第2話 パトリック・リリー
「いたぞ! あの女たちだ!」
がちゃりがちゃりと鎧を鳴らせて走る男達。たった二人の少女を追うためだけに十人もの人数が集まっていた。男らはみながっしりとした体つきで、頭領と思われる男は無精ひげを長く伸ばし、特に威圧感を放っている。
「随分手間取らせてくれたな、クソジャリ共。お前らが『ニホン』から来たことくらい、とっくに調べはついてるんだ。大人しく俺たちについてくればそんな怪我せずに済んだんだがな」
「誰がっ……! あなた達に涼子は渡さない!」
「お友達を守りながら十対一で、本気で逃げ切れると思ってるのか? あの時そっちのお嬢ちゃんを置いて逃げればよかったものを」
「そんなことっ……」
少女は歯噛みした。大切な親友を置いて逃げることができないことなど向こうも知っているくせに。しかし、ここには二人しかいない。作戦通りうまくいったようだ。
本命は後ろにいる。
「そっちの眼鏡の女は好きにしていい、やれお前ら……なっ!?」
「ようゲオルク、一年見ないうちに随分デカい態度をとるようになったじゃないか。女の尻ばっか追いかけて周りが見えなくなるのは変わってないな」
九人いた取り巻きは簀巻きにされ、無様に地を這い蹲っている。少女が気を引いているうちに風の魔術で音を消し、拘束したのだ。
「リック……!? お前らしくない汚い魔術の使い方だな、なんでまだネイピアにいるんだよ」
「それはこっちの台詞だけどな……グロウリーの名が泣くぜ。ゲオルク・グロウリー、誇り高き聖人さんよ」
「こんなことをやってでもないと、生憎部下を食わせてやれないんでな。俺はその少女に用があるんだ、さっさと帰れよ」
腰の剣に手を当てるゲオルク。少年もまた、それに応える。ほんの数秒、両者は沈黙する。その空気に、少女は呆然としていた。
静寂を破ったのは、ゲオルクの声だった。
「なんてな、お前とやりあって万に一つも俺が無事でいられる可能性はねえ! ここは逃げさせてもらうぜ! 【脱兎】!!」
ゲオルクが術を唱えると腰の剣が煌めき、猛烈な勢いで空へ飛びあがった。同じように、取り巻きの得物も光を放ち、共鳴するように魔術が発動した。
「まてコラ! 今の真剣勝負な雰囲気だっただろうがー!」
簀巻きのままの取り巻きと共に、空の彼方へ飛び去ってゆく。張り詰めた空気が一転、三流喜劇のような安っぽさを帯びる。
「あの、私たち、助かったんですか……?」
「まあ……助かったというか、見逃してやったというか」
若干、消化不良ではあるものの、けが人がいる中でいつまでも荒れ地にいるのは好ましくないため、町へ戻ることにした。
『誰がっ……! あなた達に涼子は渡さない!』
『私たち、助かったんですか……?』
友人の、声が聞こえた。はっきりとしない意識の中で、華鈴の声が響いていた。
『ここって、ゲームの……』
『私がいるから、大丈夫だよ!』
『宝くじの一等、当たらないかな?』
最後がなにか、おかしい。
「いや宝くじ今関係ないでしょ!?」
唐突な宝くじで、意識が覚醒した。というかあたし、なんで今そんなこと思い出したのだろう。
「あっ、涼子! よかった、やっと起きたんだね……!」
「え? そうだ、私、お腹刺されて……ない?」
「俺が治したからなー」
「ふぁっ!? ありがとうございます!?」
後ろから突然声をかけられた。どこかで聞いたことがある声だったような……。
あたしは後ろに振り返った。
「よう、体の調子は大丈夫か? 女の子だから傷跡残らないように滅茶苦茶頑張ったぞ」
「あ、お気遣いどうもありがとうございます……。あれ、あたし、あなたとどこかでお会いしましたっけ……?」
白髪の長髪に、紅い目。どこかで会っていれば絶対に忘れないような見た目をしているのに……
そもそも、日本であたしはそんな人見たことがな、い……
「もしかして、聖様……?」
「ん? 俺の和名知ってるの? 俺もそこまで有名になったかー」
間違いない、白髪で長髪、紅い目、一人称が俺で鍔の無い直剣を腰に下げている……
大人気スマートフォンゲーム、『エピックオブパンテオン』の最強ユニット、『百合聖/パトリック・リリー』様……!!!
「くぁwせdrftgyふじこlp」
そうか、これは夢だったんだなあ。片思いの人(二次元)があたしのことを心配してくれるなんて……
あたしの意識はここで一旦途切れた。