3
進む先々で澱みを浄化しながら、一ヶ月以上をかけてスマラグティーの王都についた。
王都を囲む外壁の正門から中に入ると、王宮までのメインストリートには、王都中の人がいるんじゃないかってくらい大勢の人々がいて大歓迎された。
わぁすごい!
ウィリディスで澱みをすべて浄化し終わった凱旋の時を思い出すわ。
スマラグティーの澱みはまだたくさん残ってるけどね!
というか、これからが本番だけどね!
王宮につくと、スマラグティー国王と謁見する。私がする方ね。
この世界に根付いている聖女信仰では、聖女は王様より立場が上なので。
謁見の間では、王座から下りてきた王様に挨拶とお礼を受けて、それから王室の私的な晩餐に招かれた。
大人ですからね、一度はこういう招待を受けなくてはならないとわかっている。
めんどくさいけど。ものすごくイヤだけどしょうがない。
だけど一度受けたら後は、もう遠慮してもらおう。
私の仕事は祈る事だから、邪魔はしないでいただきたい。
私がスマラグティーの礼拝堂で祈る間、私たちは王宮の敷地内に建てられた離宮に滞在する事になった。
二十人以上の大所帯だから離宮丸々使わせてもらう。
私やアルベルトには侍女もつく。
私にはルイーセがいるけど、勝手がわからない他国だし、ウィリディスの王宮でも他にも侍女がいたしね。
そうしてウィリディスの時と同じように祈る日々が始まった。
スマラグティーの礼拝堂も、ウィリディスと同じく宮廷の敷地にある。
滞在している離宮から、毎日礼拝堂に通うのはウィリディスにいた時と同じだ。
行き帰りにアルベルトとコンラードが護衛につくのも。
礼拝堂には一人で入る。
そうして頭に浮かぶまま澱みがなくなるように祈るのも同じだ。浄化されるとそこが清浄になったとわかるのも。
以前と違うのは、礼拝堂への行き帰りにフレデリクと第二王女が加わった事。
この王女様、初日の晩餐の時からとにかく私を憧れの目で見てくる。
スマラグティー王家特有である、薄い金色の髪に薄い水色の瞳をした、これぞお姫様!って感じの子だ。ふわふわキラキラしている。
あまりに崇め奉られているので居心地が悪い。
そのくせやたらと話しかけてくる。フレデリクに窘められる程。
私これから長い時間祈るんだけど…。
マイペースにぐいぐい来るので、朝からちょっと疲れる。
変わった事はもう一つ。
ウィリディスの時には回廊を取り囲む柱の後ろにぐるりと立っていた護衛が、礼拝堂の周りになった事だ。
護衛に立っているウィリディスの第二騎士団から「「おはようございます!」」と挨拶される大きな声に、元気をもらう。
ありがとう!
第二王女に減らされたHPが戻るよ!
お昼ご飯はみんなと一緒に食べて、さらに元気をもらう。
みんなと一緒にご飯を食べるのは一日の大きな楽しみだ。
ウィリディスにいる時は一人時間を所望したけど、澱みを浄化する旅で一年一緒に過ごしたからね。
それ以外では一緒にいられないんだし、お昼ご飯くらい一緒に食べたい。
密かに、ロイと話せるのも嬉しい。
もちろん清廉潔白な聖女様は(意識しての)贔屓はしない。みんな平等に接するようにしているよ。
ロイの姿が見えれば目が追っちゃったり、声が聞こえれば耳をすませたりしちゃうのは許してほしい。
意外と疲れる祈りにご褒美をください!
午後の活力にするので!
そんな楽しいお昼ご飯だったけど、ある日の朝の事。
「聖女様は屋外で騎士たちと昼食を召し上がっていると聞きました。わたくしも花の美しい季節は庭園でお茶をいただきますが、騎士と同じテーブルにつく事はありません。想像もつきませんわ。いったいどのようなお話をなさるのですか?」
なんだか優雅なお茶会が思い浮かんだわ…。
こっちはそんな感じじゃなくて、敷物はあるけど地面に座ってのピクニック形式だよ。
そりゃあ王女様には想像もつかないだろう。
「特に大した話はしていません。お弁当が美味しいわねとか、食べ物の好き嫌いの話とか、鍛錬の話を聞いたりとか、本当になんて事ない話ばかりです」
気の置けない仲間たちと(みんなはそう思ってないだろうけど!)ご飯を食べておしゃべりをする。
話さなくてもみんなの話を聞いているだけでも楽しいし、本当に心癒される貴重な時間なのだ。
「聖女様のお顔、とても楽しそうですわ。わたくしもその昼食の席にご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ベネディクテ!」
イヤだよ。(ソッコー)
フレデリクに窘められても、王女は断られるとは思ってもないようなキラキラにっこり笑顔のままだ。
王女がきたらリラックスタイムじゃなくなっちゃうじゃん。断る。
「いいえ、王女がいたら皆が緊張してしまいます。遠慮してください」
「え…」
王女絶句。
私はNOと言える日本人なのだ。
「わたくしより、騎士を大切にされるというのですか…?」
「愚門です。皆はわたしを守ってくれている騎士ですよ」
NOと言えるけど、意地の悪いやりとりは本意ではない。
「王女だけではありません。昼食にはアルベルトたちにも遠慮してもらっています。私たちのような昼食が気になるのでしたら、王女もスマラグティーの騎士たちとご一緒されてはどうですか?」
あなただけ断ってるんじゃないよと言葉にして、代案を出すと
「わたくしは騎士たちと食事をしたいのではなくて、聖女様とご一緒したかったのですわ」
王女はしょんぼりと呟いた。
ふわふわキラキラのお姫様の哀しそうな顔。
ちょっと罪悪感が…
だが断る!
私は王女より第二騎士団の方が大切だ。
それに私だって切実に休憩と癒しが必要なのだ。
祈りってけっこう疲れるんだよ。朝のあの調子でずっと話しかけられてたら心が休まらないよ。
自国の澱みを一つでもなくしてもらいたいと思うなら、私の負担にならないでください。
それでも行き帰りはつき合ってるんだからさ。
「て、事があってね」
その日の昼食時に、おしゃべりついでに王女とのやり取りを話すと
「ありがとうございます!王女殿下がいらっしゃるなんて、飯が喉を通らないですよ!」
「本当に!聖女様ありがとうございます!」
みんなに感謝された。やっぱりね!
「私にはもう緊張しないもんね♪」
ここの半数の子たちとは一年以上一緒にご飯を食べてきたし、残りの半数の子たちとだって、もう二ヶ月以上一緒にご飯を食べている。
確信をもって笑顔で言うと(自分が緊張の元になるなんてイヤだよ)
「緊張しないとか慣れるとか、そういうものじゃないです。聖女様とご一緒できている事がずっと夢の中にいるようで…」
「それな!俺もいまだに現実感ないわ」
「私は今回からの供ですが、まだまだ幸運に酔っているような…」
みんなうっとりと言う。
「…………」
私もこれずっと慣れないと思うわ。