ロッテと腐ったゴブリンメイジ
ロッテと腐ったゴブリンメイジ。
秋に向かう天候は、薄い鱗雲が広がり日差しのピリリと強い中にも、そよぐ風は清涼感を運ぶ。
スラム街を歩くロッテは、此れから立ち向かいエレナを救う事に、高揚感を覚える。
(どうやって、エレナを助け出すのか分からないけど、魔女様の計画の準備をしなきゃ)
考え事に没頭するロッテ。
身に付けている物に、気を払わねばならない事など、スラムでは当然。
バックを持ち歩くことなど無かったロッテは、すっかりその事を失念していた。
「ドン!」
と、いきなりの衝撃を受けて突き飛ばされた。
見上げると、エレナに助けられたあの日、ロッテを死ぬほど殴りつけた挙句、拾った財布を奪い取った少年二人組が其処に立っていた。
ニヤリと笑う。
弱弱しい獲物が、今日のパンを持ってきた事に期待して。
「おい! スラムのガキのくせに生意気にバッグなんか下げやがって、どうせ又盗んできたんだろ! 俺たちが預かってやるぜ。」
タスキに掛けたポシェッットを引っ手繰ろうと手を伸ばしてくる。
ロッテも、取られまいと必死に押さえた。
「オラッ! パンッ!」
少年は、幼いロッテの頬を容赦なく張り飛ばした。
年かさの少年の力が骨身に染み、余りの痛さに頬を抑えて涙がこぼれた。
怯んだロッテから、ポシェットを奪い取るとへらへらと笑いながら立ち去ろうとした瞬間。
その時だった。
少年の抱えるポシェットの被せが開く。
「ぐちゃっ! グググウッ……!」
思いもよらぬモノが飛び出してきた。
細くて汚い腕が伸びてくると少年の腕を力強くつかんだ。
「グギギギィーーー!」
身の毛もよだつ声を放ちながら、その上半身も現れた。
「グギギ」
腐ったゴブリンの死骸が、ポシェットから上半身を覗かせて少年の腕を握っている。
落ちくぼんでいた眼窩に黄色い『まなこ』がぐるりと回って現れた。
口を開いて牙を覗かせ、今だポシェットの握る少年に生臭い息を吐きかけた。
「ひっ ひえぇ~~っ! バケモノだぁ~~っ!」
驚きのあまり、引きつった声が裏返る。
ひ弱な少女から、金に換えられそうなバックを取り上げて簡単な仕事と高を括っていた所に、思いもよらないバケモノが飛び出してきたのだ。
一気に事態が修羅場へと変わってしまった。
ゴブリンは、もう片方の腕でもう一人の少年の足を捕まえた。
捕まえ、恐怖にひきつる少年たちの顔を、代わるがわる牙を覗かせては脅す。
「ズルン!」とポシェットの中へと戻っていく。
二人の手足を掴んだまま。
「ぶちゃっ! ぐきっ!」
「「ギィヤァ~~~ッ!!」」
消えていくゴブリンは、少年らの手足をポシェットの中へと持ち去ってしまった。
路上に倒れ、血をまき散らしながらのたうち回る二人。
大声で泣きわめく。
「ギィヤァ~~~! 俺の足がっ! 足がッ!」
それぞれに血液に塗れ乍ら泣きわめいている。
ロッテも、いきなりの惨状に一緒になって腰を抜かしていた。
こんなバケモノの出現と流血の惨事など、経験した事などない。
そして又、ポシェットの被せが、ゆっくりと開く。
ゴブリンが、石板とガラスの小瓶を持ってはい出てくる。
少年たちの出血した傷口に乱暴に、その液体を振りかけた。
「ジュワッ!」と、掛けられた液体から紫の蒸気が立ち昇る。
「ぎゃあぁ~~っ!」白目を剥いてへたり込む少年たちに、ゴブリンは石板を向けた。
「あたしは、石板の魔女。とりあえず、血止めはしておいてやったわ。死にはしないだろう。今度又この子に酷いことをしてみろ、此のゴブリンがお前たちを頭から食ってやるぞ!」
「ガオーッ」その言葉に合わせる様にゴブリンが吠える。
少年たちは、青ざめ怯えてコクコクと首を振った。
「お前らの手足は、暫くの間預かって置く。心から謝るのなら繋ぎ直してやらん事もない。考えても良いぞ」
「其のまま。一生を過ごすもよし、改心して手足を取り戻すもお前らの心掛け次第だ。今日のところは、此のまま見逃してやる。ほら行きな! モタモタしてると腕のもう一本も食われちまうぞ~。」
「ガウッ!」
美月の脅しに、二人は飛び上がらんばかりに起き上がると転がる様に逃げだして行った。
ゴブリンは、其のまま二人を見送ると石板をクルリとロッテに向けて近づいてくる。
びくりと身を震わせる。
「いや~ロッテ、助けるの遅れて済まねえな。脅かしちまった様だが、此のゴブリンは、昔あたしが殺したゴブリンメイジだ。少し腐ってきてるが、あたし が使役している」
ロッテは、少年らに殴られた事よりも、目の前の死体の様なゴブリンが現れた事に恐怖で身が縮こまっている。
ようやく、石板と共に美月が現れた事で、恐る恐るも、そのゴブリンを観察することが出来た。
いきなり現れ、少年たちに襲い掛かった時には、恐ろしさのあまりバケモノに見えていたが、ロッテの傍らに立つと、さほど身長は変らない。
筋張っているその体、彼方此方と身が削げて、ボロボロに貧相だ。
少年らの手足を引き千切ったほどの力が、その体に有るとは思えない。
「おい! そんな目で見るなよ。腐りかけて来てるけど、此れでも女の子なんだぜ。傷つくだろ。名前は、え~とゴブリンの『リンちゃん』と呼んで貰おうか」
「りっリンちゃん?」
「ガウ!♡」
ロッテに挨拶するように、可愛くもない小首をコテンと傾げて見せた。
「よろしくな。当分は、表に出れないあたしの代わりに、依り代と使役してあたしの魔法を此奴が、ぶっぱなしてくれる。」
(あたしを助けてくれる? その度に此のゴブリン、リンちゃん? が現れる?…………う~ん…………助かるのは良いけど、なんだか嫌っ!)
ロッテが、しげしげとゴブリンを見る目付きに流石に美月も気が付いたのか。
「そっそうだな! ちょいと人前では、魔物は出せないか。リンちゃん、戻って」
ボブリンが、ポシェットに吸い込まれる。
「どうだ。ロッテ!これなら魔物だなんて誰も気が付かないだろ」
間を置かずにスルリと現れた。
黒いメイド服に身を包み、頭には深々とモブキャップを被って目を隠す。
半分に開いた口元からは牙が覗く。
それでも足は裸足、削げた腕からは、長い凶悪な三本の指が生えている。
いまいち、隠しきれていない。
これで人目を隠しきれていると言う美月が、信じられない。
ロッテの無言のジト目が美月に突き刺さる。
「うーん。駄目か? 消臭剤を振って、香水まで付けてみたけど、もう少し見た目を何とかするか」
「よし! ロッテ、次にまでは、リンちゃんはなんとかする。今日のところは、あくまでも顔合わせだから、よし! リンちゃん撤収。」
クルリと一回転ターンを決めると、本人は満更でもなかったのかロッテにぺこりと挨拶を済ますとポシェットの中へと吸い込まれていった。




