ロッテ、ビリビリに撃たれる。
ロッテ、ビリビリに撃たれる。
客足も遠のき、飯売り女たちも一人二人と帰りだした。
ポシェットの被せが開くと、石板を掴んだ腕が伸びてくる。
「ロッテ、侵入に便利な認識疎外の魔法を掛けちゃおうか? 目についても、どうでもよい存在と意識下から外れてしまうんだ。すげえだろ?」
ロッテの周りを、オレンジの光の粒子が一周クルリと回ると消えてしまった。
ロッテの姿に、別段に変わりはない。
「よし、行こうぜ。」
水樽をポシェットに仕舞うと、目星を付けていた使用人が出入りする小さな扉から建物の中へと侵入した。
窓に面した長い廊下。
さっそく、黒いメイド服を着た中年の女が、ティーワゴンを押して近づいてくる。
廊下に飾られた彫刻の横に立つと、道を開けてやり過ごす。
ロッテの姿は、王宮にはそぐわない貧しい身なりの貫頭衣だ。
ロッテのドキドキが止まらない。
女が、ちらりと廊下の脇に立っているだけのロッテを見る。
冷汗の止まらないロッテは、無言の圧力に堪らずぺこりと頭を下げてみた。
「あ~ぁ、忙しい。急がなきゃ。」
メイドは、ロッテの姿を目にしながらも、全く関心を示すことなくワゴンを押しながら行ってしまった。
「ふ~う。 こわっ」
「ロッテ! 色合いもちょうどいい。此れに着替えろ」
ゴブリンの腕が飛び出すと、黒いメイド服を突き出してきた。
此のメイド服には、見覚えがある。
「え~ぇ、これってリンちゃんの着ていた服だよね~。やだよォ~」
「つべこべ言わずに、おめえが、小さいから此れしかサイズがねえんだよ! 目立たなくなるから着替えろよ」
城の中で、見すぼらしい麻の貫頭衣からメイド達に合わせた黒い服へとロッテは着替えた。
メイドに化けた所で、城の廊下に子供のメイドなどが歩いているはずもない。
それでも、美月の認識疎外の魔法と合わせて、ロッテを見とがめる者はいなかった。
ジークハルトが、閉じ込められていた晩餐の間の窓から高い塔が見える。
其処の最上階に気になる者を見つけてしまった。
開かない窓に手を当てて、悲し気な表情で外を見つめている。
水色の髪の少女が、囚われているようだった。
(ほう、ワシの外にも閉じ込められている者がいると見える。何者であろうか?)
探索の魔法の範囲を広げ、塔の最上階の人物を探る。
(むっ? 青い反応。敵対心を持たずば黄色。敵なら赤。味方なら緑とざっくりとした点滅で現れるが……青いとは……いや一人知っておるぞ)
(今は、王妃のコーネリアス。パーティーを組んで居た頃のコーネリアスは聖女として只一人青い点滅で現れていた。……今では見る影もないが……)
(そうか! 力を失った聖女の代わりが、現れたと考えられるか。…………聖女が現れる時、その真逆とも言える邪なる存在、魔王が誕生したと考えても可笑しくはない。魔族の反応を示すデュークの事も腑に落ちるモノ。)
(ふん! この年になっても、のんびりと余生を過ごさせては貰えんのかの)
魔族に精神を操られるデュークにとって、何も知らず聖女だとも気が付かないエレナテレスでも敵対する事になる。
聖女は封じ込めて置く必要があった。
直ぐにでも殺してしまおうとするデュークに対して、魔族エルノバは進言する。
「デューク王よ、聖女を殺してはなりませぬ。その力は一か所に留まらず拡散し、人々に邪悪に立ち向かおうとする意志を芽生えさせてしまいます。更には新しい聖女が生まれるばかり。」
「今回は、幸運にも力を付ける前の聖女を捕らえる事ができた。自分でも聖女の自覚さえありません。此処は、眼の届くところに置いて、封印するが賢明かと。」
何も知らないエレナテレスは訳も分からないまま、王城の高い塔の上へと閉じ込められてしまった。
ジークハルトが広げた探索に、もう一つの緑の点滅が近づいてくる事に気が付いた。
(むっ 宰相のヨハンスクか? ようやく迎えにきおったわ。)
味方を現す緑の点滅だが、ジ—クハルトは勘違いにまだ気づくことはない。
一方、城内を当てもなく動き回るロッテだが、すれ違う人の無関心さにだんだん大胆になっていく。
下働きの下男やメイド達に声をかけては、青い髪の少女を訪ねてまわる。
其のうちに、変った反応はないかと、探っていた美月の探索に面白いものを見つけた。
(こんな所で見方を現す緑の点滅? 誰? あたしの仲間と言ったら昔のパーティーメンバーだけのはず。)
「ロッテ、この部屋が気にかかるんだ。確かめるよ。」
広い室内を思わせる大きな扉の前へとやって来た。
ロッテが、ドアノブに手を掛ける。
施錠で開かない。
声が飛んできた。
「まて、娘。 その部屋に何用だ。立ち入りは無用だ」
袖のない膝上までの長い上着を垂らし、短い杖を携える魔法師。
二人の衛兵を従えて近づいてくる。
ロッテに掛けられた認識疎外の効果は、この魔法師には効かなかったらしい。
「ドン!」
ポシェットの被せがはためき、石板を突き出す様にリンちゃんが飛び出してきた。
ロッテとお揃いのメイド服、モブキャップを目深に被るその表情は、伺い知れない。
「顔を見せるなロッテ! 其のまま部屋の中へと飛びこめ。鍵は開いている」
美月の言葉が、念話の様に頭に流れ込む。
その時、魔法師の放った電撃が二人を襲う。
刹那、リンちゃんに尻を蹴飛ばされて、ロッテは部屋の中へと転がり込んでしまった。
「ロッテ!」
バタンと後ろで扉が閉まる。
「ガゥ!」プスプスと煙を上げるメイド服。
元々、死体のリンちゃんは黒焦げのままで平然と魔法師を睨みつける。
「よくもやってくれたな。あたしを誰だと思っている。このようなモブ雑魚、一瞬で灰にして見せてやんよ」
意識の遠ざかっていくロッテの耳に、ドアの向こうから笑い声を含んだ美月の声が届いてきた。
ドアの向こうの騒ぎに注視していたジークハルトの目の前に、勢いよく開いたドアから、小さなメイドが飛ばされてきた。
宮殿には、似合わない小さなメイド。
「なっ! 何があった」
「はっ ロッテ! ロッテなのか? なぜ此処に」
焦げたメイド服、顔はススで汚れ、意識も朦朧としている。
助け起こしたジークハルトの腕の中で、うっすらと目を開けた。
「……うん? 騎士のオッチャン?」
ジークハルトは、宮殿にロッテが現れたのも驚いたが、廊下で戦っている緑の点滅の者の正体が気にかかる。
「ロッテ! 誰と宮殿に潜り込んだ。扉の向こうに誰がいる?」
薄れゆく意識の中でようやく口を開く。
「……美月ちゃん。魔女様なんだ。一緒にエレナを助けるんだ……」
其れだけ言うとガックリと意識を手放してしまった。
ジークには、その名前に覚えがある、忘れるはずもない魔女ジョシコーセ。
「なに! 魔女ジョシコ―セ……か?……いやっ! まずい!」
その名を聞いて、緑の点滅の正体に合点がいった。
今は、そんな思考を掘り下げている暇はない。
「やめろ! 城ごと吹き飛ばすつもりか? 魔法を使うな!」
慌てて廊下に飛び出すと、二人の衛兵が倒れ、城の魔法師が青ざめた表情で立ち尽くしている。
後ろ姿のメイド服の襟首を引っ掴むと、勢いよく部屋の中へと投げ飛ばした。
扉を閉めると、近くの椅子を使い固定する。
ロッテと同じメイド服を着た女。
探索の緑の点滅は、そのメイドを差している。
「ジョシコ―セ??」
「ギギィ?」
モブキャップの顔を上げると醜悪なゴブリンの姿が、ジークの目に飛び込んできた。
「ツッ! ゴブリン。」
腰の短刀を身構える。
「ギギッ?」リンちゃんは小首を傾げた。
「あたしを知っているのか? ジイサン。」
身構えるジークに何処ともなく声が聞こえた。
懐かしい声。
「なっ! ジョシコ―セなのか? とうとうゴブリンの姿にまでなってしまったか。」
「ちゃうわっ! 誰がゴブリンじゃ。 いまだにピチピチの現役だよ! 腹立つわ。リンちゃんは、あたしが使役しているゴブリンだよ。手を出すなよ。」
リンちゃんが、美月の映る石板をジークに突き付けた。
石板を覗くジークハルト。
石板からジークを覗く美月。
「おおっ! 生きておったのか? いや、生きておるのか?」
「って! やっぱっ、ジーク。リーダーのジークハルトかよ。そんな
気がしたぜ」
「ドンッ! ドンッ! 開けろ!」
廊下の向こうには、衛兵が集まりだした気配がする。
「ジョシコ―セ、此処で騒ぎを起こすな。城の者達は、一部を除いてまだ敵ではない。殺してはならん」
ジークハルトの腕の中では、瀕死のロッテが苦しそうな息を発している。
「目的は分かった。だが今は引くべきだ。此のままではロッテも危ない」
「そうだな、転移の先は、ロレーヌ河砦でいいか? 」
ジークの今の住まい、ロレーヌ河の崖に立つ古い王宮へと美月の転移魔法が発動する。
三人の頭上にオレンジ色の魔法陣が浮かび上がるとゆっくりと降りてくる。
光が地面に落ち光の粉と散った後には、三人の姿は消えていた。




