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反逆のロッテ  作者: ドロガメ
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反逆のロッテ

 1 反逆のロッテ




「ロッテ! 店先の水がめをいっぱいにしておきなよ。急がないとお客がそろそろ来てしまうだろ。」


「ロッテ! 通りの掃き掃除は、終わっているのかい?!」


「ロッテ! 店の棚が品切れしてるじゃないか!!」


 女中頭のメリッサが痩せぎすに酷い釣り目で、ロッテに朝の開店準備が間に合わないと怒鳴り散らす。


「ハーイ! メリッサさん、すぐに。水がめの補充から急ぎます。」


 寝床からはい出したばかりで顔すら洗っていないロッテは、片目をすぼめ、もう片方の目を大きく見開く。歯ぎしりでもするように、片方の口元を吊り上げると、『めっかち』になったその顔を見せないようにして声だけは元気よく返事を返した。


(ああ~っ! うるせえ~っ、うるせえ~っ! 解ってんだよ! 飯を先に食わせろよ。腹減ってんだよ。一度にそんなに仕事ができるかよ!あたしの体は一つしかないのが解らねえかよ。)


 元気な返事とは裏腹に、散々な悪態を顔を背けては聞こえないように毒ついてみる。毒づいてみても腹は減る。


(しょうがねえ。飯のためだ、やるか。)


 メリッサに向いて無理矢理に「ニッ」と虫歯で欠けた歯を見せると中庭の井戸へと水汲みに走り出した。

 ようやく手に入れたヤサと仕事を失う訳にはいかない。


 中庭の井戸では店中の各所で使う水を幾つもの手桶に分けて汲み上げている少女がいる。


「エレナ、一つ持っていくよ。店先の分だ」


「ロッテ、ゆっくり慌てずにね。(こぼ)すとまた怒られるんだから。ゆっくりでいいんだよ。」


 異世界ならではの水色の長い髪は一つに束ねられ、朝の光を受けて神々しく輝いている。

 スラリとした体を修道女のお下がりの長いスカートで身を包んだ少女は、開店前の喧騒に、似つかわしくもない柔らかな微笑みをロッテに投げかけた。


(くっ! 美少女だ! もう~聖女の微笑みかよ、エレナテレス。気合を入れたばかりの所にアンタの周りだけはゆっくり時間が流れているんだよ)




 修道院の経営する孤児院出身のエレナテレスは、14歳になると孤児院を出てこの店『よろず屋赤エボシ』の住み込みで働き始めた。


 ロッテとの出会いは、其れは酷いモノだった。

 店の所要での帰り道、スラム街を通りかかると道端にゴミの(かたまり)の様なモノが転がっているのを見つけた。

 気を失っているボロボロの子供だった。

 顔じゅう痣だらけで血もにじんでいる。

 盗みでもやった処を掴まって仕置きでも食らってしまったのであろう。

 エレナはかわいそうに思い、担いで店に連れ帰ると井戸で傷だらけの体を洗う。

 自分に貸し与えられた狭い部屋で面倒を見る事にしたのだった。


 スラムの子供など盗人に等しいのは解っていたが、何故か捨てては置けない、みすぼらしい此の小さな赤毛の少女が気になって仕方がない。自分の中の何かがこの子供に関わる事を強く願っている様に思えた。


 何とか店主を説き伏せる事ができた。

 店主も最初は渋ってはいたものの、エレナテレスの熱意と正義感に根負けして店の丁稚として置いてもらえる事となった。


「ロッテ! 勝手に店のリンゴを食べちゃダメ! 家に上がる時は、泥を落として足を洗うのよ。壊れやすい品物もあるんだから勝手にさわらないで。」


 エレナテレスは、眼を放す隙もない。


 傷が癒され、動き回れるようになると案の定、ロッテはスラム育ちの(しつけ)の無さが現れて、善悪の判断もつかない事を繰り返してはエレナテレスと共に店主に説教を食らう事となる。

 それでも何故か此処の店主は、幼いゆえの過ち、物事の判断が付かぬ事は其のうちに覚えるだろうと懐の深い所を見せてくれた。





 三月ほどの『ヨロズ屋赤エボシ』での生活は、一見ロッテに人間らしい変化を与えてくれた。

 毎日の水浴びに使い古されたとはいえ小奇麗な古着。

 何よりも一日に二食も朝と夕に粗末ななりにもご飯がたべられた。

 11歳の少女にしては酷く小さいながらも肌艶も明るく、エレナテレスと暮らしていると何よりも心の安定を感じている。


 修道院育ちのエレナテレスには、事の善悪と人としての優しさ、他人への思いやりは自分の心を神の御霊に触れ育てると。

 ロッテは、親切に自分を救ってくれた此のお節介な修道女上がりのエレナテレスに恩義は感じている。


 ロッテは思う。


(あのままエレナに拾われなければ死んでいたかもしれないな。あの恰好から修道女かと思ったけどこの店の店子だったのかよ。自分自身もこの店の小間使いなのに、よくもまあ自分の食い扶持まで減らして置いてくれているよ。)


 片目がすぼまり、もう片方の目は大きく見開く。口元は右片方だけ吊り上げて『めっかち』な表情をつくる。

 ロッテが悪い感情の時に造る顔の癖だ。


(いや、油断するなよロッテ! こんな心の隙を突いて悪人てのは入り込んでくるモノさ。きっとこの店で奴隷のようにこき使うつもりなんだ。それとも身ぎれいにして遊郭にでも売り飛ばすとか? 本当に奴隷商に売り飛ばされるかもしれない。気を抜くなロッテ!!)


 ぼさぼさの赤毛で11歳になったばかりの貧相な女の子。

 貧弱な体格で奴隷にも引き合いなどない。飯を食わせて育てるだけで奴隷商としても引き合うはずもない。

 ましてやこんな身なりで男達を誘惑する遊郭になど需要などあるはずもない。

 世間知らずなロッテは、起こりもしない危機感でその身に両手を体に回すとブルリと震わした。


 少しばかりの優しさと親切に包まれた所で、生まれた時からのスラム育ちのロッテは、奪われ殴られ虐げられるを日常として暮らして培ったすさんだ心がそう簡単に変わるはずもない。

 ロッテの両眼は、大きく見開かれ生きる為の欲望に只ぎらついている。




 店先へと置いてある水瓶に3往復するとようやくイッパイになった。

 水瓶のふちに柄杓(ひしゃく)を二本用意する。

 張り紙をする。


『暑い中、お疲れ様です。冷たいお水をどうぞ。無料です』


 ロッテが、張り紙を張るのを見届けると同時に三人連れの男女が声をかけてきた。


「おい! 童女(わらし)、水を貰っていいのか?」


「はーい! どうぞ。 ついでに中で涼んでいってください。中へどうぞ」


 冒険者風の三人連れに少々腰が引けながらも接客を始める。

 ロッテは、三人を招き入れる。

 汲んだばかりの井戸水で三人が喉を潤した。


「ほーっ 冷てえなっ 助かるぜ。今日も暑くなりそうだな」


「冒険者のお兄さん、その皮の水筒にも詰めて行っても構いませんよ。此れから森へお仕事ですか?」


 ロッテは、素早く三人の装備へと目を走らせる。

 弓矢の矢羽根が、ボサボサに傷んでいる。


「その矢羽根、だいぶ傷んでいますね。せっかくの獲物を見つけても真っすぐには飛びませんよ。兄さんの腕がよくても矢羽根が傷んでいたんでは、今日の水揚げに響きますぜ」


 弓矢持ちの男が矢筒の弓矢を見る。


「おおっ そうだったな。そろそろ取り替えないとなとは思っていた所だ。交換用の矢羽根10組ほど貰おうか。」


 ロッテの口角が上がる。


「えへへへっ 毎度あり~ 10組ですね。ついでに矢じりを研ぐギザギザ石はどうです。うちの商品で研ぐと矢じりも鋭く獲物を逃がしませんよ。お兄さん」


「なんだ 嬢ちゃん、抜け目がねえな~ 買うぜ」


 冒険者は、笑いながらも注文をする。


「ありやとあした~!!」


 ロッテは、まるで「そろばん」でも弾くような癖で親指と人差し指をこする。


「7500リダになります」


 男の一人が小さな子金貨をロッテに手渡した。


「え~と2500リダ、銀貨2枚と銅貨5枚のお釣りになります。毎度アリ~」


 釣りを受け取った冒険者たちが店を出ようとした所でロッテは声をかけた。


「ところで兄さん方、このお店で『あったらいいな」とか『注文しておきたい』商品とかあったら聞いておきますぜ。店主に相談しておきますから」


 抜け目のないロッテに「おおうっ」と一声唸ると忘れていた品物を注文して店を出て行った。


 後ろ姿の男女に店先で見送り頭を下げる。

 開店早々、客を捕まえ売り上げた事にロッテの気持ちも上がる。


 エレナに拾われ、部屋に住むことを許され二食の食事をあてがわれている。

 ロッテには給金が出る事はない。

 それでもロッテは今の生活に楽しさを感じている。

 スラムにいる時には、住む家さえなかった。

 他人の立てた掘っ建て小屋の軒先で眠り、時には荷箱の中へと潜り込む。

 雨が降れば濡れないところを探し、食べ物も毎日在りつけるとは限らない。

 だが今はどうだ? 雨風しのげる小部屋でエレナと一緒に(くる)まって眠れる温かい毛布がある。

 食事も朝夕に二食、粗末ななりにもキッチリと食べさせてもらえる。

 そして何よりも今みたいな金のやり取りに興味をおぼえた。


(…楽しい…)


 商店で働くうちに自然と商いの基礎が身に付きつつある。

 自分が動いた所で、客が商品を購入し、その対価を手渡してくれる。

 自分自身の金ではないが、その流通を目の当たりにして遣り甲斐にも似た何かを感じ始めている。


(商いは楽しいな。)



 客を見送りながら感慨に浸るロッテを奥の入口から女中頭のメリッサは見ていた。


(フン! ちったあマシに客商売が出来る様になったじゃないか。売りつけるだけじゃなしに、客の要望も聞いた処は及第点だな。気持ちよく納得して買って貰え。客との信頼関係を結べるくらいに頑張るんだな。)


 ロッテと同じスラム出身の目付きの悪いメリッサだが、自分自身が苦労してこの場に居られる事をよくわかっている。

 けっしてひいき目な事はしない。苦労しなければメンタルも含めていろんな難儀事を乗り越えていけない事をロッテにも知って欲しいと思っていた。


(ふっ まぁ頑張れや同胞)


「おおい! ロッテ! 客の相手が終わったならば、交代で朝の(まかない)が支度してあるぞ! エレナを誘って食ってこい!」


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