049 傲慢なギルマスを言葉で蹂躙!完全論破された権力者は、魔王の前にただ跪く
血塗られた『魔王の手甲』を静かに見つめ、俺が泣き叫ぶレク王子へとゆっくり歩を進めていた、その時だった。
「――そこまでだあああああッ!!!!」
ギルドの奥に位置する執務室の扉が開き、地響きのような、やたらと威圧感のある怒号がホール全体に響き渡った。
その声を聞いた瞬間、床に這いつくばっていたレク王子や護衛たちの顔に、あからさまな安堵の色が浮かぶ。助けが来た、これで自分たちは守られる――そんな浅ましい安堵感が、兜の奥から透けて見えた。
(……やれやれ、勝手にホッとしてるみたいだけど。俺、こいつらを許す気なんて一ミリも残ってないんだけどな)
冷めた視線で振り返ると、そこには青光りする坊主頭に、むさ苦しい無精髭を蓄えた、やたらと体格の良い男が立っていた。重厚な革鎧を身にまとい、いかにも「この場の支配者」といった風情を醸し出している。
俺とレク王子たちの戦闘を、ただ呆然と遠巻きに見ていた一般の冒険者たちが、その男の姿を認めるなり、モーセの海割りのように左右へと慌てて道をあけて下がっていく。
その開かれた中央の道を、男はこれ見よがしに、大物ぶった足取りで悠々と歩いて迫ってきた。
「その勝負――この俺が預かる!!」
男はニヤリと傲慢な笑みを浮かべ、いかにも自信ありげに分厚い胸を張った。
自らの圧倒的な存在感で、この場を丸く収めてやろうという、実に不快な自惚れに満ちた態度。
だから、俺は一秒の猶予すら与えず、言葉の刃を突き立てた。
「――断る」
「……あ?」
あまりにも冷徹な即答に、男の笑みがピキリと凍りつく。
当然だ。どこの誰かも知らない、名前すら名乗らない無礼なオヤジの一言で、俺の大切な仲間に卑猥な想像をし、あまりにも無礼な言動を働いたゴミクズどもを、許してやる義理などどこにある?
「はあ!? 貴様、俺を誰だと思っていやがる! 俺はこの街の冒険者ギルドマスター、ドンゴルだ! これ以上、四の五の言うってなら、今すぐ貴様らの冒険者資格を剥奪(取り消)するぞ、ああん!?」
ドンゴルは顔を真っ赤に猛らせ、自らの持つ『権力』を盾にして俺を脅してきた。
だが、その程度の脅し、俺にとっては羽虫の羽音にすら劣る。
「ほう。面白い、取り消せるものならやってみろ。……その代わり、お前が泣きながら『どうかお願いですから、もう一度冒険者になってください』と、床に額を擦り付けて懇願するまで、そのツラを殴り続けてやろうか?」
「な、なにいいいいいっ!? 貴様っ……!!」
まさか、最高権力であるはずの「資格取消」というカードを真っ向から鼻で笑われ、逆に命の危機を突きつけられるとは思っていなかったのだろう。ドンゴルは血圧を急上昇させ、狂ったように激昂した。
だが、俺の追撃は止まらない。
「大体さ、お前みたいな無能がよくギルドマスターなんて名乗れたもんだな。身内の冒険者が理不尽な暴力を受けている間は奥に隠れて出てこないくせに、いざ形勢が逆転したら今更出てきて、王家に媚びでも売ろうって腹か? 冒険者の味方をしないギルドマスターなんて、この街には不要だろう。……それとも何か? 今日を限りに、物理的に二度とギルドマスターができない身体にしてやろうか、あ?」
「ぐぬぬぬぬ……っ!!」
完璧すぎる正論、そして逃げ場のない正論。
ドンゴルは反論の言葉を完全に失い、ギリギリと歯が軋む音をギルド内に響かせることしかできない。
「さあ、どうした? 凄むだけならガキでもできるぞ。……掛かって来いよ」
俺は黒紫の瘴気をまとう魔王の手甲を軽く打ち鳴らし、ドンゴルを明確に挑発した。
「くっ……!」
ドンゴルは、怒りに任せて拳を握りしめ――そして、ふと、俺の足元へと視線を落とした。
その先にあるものを見て、男の身体が劇的に硬直する。
そこにあったのは、心が完全に粉々に砕け散り、白目を剥いて口から泡を吹きながら、今なお小声で「しゅいましぇん……ひゅるして……」と虚空に向かって謝り続けている、哀れな護衛隊長の姿だ。
ドンゴルは、今更になって最悪の事態を思い出したらしい。
目の前で廃人のように転がっている男は、自分よりも遥かに強く、幾多の死線をくぐり抜けてきた、あの高名なマヒロシ王国の『護衛隊長』なのだ。
それが、素手の若者を前に、防具ごと肉体を破壊され、心をへし折られて壊れた人形のようになっている。
(――勝てるわけがない。この化け物と戦えば、次は自分がこの肉塊になる)
冷酷な現実を脳に突きつけられ、今更になって全身からドバッと冷や汗を噴き出し、焦り始めるドンゴル。
「どうした? 口先だけか? 俺に対してそれだけの大口を叩いたんだ。当然、この男のようになりたいから、そこまで偉そうに出てきたんだろう?」
俺は顎で、ピクピクと痙攣する護衛隊長を指し示す。
「い、いや……! 儂は、別に貴殿に戦いを挑んでいる訳では、無いんだよ……」
ドンゴルは慌てて両手の平を胸の前に突き出し、急激にトーンダウンした。情けないほどに声が震えている。
「じゃあ、黙って見てろ」
俺はドンゴルに興味を失い、完全に背を向けて、再びレク王子たちのほうを振り返った。
ドンゴルが出てきたことで、「これで助かる!」とホッとしていたレク王子たちは、当のギルドマスターが一瞬で戦意喪失したことを知り、冷や汗を滝のように流して、絶望に満ちた悲しい眼をしてガタガタと震えていた。
だが、ドンゴルもここで引き下がるわけにはいかない立場だ。背後から、縋るような声をかけてくる。
「ま、待ってくれ! お、お前は何が望みなのだ!」
「――お前?」
俺はピキリと不快感をあらわにし、再びドンゴルをギロリと睨みつけた。
「お前呼ばわりされる覚えは無いぞ。どこまで上から目線なんだ、あんたは」
「な、名前を知らないんだから、し、しょうがないだろう……っ!」
まさか「お前」という代名詞一つにここまで過剰に反応され、殺気を向けられるとは思っていなかったのだろう。ドンゴルは完全に動揺し、目を泳がせている。
「ふ~ん。あんたは、名前を知らない相手なら、一国の王や上位の貴族であっても『お前』呼ばわりするのか? 少なくとも、自分との圧倒的な身分差を弁えていない。そして、自分より遥かに強い者に対する言葉遣いではないだろう。あんたは、そんな簡単な礼儀すら分からない馬鹿なのか? ――やっぱり、ギルドマスターの器じゃないな。ギルドマスターなんて、今すぐ止めちまえ。……それとも、俺が今ここで、強制的に辞めさせてやろうか?」
「うっ……!」
頭頂部からつま先まで、ドスの効いた威圧感で射すくめられ、ドンゴルは二の句が継げなくなった。
顔面は土気色に変色し、完全に精神をへし折られている。
「――引っ込んでろ」
俺が低く吐き捨てると、あれだけ自信たっぷりに現れたはずのドンゴルは、
「は、はい……」
と、蚊の鳴くような声で呟き、何もできずにその場でただガタガタと立ち尽くすだけの置物と化した。
周囲の冒険者たちは、街の最高権力者が一瞬でただの木偶の坊にされた光景に、もはや声を出すことすら忘れて硬直している。
静まり返るギルドの中で、俺は再びレク王子の前に立ち、その赤黒く染まった魔王の手甲を彼の鼻先に突きつけた。
「おい、レク。……この落とし前、一体どうやってつけるつもりだ?」
「ひ、ひぃっ……! な、何をお望みでしょうか……っ!? 何でも、何でもいたしますから……っ!」
レク王子は恐怖のあまり涙と鼻水をボロボロとこぼしながら、恐る恐る上目遣いで、こちらの顔色を伺ってくる。
(さあ、この傲慢なだけのクズどもを、一体どうやって料理してやろうか――)
俺の口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。




