098 強欲商会、最悪のタイミングで殴り込み!? 朝食を邪魔する不届き者を前に、優雅にコーヒーを注文する使徒様の日常
街の散策とトナル商会でのドタバタを終えた俺とブラックジャガー獣人のノワは、地竜の馬車を預けてある『貴人の宿』へと戻ってきた。
宿の広々とした食堂へ足を運ぶと、すでに交渉を終えたジャイアントハーフの聖騎士リンが、テーブル席に腰掛けて俺たちの帰りを待っていた。
「タクミ様、ノワ殿、お帰りなさいませ。街の散策はいかがでしたか?」
「おう、ただいま! 色々あって面白かったよ。……それより、地竜の件はどうなった?」
俺が尋ねると、リンは少し困ったように綺麗な眉を下げた。
「はぁ……。一応、宿の責任者の方と直談判しまして、今晩一晩だけなら裏庭に滞在させて貰えることになりました。ただ、やはり宿のスタッフ全員が地竜の扱いに全く慣れていないため、数日間の連泊は無理そうです」
「あー、やっぱりそうか。まぁ、それならしょうがないね。明日の朝にはすぐに出発しよう。さっきトナル商会でドラゴンの解体を頼まなくて、結果的に大正解だったよ。3日も待ってられないしね」
「左様でございますか。……それでは、今夜のお部屋はすでに2部屋確保してありますので、まずはここで夕飯を済ませてから部屋へ向かいましょう!」
「おう、そうだね。もうそんな時間か。お腹も空いたし」
「さんせーーーいっ! 私もお腹ペコペコですぅー!」
ノワが元気に手を挙げて同調する。
(……え? 君、さっき屋台を巡って香ばしい串焼きやらホカホカの饅頭やらを、それぞれ『5個ずつ』満面の笑みで平らげてなかったっけ?)
突っ込んだら負けな気がしたので、俺はそっと心のシャッターを閉じてスルーすることにした。獣人の底知れない胃袋のポテンシャル、恐るべし。
その後、俺たちは宿の豪華な夕食を美味しくいただき、それぞれ男女に分かれて2部屋に宿泊し、旅の疲れを癒やしたのだった。
◇◇
明くる日の朝。
宿の食堂で、3人揃って優雅に朝食を楽しんでいると、外の街道から何やらただならぬ怒号や騒がしい足音が聞こえてきた。
「おい、そっちの路地を探せぇぇえ!」
「ここにはいねえぞ! 次の宿だ!」
「……なんだか外がやけに騒がしいね。何か事件でもあったのかな?」
気になった俺は、近くを通りかかった宿の従業員の青年に声をかけてみた。
「あ、お客様、おはようございます。どうやらですね……昨日、町で二番目に大きい『トナル商会』の倉庫に、本物のドラゴンの死骸を持ち込んだ不届きな……あ、いえ、凄腕の旅人がいたそうでして。現在、領主様の命を受けた衛兵たちが総出でその人物を探し回っているらしいんですよ」
「へ? ……ドラゴンの死骸?」
(うん、それ完全に俺だわ)
「何でまた、そんなに必死になって衛兵が探してるんだ?」
俺が内心の動揺を隠して尋ねると、従業員は声を潜めて教えてくれた。
「実は、この町を治める領主のヨイ伯爵は、自他共に認める大の『ドラゴンマニア』なんですよ。とにかくドラゴンに関するものなら何でも欲しがるお方でして……。そういえば3日前にも、どこかの冒険者が奇跡的に捕獲した『ドラゴンの赤ちゃん(幼体)』を大金で買い叩き、自分のペットにしたって言って城の中で大騒ぎしていたばかりなんです。今回の死骸の件を聞きつけて、どうしても自分のコレクションに加えたいのでしょうねぇ……」
「はぁ……。なるほどね。実に迷惑な話だなぁ」
(よりによってドラゴンマニアの領主かよ。本当に早朝からめんどくさい……)
俺がやれやれと頭を抱えそうになった、その時だった。
強欲商会長、最悪のタイミングで殴り込み
ガチャアァァァン!!!!!
宿の重厚な入口の扉が、壊れんばかりの勢いで乱暴にこじ開けられた。
数人の物々しい男たちがドカドカと食堂へ踏み込んできて、その中の一人が俺の顔を見るなり、勝ち誇ったような指を指して絶叫した。
「い、いたぞぉぉぉおおお!!! 探したぞぉぉぉおおお!!!」
てっきり領主の衛兵かと思いきや、そこに立っていたのは、昨日マウワージ商会で俺たちを買い叩こうとして床に転がっていた買取担当の男――マニーハだった。
「すいません! お願いですから、どうか、どうかあの高品質ポーションを我が商会に売ってくださいぃぃいいい!!!」
見れば、マニーハの顔はあちこちが青アザでボコボコに腫れ上がっており、鼻水を垂らしながら涙目で必死に懇願している。大口の上客(樽ポーション)を自分の強欲さのせいで逃したことがバレて、上層部にこっぴどく制裁されたのだろう。
ちっとも可哀想だとは思わないが。
「どけ、この無能め!」
泣きつくマニーハを容赦なく足蹴にして押し退け、一人の小太りなオヤジが傲慢に前に出てきた。仕立ての良すぎる悪趣味な高級服をまとい、鼻髭を蓄えたその顔は強欲そのものだ。
「お前か。俺はマウワージ商会の最高責任者、マウワージだ。……おい、お前らが持っている上級ポーションを、今ここで『有るだけ全て』我が商会に売ってもらうぞ。さあ、能書きはいいからとっとと樽を出せ!」
「……は?」
何なんだ、この絵に描いたような上から目線のクズ野郎は。
丁度お皿の上の朝食を食べ終えた俺は、ナプキンで優雅に口元を拭うと、冷ややかな視線をマウワージに向けた。
「断る。あんたらの商会には、1滴たりとも売る気は無いよ」
きっぱりと、1ミリの慈悲もない拒絶の姿勢を示す。
ちなみに、その隣ではノワが周囲の緊迫した空気を完全に無視して、宿特製のベーコンとスクランブルエッグを「ガツガツ、もぐもぐ」と猛烈な勢いで食べ進めていたが……うん、見なかったことにしよう。
マウワージの無礼な態度に、俺よりも先に限界を迎えたのはリンだった。朝食を終えた彼女は、静かに、しかし圧倒的な威圧感を伴って席から立ち上がった。
「……随分と朝から耳障りなハエが群れていますね。タクミ様、ここは私が迅速に『排除』いたします。我が主は、どうぞ食後の高貴なコーヒーでも飲んで、優雅におくつろぎください」
「おう、頼んだよ。リンだけでも十分お釣りが出るだろうしね」
俺はパチンと指を鳴らし、近くでガタガタ震えていた給仕のスタッフに声をかけた。
「すまない、食後のコーヒーを1杯持ってきてくれ」
「あ、私はスープのおかわりぃー!」
ノワがすかさず空のお皿を突き出して元気におかわりを要求する。マイペースの極みである。
俺たちのあまりの余裕ぶりに、マウワージの顔が怒りで真っ赤に沸騰した。
「おのれ……ッ! このメマルガの町で、この儂に逆らった愚か者がどうなるか、その身に教えてやる! ――おい、お前たち! こいつらを今すぐ力ずくで捕まえろ! ただし殺すなよ? ポーションの製造レシピを吐き出させるまで、我が商会の地下で一生『奴隷職人』として飼ってやるからなぁ!」
マウワージの背後から、ギルドを破門されたような見るからに人相の悪い5人のならず者(傭兵)たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて現れた。
「へへっ、お坊ちゃんよぉ! 痛い目をみたくなかったら大人しく縛られな!」
「手足の1本や2本、へし折られる覚悟はできてるんだろうなぁッ!?」
ならず者たちが一斉に、鋭く研ぎ澄まされた鉄剣をジャキィン! と引き抜き、リンに向かってじりじりと間合いを詰めていくのだった。




