ロッテ、黄金のナックルダスター装着
ロッテ、黄金のナックルダスター装着。
「……ロッテ、ロッテ、もう起きなさい。……」
「うーん、母ちゃんもう少し……むにゃ……」
うららかな春の午後、ロッテと其の母親は小高い丘の斜面に生えるアイラッカの木の実を取りにやって来ていた。
低い灌木に鈴なりになるブルーベリーにも似た黒い木の実を、籠いっぱいに取り終えたロッテは、母親の膝を枕に昼寝を始める。
「母ちゃん、夕ご飯はバノックにアイラッカジャムをたっぷり塗って食べたいな」
「ふふっ それは美味しそうね。ロッテがいっぱい集めてくれたからたくさん作れるわ。」
「うん、もうすこし此のまま……」
そう言って、集めたアイラッカの黒い実を一つ、果汁で黒く汚れた口に放り込んだ。
膝まくらで甘えるロッテの体を、薄茶色のふさふさのシッポが、柔らかく包んでいる。
「母ちゃん、ばあちゃんの話を聞かせて。」
「そうだね、お前が生まれる前に亡くなってしまったけど、あたしにとっても一族にとっても誇りに思う立派な祖母ちゃんだったんだよ。おまえにも其の血が流れている。」
「ばあちゃんは、村一番の狩人だったんだ。小さいけれど、すばしっこくて力も強い。誰よりも早く動けるんだ。村で、ばあちゃんに勝てる奴なんて誰も居なかったさ」
「あたしらの村は、獣人の小さな村だろ。頭のいい人族の商人との物の売り買いにも、いい様に買い叩かれ、品物は高く売りつけられるし、其れだけならまだしも、時には、人攫いまで現れては、人族には酷い目に合わされる事の方が多かったんだと。」
「その度に村長と一緒に此の辺りを治める人族の頭との話し合いに出向いたそうだよ。話が拗れでもしたら、命がけの仕事だったそうな」
「ふーん、ばあちゃんが、その人族なんか、バーンとやっつけちゃえばいいのに」
「ふふっ そうもいかないさ。一人をやっつけても又次がやってくるだろ。キリは無いんだよ。人族との間に決まり事を作って話し合いをする他なかったのさ。」
「そしてある時に、この一帯に魔族がやって来て人の街を襲い始めたんだ。」
「人族の長からの頼みで人の住む街を助けに借り出された。話し合いを続けるためには、相手からの頼みも無碍には出来ないからね。ばあちゃんもその一人だった。」
「小さな獣人村の戦力は、人族と魔族との戦いに行ってしまった。でも魔族が襲ったのは人の街だけではなかったんだよ。この小さな村にも魔族の手が及んできた時に、人族に援軍を頼むも援軍が来ることもなく、獣人の戦士が村にたどり着いた頃には、村は壊滅的な被害を受けた後だったのさ。少しの生き残りを残して。」
「戦わずに、あたしたち子供を連れた大人が森の中を逃げてくれた御陰で少しの獣人が生き残ったんだ」
「又、人族にいい様に獣人の村は扱われちまったんだよ」
「なんだよ! 人族になんて関わらなければよかったのに」
「ロッテ、悪い奴も、ずる賢い奴もイッパイいる人の世界だけれど、人の数は、獣人に比べて数が多い。いろんな奴がいるのさ。一くくりに嫌な奴らと割り切れるモノでも無いんだよ。」
「獣人に比べて長く生きるし、その英知は学ぶ事が多い。体力で劣るけれども其れを補う知力に優れている。生き残る術は、体力と一緒に知力の高さが大切なんだよ。」
「ロッテ、お前は獣人よりも長生きができる。いろんな事を学んで賢く生きておくれ。半分は人間だからね。ほら、尻尾なんか生えていないだろ。おまえの父ちゃんは人族だったんだよ。だから人族だからと言って、忌み嫌わないでおくれ」
「うん、母ちゃん! あたし、ばあちゃんの様に強くなる。そして、あたしの父ちゃんの人族の知恵を付けて強くなるよ。……誰よりも」
「そうだね、誰よりも強くなって周りの人を助けるんだよ。他人を助けるという事は、お前が困った時その人もきっとお前を助けてくれる。自分一人を助けるよりも、助けた数だけ相手もお前を助けてくれるはずだ。一人の力よりも二倍三倍…十倍とロッテの力が強くなる事と同じだからね。」
「うん、人の為に、自分の為にも強くなる」
「フフフッ いい子ね」
「でも何時までもロッテは、母ちゃんと一緒だよ」
「…………そうよ。何時までもお前の心の中にあたしも住んでいる。ばあちゃんと一緒に、此の身が朽ち果てていても…………」
「……何を言っているの? 母ちゃん? ロッテと何時までも一緒に居ようよーーーっ!」
「……あたしの心はお前の中に……」
「強く生きるお前の助けになるだろう。ばあちゃんの『金の拳』を受け取っておくれ……」
ロッテを包んでいた柔らかく温かい母親の姿が、淡い光に包まれて消えていく。
頬を撫でるシッポの感触だけを残して消えて行ってしまった。
「母ちゃん…」
「ロッテ、ロッテ、眼を覚ましなさい。」
優しい心根に響く声がロッテの眠りを妨げる。
「うん、母ちゃん」
かぼそく母親の名前を呼んだ少女が薄目を開いた。
薬液に浸された桶の中に浸かり、体中に火傷治療の薬草を張り、包帯でぐるぐる巻きにされたロッテが薄目を開いた。
周りを取り囲むジークハルト、火傷の姿など全く見当たらないメイド服のリンちゃん、その手には石板の美月。
そして、ロッテが目を覚ますまでの間、回復のアクアヒールを唱え続けるコーネリアスがいた。
「気が付いたわ」
ロッテの目が開いていく。
ジークハルトは、少しの異変に気が付いた。
赤色だったロッテの瞳が金色に変わり、その体からは火傷の傷跡が消え去る。童女の貧弱な体つきだったモノが、細いながらも内側から漲る筋肉を思わせる少女の体つきに変わった。
そして何よりも、その左手には、金色のナックルダスタ―が光を放っていた。
「なっ! ロレッタのナックルダスターが何故ここに?」
ジークが言い終わるよりも先に、淡い光を帯びていたロッテの体が。桶の中に沈む。
慌てて抱き上げた時には、元の貧相なロッテに戻っていた。
その左手にも、何も着けてはいない。
「……あっ 騎士のオッチャン。 美月ちゃん。あれ…………母ちゃんは? 母ちゃんは?…………そうか…………うん、此処にいるんだね」
ロッテは、自分の小さな胸に手を当てる。
その眼は、少し寂しげではあるが、何かを心に秘める強さを宿していた。
「おう、すっかり回復した様だな。さすが、我が嫁御。まだまだ回復のヒールは健在だな。コーネリアス、礼を言うぞ」
「しかし殿、今のこのロッテの姿を見ましたか? あの姿は、まさに40年前のロレッタ殿の姿でした。」
脇に控えていた、ドゥランスクも気が付いたようだった。
「うむ、……魔王の誕生が危惧される。いや、既に生まれ出ているに違いない。そして此処に我らが集まっている。」
「このロッテに引き付けられるように出会った儂、そして封印を解かれるように此の世界へと呼び戻されたジョシコ―セ。」
「ロッテが、助け出そうとしている少女は、新たな世界を救う聖女で間違いないであろう。」
「そして獣人の宝物、黄金のナックルダスターを付けたその姿。」
「うむ、此のロッテが、全て我らを引き付けるキーマンとなっておる」
「魔王に立ち向かう新たな勇者のパーティーメンバーが必要だ。新王都の闇落ちしているデュークの力は借りられぬ。」
「そして勝手の力は儂には無い。新たな勇者を探せ。コーネリアスも聖女の力は失われた。塔に囚われている少女を助け出す。」
「新たな勇者パーティーメンバーを探し出し、魔王を討伐せよ。王令である!」
「勇者パーティーの中心は、ロッテお前だ!」




