件を、美月が話したことなど知らないラルフは、すっかり勘違いをしてはロッテを持ち上げる。
「えへへへっ うん! 同じスラムの子たちだもん。しょうがないよ」
本当は、旨味のある仕事を取られて悔しいのだが、年上の少年に持ち上げられて、ロッテも悪い気がしない。
覗き込んでくる整った顔。
横に並ぶと何だかいい匂いまでする。
今までのロッテの周りには、居なかったような存在だった。
スラムの男の子と言えば、教養など微塵もなく、常に腹を空かせ、隙あらば人の物まで奪い取る。常にぎらついた目を持つ者ばかり。
ちらりと隣を歩くラルフを見た。
敗れてもいない清潔な商人風の出で立ち。
豊かさの中で育ったであろうその顔には澄んだ瞳、柔らかい笑顔さえ見せてくれる。
ロッテにとっては上流の人間が醸し出す匂いだった。
少し赤くなった顔を見られない様にして一歩先を俯いて歩いた。
新王都まで足を延ばした道のりで、すっかりと遅くなってしまった。
辺りは、陽が傾いて暗くなり始めている。
ラルフも、赤エボシへとロッテを送り届けると、始めての一日の疲れを感じていた。
宿である兵士たちの住まう宿舎へと帰る。
最近は、暗くなるとすっかり人通りが少なくなっている。
以前ならば、遅くなっても夕餉の為にウロツク人々も見られたが、今ではさっぱりと減り、物悲しさまで漂っている。
キッチリと戸締りのされた裏道を進んでいると、後ろから声をかけられた。
若い女の声だ。
「あらっ 美しい騎士様。どうです少し遊んでいきませんか?」
憂いを帯びた声が心に沁み込んでくる。
其れが、逆にラルフに警笛を鳴らす。
ドクンと心臓が跳ね上がった。
振り向くと、その姿は町娘の素朴な出で立ち。
男を誘う商売女のそれではない。
しかし発するその声は、姿とはチグハグに若いラルフを魅了する。
(クッ! モノノケの類か。)
ラルフは、腹の底に力を籠める。
笑う女の瞳には、暗がりの中でも赤い瞳が揺らめいていた。




