出会い
男と女が向かい合っていた。
「俺にはお前が必要だ」
屈強な肉体をした男は声をかけていた。片っ端から、手当たり次第に。
「奇遇だな、我も汝に目をつけておったところだ」
相手を威圧する堂々とした風格のある女は男めがけて一直線だった。
ともかく、互いに求め合っていた二人はめでたく相対していた。
「どうしても必要なんだ」
「我の下で働け」
相思相愛の様である。
「まずは一度だけでも付き合ってくれないか」
「汝に拒否権はない」
男はびらを差し出すが、女は無視して間合いをつめた。似合いの二人である。
「頼む」
男は女の手を取り、零距離まで顔を近づけ、真正面から瞳を見つめる。
「そうか、そんなに我に仕えたいのか」
女は一切表情を変えることなく言い放った。
少々目立っているようだが、二人は周りを一切気にしていない。睨みをきかせ、視線を衝突させているようにも、男が女の手を取り気持ちを交えているようにも見える。ある意味シュールな光景であった。
暫く沈黙が続いた後、再び、お互いが相手を無視して話を続けた。言葉は加速し、お互い声が大きかったので聞き取れなくはないが、常人には情報処理が追いつかないスピードで会話が続いた。
おおよそ、男が話したのはこのようなことである。彼の所属する水泳部にはマネージャーがいないために練習などが十分にできておらず、急を要しているようである。片っ端から声をかけたのではあるが、なぜだか皆『気持ちは嬉しいのど……』とか『急にそんなこと言われても困ります』などと言われ、食い下がって見たところで最後には『ごめんなさい』と言われて立ち去られるそうである。焦ったところに現れたのが女だったようだ。全ての選手を管理し、支えていける器の持ち主であるとか、何だかんだいって女を誉めたおそうとしていた。尤も、男としては全て本心からの素直な言葉であったのだが。
女の話はもっと訳の分からないものだった。次世代の世界を創造するための創世神チームを編成しているようで、そのメンバーに加わって欲しいようだ。どうやらこの宇宙の生命体から選抜し、次の新しい世界を創るというプロジェクトが存在するらしく、その責任者である彼女が自ら優秀な人材を捜し求め、男に辿り着いたようだ。何やら難しい言葉を並べて延々と語っている。
いつまで経っても会話が噛み合わない。最初に相手に反応を示したのは男の方だった。
「お互いの言い分は把握した。そろそろ交渉しないか」
その瞬間女は勝ち誇ったような表情になった。それにしても、お互い好き勝手に離すだけでコミュニケーションが成立していたとは驚きである。
「我と交渉? 馬鹿を言うな。お前が我のものとなる。それだけの事だろう」
女は攻めの姿勢を崩さない。
「生憎だが、俺は誰かのものになる気は一切ない」
男は全く動じておらず、すばやく切り返した。
「ほう、我に勝てるとでも思っているのか?」
「勝つか負けるかの問題ではない。お前が俺を必要としている以上、お前が俺より強く、俺を打ち倒せたとしても意味がないことだ。その戦いはお前にとってリスクにしかならない」
「……やって見るか?」
一触即発。女は極めて好戦的だ。
「否、やめておこう。俺はお前に協力する事にそれほど抵抗はない」
男は落ち着いている。そして、何より言葉を返すのが異常に早い。
「ほう」
「水泳部としての活動期間中を除けば、いつでもお前に協力しよう」
「我が片時でも人のために雑用をするとでも思ったか」
「マネージャーは雑用係ではない。むしろ選手の上に立ち管理する人間だ」
「我は弱いチームは嫌じゃぞ」
「俺もだ」
「……いいだろう。我が名は月城あかね」
「俺は……紀和ひさしだ」
こうして交渉は成立した。