【第二部】マグノリアの花の咲く頃に 第二部(第四章ー第七章)& 幕間
王都で評判の芝居
サリーことサンドラは、フレデリックの妻として、王太子宮で暮らすようになった。サンドラは商家の娘として両親から教育を施されており、侍女として働くにはさほど問題もなかった。娼婦であったことを嘲る声もあったが、サンドラ自身が笑い飛ばした。
「手よりも口が忙しい連中の言うことなんか、気にしていられないよ。仕事ができない奴は、どこでもやることが一緒だね。相手にするだけ馬鹿らしいってもんさ」
その言葉通り、サンドラは侍女として有能だった。商人の子であり、娼館という女の園で働いていたサンドラが、人付き合いに長けていたのもあるだろう。
二人の結婚祝いの一つは、アレキサンダーからの芝居の招待券だった。
「最近、王都ではやりの芝居だ。興行主からの招待券だから良い席のはずだ」
ロバートの提案もあり、二人は王太子宮の馬車で出かけて行った。
帰ってきた二人は、礼を言うためといって、執務室を訪れた。執務室に入ってきたサンドラに、ローズはいきなり抱き着かれた。
「ローズ、あなた、頑張ったのね。とっても頑張ったのね」
ローズは戸惑ったが、抱き着いた方のサンドラが、涙を流していることに驚いた。
「お芝居、サンドラ、お芝居にいったのに、どうして泣いてるの。悲しいお芝居だったの」
「いいえ、違うわ。とっても感動したの。私」
サンドラは、そのままローズに抱き着いて離そうとしない。抱き着かれたローズは、戸惑いながらも涙を流し続けるサンドラの背を撫でた。事情を知るであろう、サンドラの隣に立つフレデリックをみたローズは、さらに戸惑った。
涙を流すサンドラほどではないが、フレデリックもなにか、感極まった表情をしている。
「そんなに素晴らしいお芝居だったの」
「えぇ、もうとっても。素晴らしかったわ、感動したの」
「そう、よかったわね。サンドラ」
感極まって泣いているらしいサンドラに当惑しながらも、ローズは二人が素晴らしい時間を過ごしたらしいことを、喜ぶことにした。
「僕、私はあなたが先輩でよかったです。幸せになってください」
その隣で、抱き着くほどではないが、普段より距離のちかいフレデリックに、ロバートが困惑していた。
「何の話かわからないのですが。あなた方は、芝居にいったはずですよね」
「はい、とても、もう、あの時のことを、私も思い出しました。本当に、あなたも大変だったのだと思うと、もう、感動して」
フレデリックの言葉にロバートは怪訝な表情を浮かべた。
「芝居で、感動するのはよいですが。なぜ」
「何の騒ぎだ」
アレキサンダーが、執務室に戻ってきた。
「アレキサンダー様!」
ローズを離したサンドラが、アレキサンダーに駆け寄った。
「本当に、ありがとうございました。招待券をいただいて、素敵な席で、素晴らしいお芝居で、もう本当に」
「ありがとうございました。私もあの一端に関わっていたとおもうと、誇らしいのと」
王太子宮内では、アレキサンダーは、さほど身分などの形式にはこだわらない。一部の貴族から田舎育ちと揶揄されるのもそのためだ。身分以外に誇るものがないものが、それに縋るだけだとアレキサンダーは気に留めていなかった。事実、下らぬことに拘る者は、ほとんどが下位貴族だ。
いくらアレキサンダーが形式にこだわらないとはいえ、フレデリックとサンドラが二人同時に話しては、訳が分からない。興奮してる二人はそれに気づいていないらしい。
ロバートはそんな二人に苦笑し、ローズの手を取った。
「戻りましょう。あなたはそろそろ休む時間です」
礼をまくし立て始めたサンドラとフレデリックの話を、なぜかアレキサンダーが興味深そうに聞いていた。
「あの分ではいつ終わるやら知れません」
「でも、お芝居のお話、聞きたかったわ」
見上げてくるローズは可愛らしいが、あの興奮した二人がまともに説明できるとは思えない。
「明日のほうが、落ち着いて説明できるでしょうから。あのように興奮していては、まとまった話もできないでしょう。明日、教えてもらいましょう」
「そうね」
「あの時、あの町でそんなことがあったなんて、確かに書状は見ましたが、」
微かに聞こえてきたフレデリックの言葉に、もう少し注意を払っておけばよかったとロバートは翌日後悔した。
翌朝、王太子宮中に広がっていた芝居の話にロバートとローズは赤面することになる。それは、イサカの町を救った恋人たちの話だった。
幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。
この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです
第一部第三章幕間 一世一大夢の舞台https://ncode.syosetu.com/n4842gx/
興行主はカールです
カールが情熱を注ぐ芝居は、王都で評判の芝居となりつつあります。
カールがアレキサンダーとの約束を果たせる日を、お待ちいただけましたら幸いです。