崩壊壁
暗い夜道は仄かな明かりを得ると、曲がりくねって分岐する。複雑に入り組んだ回廊は、人懐っこく訪問者を迎えてくれるようだ。
「学校からでなくても使えるのか」
何時でも何処でもご利用可能な素敵転送機構でございます。
「当たり前だ。それぐらい知っとけ」
そう言われましても。
「時空座標に依存しない方がシステムとしては容易であろうが、発動条件はどうなっている?」
へー、そうなんだ。
「我が思えばそれで良い」
なんと便利な。
「特定のマクロ変数の動きでIDしているのか」
えーっと、多分。
「そうだ」
そうなんだ。
一呼吸置いて、紀和は話題を変える。
「それより良いのか」
何が?
「構わん、ほっとけ」
だから、何を?
「……了解した」
それで、何の話だったの? 即座に返答しているが、紀和にしては若干反応が遅かったように思われる。気に掛かることでもあったのだろうか。
「あら、遅かったわね」
ふふふ、気持ち悪いですわよ。
「連絡はしただろ」
皆でご飯に食べてました。
「いや、あかねちゃんにしてはゆっくり食べてると思っただけよ」
ほほほ、気持ち悪いですわよ。
「不味いか」
いえ、美味しかったです。
「そう言う訳じゃないけれど」
くくく、気持ち悪いですわよ。
「時間を遅らせてしまったのか。悪いことをしたな」
アレだけ食べるには時間も掛かるでしょう。
「問題ない、気にするな」
貴方が良いと言うのなら。
「良いのよ、別に。急ぐことも無かったし、何時でも良いって行ってたから。ただ、少し珍しかっただけよ」
この気持ち悪さには慣れる気がしないね。
「それで、何なんだそれは」
別室にあるはずの放送禁止な感じの本体が大胆に食み出し放題。
「あら、御免なさい。次に見てもらおうと思ってたものが人の感覚器だと認識するのが困難なのよ……」
そう言いつつ、目に毒なそれを隠そうとするのだが、
「それで接続装置を作っていたのか」
紀和が平然と手に取った。
「え……、ええ、そうよ。まだ途中だけど……」
紀和にはその仕組みが分かるようである。
「俺にも触らしてもらえないか」
常人であれば異常な不快感を感じる行為であろう。
「今の状態では微妙だけど、構わないわよ」
月城に目線で了承を得ると、紀和は解析を始めた。
得体の知れないそれを大胆に料理する。活き活きと跳ね回るそれを綺麗さっぱり捌ききる。我侭なそれを時に優しく時に厳しく包み込む。
「まあ、助かるわ」
感謝しなさい。
「ヒトのスペックではこれが限界か」
一応、紀和ひさしはホモ・サピエンス・サピエンスです。
「じゃあ、これを使って下さる」
不快極まる何だかと紀和が合体。情報構造を作る基本相互作用を変換し、飛躍的に処理を高速化させる。
人間の身体とは全く異なる機関にて紀和の意思はアクティブに動き回る。
「このまま人間辞めちゃったらどうかしら」
さっくっと進化しちゃいましょう。
「それは困る。人間でなければ同じ土俵で泳げなくなる」
彼にとっては致命的な問題。
「冗談よ。……一寸だけ本気だったけどね」
ヒトであるのがもったいない。
そうこういっている間に仕事を終える。
「恐らくこれで問題ない」
出来る人は違うね。
「ごめんなさいね、こんなことまでやってもらっちゃって」
本来ならお前の仕事だからな。
「構わない」
頼りになるね。
「ごめんなさいね、テクニカルな話はあかねちゃん全く駄目なの」
面倒なことはしないそうな。マネさんなのに。
「それを理解しているから俺を雇ったのであろう。最終的に月城が思う世界が創れるのであれば、下手に手を出さないのは賢明な判断だ」
そういう解釈ですか。
「そうね、私もあかねちゃんとやる時は自由にやらしてもらっているわ」
汚いもの位は隠してほしいんだがね。
「しかし、基本構造が別のものとは言え、月城の望むものにはならないであろうな」
何かが通じ合っているよ、この二人。
「恐らくはね。まあ、参考にはなると思うわ」
普通の人間には参考どころか、認識も困難なものだけどね。
「採用された世界の情報からすると、実験的なもの許容する傾向にはあるようだ。『新しくないことが分かる』と言うことも大事にしているのだろう」
そりゃ、大事ですよ。
「そうね、でも、あかねちゃんはそれじゃ嫌みたいだけど……」
そんなものじゃ満足できんね。
「貴方はどう?」
紀和の意見が気になるね。
「どちらかと言えば、その違いや新しさと言う概念そのものが存在しないものの見方を好んでいる」
そんな貴方が羨ましい。
「もったいないわ……。いえ、貴方の考えを否定する気は無いのよ。どちらかと言うとリスペクトするし、そう思えるようになるのは良いことだわ。ただ、私の目からするとと言うだけの話よ」
「理解に感謝する。そして、それも含めての……」
そうか、紀和と言う奴は……。
「ひーーーーーーーーーちゃーーーーーーん!!!!」
とてもバカに愛されているようだ。
それは壁が崩れる音よりも遥かに大きな叫びであった。
バカと月城とあと二人が芸術的に組んず解れつ、繊細に絡み合いながら、豪快に壁を突き破って現れた。
「……怪我はないか」
運動選手は体が資本です。
「……大丈夫」
壁を突き破って現れた様だが、平気なようだ。
「ごめん、ひーちゃん」
すまなそうにしているのは先見だ。
「否、構わない。そういうことだろう」
紀和は月城に視線を向ける。
「ああ、この場にたどり着けると言うならば、問題ない」
いやいや、問題しか見当たらないのですが。
「いいの? いいの?」
貴方が一番問題だと思うのだが。
「あ、あの、ここは、どうひゅうところで……」
貴方は今喋らなくていいです。
「あらあら、一気に人数が増えたわね」
賑やかになるね。
急に、唐突に、前触れは……合ったかもしれないけど、騒がしい面々が乱入した。一応は紀和と月城は想定していたようだが、不安要素しか見つからない。危機的状態に恵まれているにもかかわらず、いつも通りの落ち着きを保って計画は進んでいく。