小さなわんこの物語
少女との出会いは、冬の河原の土手だった。
陽も落ちようかという夕方に、少女は彼を見つけた。
柱に首輪と紐で縛り付けられ、身動きできなくされていた。
少女は、身体の大きさに合わない大きなビニール袋を持っていた。
そしてコッペパンを一つ取り出した。
彼は小さく震えていた。
初対面の少女に対して吠えた。
「来るな。近づくな!」
それでも少女は、言った。
「おなか、空いてるんでしょ?」
その日から、彼と少女は友達になった。
少女は彼の事を「たろう」と呼んだ。
彼もまた、自分の名前が「たろう」なのだと思った。
少女は昼間どこからか帰ると、彼と一緒に土手へと向かった。
少女は彼から離れず、彼もまた少女に甘えた。
そんな事が何年も続いた。
彼と少女の別れは、突然にやってきた。
彼は最期の瞬間まで、少女の事を呼んだ。
何回呼んでも届かなくて。焼けるような煙で喉が焼かれて。
はちきれそうになるくらい叫んでも。
少女には分からない言葉で、彼は少女の名前を叫び続けた。
少女は彼の元に来なかった。
来れなかった。
彼がいなくなって、六年が過ぎた。
彼のいた世界はもう無い。
彼の事も、誰も覚えていない。
ある人物を除いて。
毎年決まった日に、河原の土手にある小さな石の墓標に供え物が置かれる。
誰が置いているのか、何を想って置いているのか、知る人はいない。
毎年その場所には、決まってコッペパンが一つ置かれる。
わんこの大好きだったコッペパンが。
もう彼は帰ってこない。
どんなに待っても。
墓標の前で赤く長い髪の少女は今年もしゃがみこんでいる。
彼は大人になった少女を見ながら、いつまでも美味しそうにパンを食べている。