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定食屋

 学校の最寄り駅の近くには学生が気軽に立ち寄れるリーズナブルなお店が立ち並ぶ。最近の高校生は忙しいようで、学業やら部活動やら何だかんだで遅くなり、晩御飯は皆で仲良く外食と言うパターンは多いようだ。特に、駅の内部にある若い人が好きそうなファーストフード店や体育会系が好きそうな御代り大盛りが無料の定食屋さん、若いカップルにピッタリの雰囲気の良いお洒落なお店等は、下校中のそれぞれのターゲットを一網打尽にしている。

「ねーねー、ドコ行くの?」

 宝院が、あからさまにカップルだらけのお洒落なお店を意識しながら、期待に満ちた声で尋ねる。

「もう少しだ」

 紀和はまっすぐ前を向いたままだ。どうやら、お洒落なお店ではないらしい。残念だったね。

「腹減ったー」

 まあまあ、もう少しだ、我慢したまえ、先見君。

「……あ、あの、その……」

 保坂は、まあ、保坂だ。これでは一向に月城に、

「おい、まだか、紀和」

 気持ちは届かない。こっちは腹減ってんだよ。

「あと少しだ」

 駅を通り過ぎると、途端に真っ暗になる。女の子一人ではとても歩けない道だね。

「暗いね、暗いねー」

 いちいちリアクションがバカっぽい。

「そうだな」

 いちいち返事をするのが真面目っぽい。

「……え、えっと、その……」

 今日も保坂は駄目っぽい。

「ところで、ひさちゃん、授業抜けて何やってんの?」

 いきなり核心を突く質問。

「あー、そーだ、あかねちゃんと二人で何やってんの??」

 彼氏を問い詰める彼女の様な物言い。

「大規模なシミュレーションの手伝いをしている」

 間違いではないね。

「スッ……スケールはどれ位ですか?」

 噛み噛みではあるが、こういうことは言えるのね。

「基礎法則の複雑さや使用できる計算機にもよるので正確なことは言えないが、今の所オーダーとしては……」

 そう言われても、良く分かりませんな雰囲気。

「宇宙を創れる規模を想定している」

 どんなもんだい。

「かっ……神様気分ですね」

 そうだね、噛み様。

「えー、ひーちゃん神ちゃまになっちゃうの??」

 なっちゃうの。

「……間違ってはいないとは思うが、それほど大層なものではない。宇宙に関わるものの中で、高々“創る”という部分を担当するだけだ。実際にシミュレーションの企画やセットアップを行うだけに過ぎない」

 出来た宇宙は創り手のものにはならないからね。

「じゃあ、やっぱりひーちゃんはひーちゃんだね」

 バカは無駄に嬉しそうだ。

「ふーん」

 まあ、さっぱり分からないけど……といった調子の先見。ただ、まあ、気になるのは、

「学校休むほどのことなのか?」

 ってことだよね。

「俺もそう思っていたが、実験施設の関係もあるのだろうし、これに関しては月城が指揮権を持っているからな。だが、心配するな、最低限の休養と栄養補給はとってある。決して、選手としてのパフォーマンスを落とすつもりはない」

 そこは心配していないさ。だって紀和だもの。

「そっか。まあ、ひさちゃんだから何とかなるんだろうけど。

 まー、でも、良くやる気になったな」

 なにせ紀和だもの。

「それが月城がマネージャーを引き受けた条件である以上、手を抜くことは出来んからな」

 やっぱり紀和だもの。

「そっか、そっか」

 もう少し色々疑問を抱いてもいいのかもしれないが、これが紀和に対する信頼というか諦めというか、ともかく、彼の言葉をこれ以上疑うものは誰一人いなかった。そんなことより、

「ねー、まだー!? お腹すいたよー」

 バカが我慢の限界に達している。

「あそこだ」

 紀和が指差す角を曲がると、そこには小さな定食屋兼飲み屋があった。


 汚い外観とは裏腹に内装は清潔感に溢れ、居心地がよく、常連さんが入り浸っている。

「いらっしゃい……あら、ひさし君」

 若いお姉さん。大学生のバイトといった所だろうか。働き者で活発な際どく綺麗な女の子はまさに看板娘。むしろ看板娘効果で二割り増しくらいで魅力が上乗せされている。

「二階開いてますか?」

 一階はどちらかと言うと飲みに来ている客が多い。

「開いてますよ。どうぞー」

 どうもー。

「可愛いな」

 先見君は素直で宜しい。

「ひーちゃんは、あーゆーのが好きなの?」

 宝院が食いつく。

「“あーゆーの”というのが何を指しているのかが良く分かってはいないが、誤解を恐れずに言わせてもらうと、霧島さん(看板娘)のことは好きだ」

 衝撃的発言!! では無いことを理解していないのは、恐らくバカだけであろう。

「またライバルが増えたな」

 だから、それは危険と言っただろう。

「くぅぅぅぅーー。そうかな、そうかも、そうだよね。綺麗だし、料理できるし、お姉さんだし、お似合いだよ。でもねでもね、まゆみはね、まゆみはね、まゆみはね、ひーちゃんがまゆみので、まゆみがひーちゃんで、それでね、うううぅぅーえーん!!」

 あーもー泣くな、面倒くさい。階段で駆け回るな!

「俺は宝院が何をそこまで問題にしているのか分かりかねるが、恐らく大丈夫だと思うぞ」

 分かってあげてくれよ。でも、分からないのが紀和であると言うのも分からなくもない。月城も余裕の表情だ。

「じゃあ、まゆみと霧ちゃんとどっちが好き!!」

 白黒つけようぜ。

「すまないが、何を持って“より好きである”ことを特徴付けるかにもよるが、今の所俺の評価基準では比較して優劣を決めるという概念が存在せず、また、その必要性を感じていない。そうだな、例えば、同時に頼みごとをされた時にどちらを優先させるか、と言った場合の選択に応じてより好きを特徴付けると考えると、状況依存であるから確定した優劣は存在しない、あるいは、誰からの以来であるかと言う条件が選択を左右しないと言う意味で同等、と考えられる。これとは別の特徴づけの好きを想定していた場合は応え方が変わる可能性はある」

 あーもー長いよ、面倒くさい。恋人としてどっちかって聞いてるに決まってんだろ!!

「むむむ……」

 バカの癖にハッキリきっぱりエクスプリシットに聞けない位に乙女ではあるようだ。紀和の方はハッキリ言えばすんなり応えてくれそうな気もするが、バカの乙女システムは何故だかバカになっていないようだ。

「んんん……」

 否、言葉が難しくて分かっていないだけかもしれない。

「さっさと上がれ」

 月城様を待たせてんじゃねーよ。

「うぅぅ……ごめんね、あかねちゃん、ごめんね」

 逆走しながら謝っても逆効果だ。

「取り合えず、二階に行こう」

 先見が促す。まあ、半分くらいはお前の所為だからな。

「ねぇ、ひーちゃん、あのね……まゆみのこと……好き?」

 好きかきらいかと聞かれれば、

「ああ、好きだ」

 と答えるよな。

「分かった」

 よしよし、良かったな。だからさっさと上がれ。 

「きっ……綺麗なけんこっ……肩甲骨ですね」

 誰かが何か言ったような気がしたが、誰にも聞こえてはいない。気のせいだろう。


 二階は座敷の部屋になっていて、落ち着きのある親しみやすい空間が提供されている。先見や宝院は足を広げて完全にリラックスしている。紀和と月城は無駄に整った姿勢ではあるが、月城の方は若干偉そうだ。保坂は隅っこで小ぢんまりと正座しているが、月城の隣はキープしている。 

「ひーちゃん、ひーちゃん、お勧めは?」

 宝院はべったり引っ付いてくるが、紀和は無反応というか、無防備だ。

「宝院であれば、これが適していると思うぞ」

 そう言って指差したメニューは“紀和スペシャル”である。

「何だこれ」

 スプリンターの高速リアクション。

「ほっ……他にも、紀和定食とか、紀和メニューが沢山ありましゅよ」

 ましゅねー。

「選手にとって食事は重要だ。勿論、もとのメニューでも良質ではあるが、一般の方ではなく、アスリートの栄養補給として重要なバランスと量を兼ね備えたものが無かったためだ」

 だからって、只の客が自分のメニュー作ったりしないだろう。

「栄養のことも詳しいですよね」

 そうか、只の客ではないんだね。珍しく噛まずに言えたのだが、声が裏返ってる。

「じゃあ、俺もスペシャルいっとこっかな」

 先見はいつも適当。選んでもらえるのが何より楽で贅沢だ。

「いや、スペシャルはやめておいた方が良い。アスリートの中でも特に強靭な内臓や消化系を持つ大食する人のためのメニューだ」

 バカ専用。バカは胃袋もバカらしい。

「それは流石に無理だ。ひさちゃんやまゆみみたいには食えんわー」

 兼紀和専用。紀和は胃袋も紀和らしい。

「そっれでは、とくへんきしぇつの彩りきは丼(汁物・しゃらだ付)にしようかっな……」

 何を言っているのかさっぱり分からんが、恐らく、特選季節の彩り紀和丼(汁物・サラダ付)のことであろう。季節メニューまであるのかよ。

「じゃあ、取り合えず日替わりで」

 日替わり紀和定食。やっぱり先見は適当。まあ、日替わりってのはお手ごろだよね……って、日替わりメニューまであるのかよ!

「じゃあ、あたしはひーちゃんと一緒にスペシャルだね!」

 バカがとっても嬉しそうだ。

「そうだな」

 やっと落ち着いて飯にありつけそう……

「おい、紀和、我はアスリートではない。我のためのメニューを作れ!」

 にはありません。面倒なこと……

「了解した」 

 でもなさそうだ。

 

 紀和は霧島を呼び出すと、四人のメニューを頼んだ後に、相談しながら月城向けのメニューを即席で構成している。栄養だけでなく、味・価格・季節感・文化的要素などを総合的に考えつつも定食屋の個性を反映した、非アスリート系育ち盛りの女子高生メニューが瞬く間に完成した。

「はいはい、ひさし君が居ると退屈しないなー」 

 確かに。

「よろしくお願いします」

 面倒掛けます。

「暫くは裏メニューか限定メニューになるけど、そのうち、紀和定食Cになるのかな」

 新たなメニューの誕生。

「おい、まて」

 何でしょう……と言う前に、

「月城定食にしてもらいたい」

 紀和は答える。霧島はクスッと微笑み、

「はーい」

 と言いながら階段を下りる。


「ねーねー、あかねちゃん、今日はどうだった??」

 マネさんデビューの感想は?

「詰めが甘い。

 スプリントであるにもかかわらず、スタート・スイム・フィニッシュ、どれをとっても、雑で精度が低い選手が多い。そうでなくとも、もう一頑張りすればタイムが伸びるであろう者もおる。これでは、いくら練習しても試合での結果を期待できん」 

 月城だから辛口と言う程ではない、チームのマネさんとして必要な範囲のコメント。

「確かに今のままでは練習量の割にレースでタイムを伸ばせない可能性はある。

 普段の練習から指示は出しているし、技術的な練習のメニューもやってはいるが、そういう問題ではないのであろう。

 練習漬けにしているためか、決して悪いわけではないのだが、練習のための力の発揮の仕方になっている嫌いがある。

 次のレースは(試合に向けての練習メニューの)調整をする気は無かったが、多少コンディションに気を使い、テクニカルなメニューを使って、本番で力を発揮する感覚を思い出させる必要があるかも知れんな」

 競泳の話になると、僅かな差なので分かり難いが、どことなく、真剣さが増す。

「お、じゃあ、メニュー楽に何の?」

 そんなことは無いと思うが……、

「否、だからと言って、今やるべき練習をせずに、シーズン通してのタイムの伸びや、一番力を発揮するべき大きい大会で結果を出せなくては意味が無い。俺が考えているのは、練習ではなくレースに対する意識を持つ、あるいは、持てる様な環境・状態を作っておくと言う程度のことで、少なくとも大きくメニューを変更するつもりは無いのだが」

 だってよ。

「その程度のコントロールが出来ない者など辞めさせてしまえばいい。それこそ人数の足りていないマネージャーにしてしまった方がまだ役に立つ」

 月城だからと言う程かもしれない、マネージャーとしては少々厳しいコメント。

「えー、それは、可愛そうだよー」

 宝院は不安そうだ。

「確かに、自分で確りとコントロールできている選手もいるので、わざわざ出来ていない選手に合わせる必要がないとも考えられるが……」

 宝院は泣きそうだ。

「しかし、意識付けやコントロールと言ったものは思っているほど自由が利くものではないであろうし、練習の管理や環境が及ぼす影響も少なくは無い。少なくとも、今出来ていない選手が辞めさせられなければならない程に、それが特別怠慢な、あるいは、不自然な行為ではないと思っている」

 宝院は首を傾げている。

「出来の悪いものに気を使っていてはお前が伸び悩むぞ」

 それは大変! 宝院は慌てふためいている。

「管理する人間と選手は別であったほうが良いと言うのも分からなくないが、無いものをねだっても仕方が無いからな。俺が競泳選手であるために部が必要である限り、そのために出来ることを惜しむ訳にはいかない」

 うんうん。宝院はなんとなく安心している。

「ふん」

 本当は紀和のことが心配だっただけなのかな、あかねちゃん。宝院はぽーっとしている。

「確かに、チーム全体のことは紀和に頼りっきりな所もあるよな」

 宝院は頷いている。

「でも、紀和しゃんの代わりっていわれても……」

 宝院は更に大きく頷いている。

「俺は特に気にはしていないのだがな」

 宝院はうーんとしている。

「でも、お前がいなくなった時大変かもなー」

 確かに紀和のいない水泳部は想像できんね。宝院ははっとしている。

「で、でも、独しゃい的な訳では無いでっすし、ちゅたえることは伝わっ……ていると思います」

 そうでちゅねー。宝院はニコニコしている。

「じゃあ、一緒にいられる俺らがお世話になりっぱなしってことくらいか」

 宝院は感謝している。

「心配するな、我がおる」

 頼もしいね。宝院が感動している。

「頼もしいね」

 そして、怖いね。宝院は月城に抱きつこうとするが、なかなか上手くいかないようだ。

 

「お待たせさーん」

 待ちましたーん。ボリューム満点の紀和メニューはリーズナブルな価格で育ち盛りのアスリートを応援するパワフルなお食事を提供します。

「お、旨そう」

 練習後だから余計にな。

「たっ……、たくしゃんありますね」

 まあ、でも、ペロリと言っちゃうんでしょう。

「ふん」

 月城が一寸嬉しそう。

「いっただっきまーす」

 えっ!?

「頂こう」

 いやいやいや……。

 確かに、紀和とバカは良く食べるとは思っていたが、しかし、量がアスリートのそれではなく、どちらかと言うと、フードファイターのそれに近い。

「いやあ、米が良いね」

 先見はご飯大好き……、じゃなくて、突っ込めよ!

「あ、御吸い物美味しい」

 そりゃ、だしが違うんだよ……、って、だから、そうじゃなくて、突っ込めって!

「悪くないな」

 素直に美味しいって言えば良い……んじゃなくて、だから、お願いだから、突っ込んでください!

「あれー、なくなっちゃったー。ひーちゃん、全然足りないよー」

 バカ、早すぎるよ! 突っ込む前に食べきるなよ! 可笑しいよ!

「心配するな、まだコースメニューの十分の一くらいだ」

 こっちも完食……。おまえらスイマーやめてフードファイターにでもなれよ。

「……」

 うん、皆さん、食べることに集中してるね。

 

 このまま、誰一人突っ込みを入れることなく食べ続けるとか、あり得ないとは思うのだが、彼らにとってはそうでもないらしい。ある程度食が進むと、お食事時だったからか、練習後だからか、育ち盛りだからか、バカだったからか、他愛も無い会話を楽しみつつも、モリモリがっつりたーんとお食べになったそうだ。ごちそうさまでした。

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