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本日は登場人物紹介と1話目を投稿します。
明日からは一日一話ずつの投稿となります。
よろしくお願いします。
派遣先の隣国スマラグティーまでは、馬車で一ヶ月かかるという。
浄化されたウィリディス国内をただ進むだけの日々に、この世界に召喚された日からの事を思いおこしてみた。
私は一年と少し前、ウィリディスに召喚された。
ウェブ小説やラノベなんかによくある、薄暗い部屋や魔法陣、ローブをまとった魔法使いっぽい人たちや、王子様っぽい男の子や騎士っぽい男たち。
これは召喚された?と、思うしかないような状況だった。
聞けば浄化系の聖女召喚だという。
十年ほど前から世界に現れた澱みは、徐々に大陸中に広がっているそうだ。
澱みからは魔獣が生まれ、人々を襲う。
騎士や兵士、冒険者など民間人まで魔獣と戦うも、澱みをなくさなければ魔獣がいなくなる事はない。
その澱みを浄化する事ができるのは聖女の祈りだけなのだとか。
ふ~ん。
ありがちな、何番煎じかわからない設定ね。
世界中が聖女を渇望していた。
各国が聖女を召喚しようと必死になっていた。
そんな中、何の因果か私がこの国に召喚されたという訳だ。
ウィリディスだったのは、この国に大陸で当代一と言わしめる大魔法使いがいたからだ。
第二王子から、一方的な、自分たちの願いを訴えるだけの言葉に怒りを覚え、人としての道理や良識で横っ面をはたく。
これはれっきとした拉致だからね!
現状をしっかり認識させる。
幸いその場にいた王子その他の面々は、この聖女召喚がどれだけ身勝手で非道な事なのかわかってくれた。
わかってくれたはよかったけれど、数多ある物語と同様、どうも聖女を帰すという考えはなかったようで、召喚すれど帰す術がないと…。
とはいえどうなるかわからないファンタジー。
聖女召喚系の物語では帰れるものもあった筈と、私は一縷の望みにすがった。
それから、帰れるまではしょうがないと、聖女の仕事を含め今後の事を話し合う事にした。
まずは生きていくのに大事な衣食住を確保する。
これは拉致された当然の権利として、もちろん国持ちにした。
それから勤務について話し合う。
聖女の祈りを仕事として、しっかり雇用契約を結ぶ。
雇用内容は、日本の一般的な企業のものと準じる。
一日八時間労働、昼休憩一時間、残業と休出は割増料金、週休一日以上、お給料は宮廷に勤める高位貴族と同額、など。
最後に、一番大事な要求をする。
私を元の世界に帰す方法を探す事!
もしも澱みの浄化が終わった時に私を帰す術を見つけられていなかったら、退職金を用意する事。その後もずっと帰す方法を探し続ける事。
もう少し細かな取り決めをして、宮廷の筆頭魔法使い(私を召喚した当代一の大魔法使い)に正式な雇用契約書を作ってもらった。
相互に不利な事がないかお互い確認してサインしたら、記されている契約内容が反故されないよう魔法をかけてもらって、とりあえず私はこの地に落ち着いた。
そうして始まった聖女生活は、思ったより待遇のいいものだった。
この大陸の聖女信仰は、王族から平民まで遺伝子レベルで根づいている程らしい。
聖女様は王様より偉いとか!
ほんとかぃ!と思いながらも、まぁ祈りをしたよ。
最初の一ヶ月程は宮廷の敷地内にある礼拝堂で。それから国内を巡る旅で。
距離があると聖女の力は届かないようで、王都から離れた澱みは浄化できなかったのよ。
そんな風にして、一年以上をかけてウィリディスの澱みをすべてなくした。
私を護衛してくれていた騎士君に淡い恋心なんてものもあったけど、私は日本に帰ると決めているから恋愛要素的なものは何もなし。
先のない恋愛なんかしても、お互い(つき合えたとしたら)辛くなるだけだもんね。
だけど、浄化し終わったけどやっぱり日本には帰れなかった。
「まだ帰す方法がみつかっていない」という言葉に望みを繋げ、帰す方法を探す事を続行してもらい、やる事がなくなった私は、その間他国の澱みを浄化しに行く事にしたのだった。
その移動中が、←今ここ状態☆
その移動も、そろそろ終わるようだ。
ここは隣国への一番大きな国境関門で、大きな門のこちら側はウィリディスの役人が、あちら側にはスマラグティーの役人がいる。
第二王子がいるし、こちら側は止まる事なく通り抜け、スマラグティー国に入ると、こっちもそのまま止められる事なく進む事が出来た。
へ~え。国同士で話がついているといっても、一切何もなしなんだ。
さすが聖女様?
なんて思っていたけど、スマラグティーに入って少し行ったところで馬車が止まった。
「どうしたのかな?」
「聖女様、あちらに…」
専属侍女と窓からのぞけば、離れた場所に大きな天幕が張ってあるのが見えた。
その前に十人ほどの騎士たちが並んでいる。
中でも一段とキラキラしい王子様っぽい人がアルベルトに歩み寄り、一言二言話すと、アルベルトと一緒に私の乗る馬車に近づいてきた。
これ下りた方がいいのかな?
たぶんあちらの国の代表者でしょ?見たまんま王子様的な。
第二騎士団副団長が馬車の扉を開けてくれて、そのまま私の手を取って馬車からおろしてくれた。
こういうエスコートにも慣れたよ。
まだちょっと気恥ずかしいけどね!
降り立った私の前で、隣国の代表者は跪いた。
こういうのにも慣れたよ。
やっぱり内心気恥ずかしいけどね!
「聖女様におかれましては、ようこそ我が国にお出でくださいました。心より感謝申し上げます。スマラグティー王国第二王子フレデリクと申します」
言って、流れるように私の手を取った。
わっ! 指先に口づけされそうになってサッと手を引く。
あっぶなー! びっくりしたわ! 本当にこういうのあるのね!
一瞬でウィリディス側は臨戦態勢になった。
ちょっと待ちなさい、フレデリクはポカン顔のままだよ。
「ごめんなさい、私の生まれた国ではこのような挨拶はないのです。この世界の挨拶は受けられませんが、スマラグティーの澱みはしっかり浄化しますからね」
ちょっと悪かったかなと思って、愛想笑いをしながら言うと、
フレデリクは何度かパチパチと瞬きをして、破顔した。
おおぉぉぉ…。
正統派イケメンの笑顔!さすがの麗しさだ。
負けた。
「ありがとうございます!有り余る光栄にございます!」
やだちょっと、この人うっとりしちゃってるんだけど!
困ってアルベルトを見ると、当然!という顔をして頷いている。ちょっと!
いや…。
アルベルトだけじゃなかった。ウィリディス側もうんうんと頷いているし、スマラグティー側の騎士たちは恍惚とした表情で私を見ている。やだ、怖い。
さすが聖女様効果…。
私は無宗教者だから、いまいちそういう信仰心ってわからないのよね。
もちろん否定はしないけど。どんな考え方も、その人の自由だと思うし。
でもまぁ…。アルベルトを目で促す。
アルベルトはすぐに外交顔に戻った。
「フレデリク殿、出迎え痛み入ります。このまま先導していただけるのでしょうか?」
「まずはこちらでしばしのご休憩を。それから本日の宿にご案内いたします」
ハッとしたように、フレデリクが答えた。
天幕の中には、ちゃんとしたテーブルセットがあった。お茶やお菓子も用意されている。
この後の説明もあるでしょうし、まぁお茶に呼ばれましょうかね。