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傭兵と異世界学生  作者: しげはら
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第1話 荒野のサイクリングロード

「俺は今、風になっている」


 痛々しい言葉を呟く少年。絹糸を思わせる長く艶やかな白髪が風に揺れる。しかし気ままなサイクリングと呼ぶには厳しいものがある。

 周り一面の荒れ地。最低限の舗装すらなされていない道を、少なくとも馬車馬が走るそれよりも4,5倍の速度で駆けている。飛び交う砂や埃も何のその、ただ風を感じることだけを楽しんでいる。


「あー、そろそろ【カミカゼ】きれそうだな。時間的にもちょうどいいし、帰るか」


 街を出て数十分。魔術の効果も切れはじめたため、少し離れたところに川が見えてきたあたりでUターン。一度自転車から降りる。背中に背負った多少の荷物を下ろし、ふうと一息ついた。


「近くに水場もあるし、久しぶりに剣でも降るかな」


 荷物をほどき、鞘から得物を取り出す。柄と刃だけの、剣と呼ぶには余りにも質素すぎる長物。反面余計な部分を取り除いてあるため、軽く、重心が安定している。


「砥石砥石……よし、川までゴー」


 愛車にまたがり、川へ向かう。その時、二人の少女の姿が見えた。一人はもう一人の肩を借りている。この時期の気候は日差しが強い。日射にやられたのだろうか。


 声をかけてみることにした。


「おーい、そこなお二人さんどうしたんだー?」


 こちらが声を張ると、肩を貸している方の少女が反応した。しかし彼女も疲弊しているのか、声は聞こえてくるものの何を言っているのかまでは解らなかった。【カミカゼ】を唱え、一気に近づく。


「っ! マジか……」


 その際、よろしくない事に気がついた。片方の少女の脇腹から出血している。上等そうな服に、こぶし大ほどではあるが紅色の滲みができている。

 よく見ると目の焦点が合っておらず、意識があるのかも怪しい。


「おい、大丈夫か!」


只事ではなさそうなその姿に、少年の顔に焦りの色が浮かんだ。


「助けて、ください……!」


   *


「最低限の止血はしてあるが、でたらめすぎるな。これじゃ傷口がガバガバだ」

「すみません……これが、精いっぱいで」


涙を零しつつ謝る少女。本当に必死だったのであろう、彼女の顔や手にも血がこびりついている。


「自分もケガしてるのにここまで出来れば上々だって。なに、少し木陰で休ませればこの子も直に目を覚ますよ」

「……」


目の前の少女を安心させるように柔らかい口調で話す。しかし、彼女はどこか焦燥しているように見える。フォローが足りないのだろうか、もう少し宥めることにした。


「大丈夫だって! 出血の量も多くないし、脱水してる様子もない。安静にしていれば治るよ」

「いえ……早く、安全なところまで行かないと……」


余りにも周囲を気にしている様子のため、不審に思った彼は問う。


「何か、あったのか」

「はい……」


俯きながら弱弱しく返事をする少女。ずっと気を張り詰めているようで、顔からその疲労が見て取れる。


「ゆっくりでいいよ、辛いなら今言わなくてもいい」


 心を落ち着かせるように、数度深呼吸をさせる。やがて気持ちの整理がついたのか、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「昨日の、夜から、ずっ、ずっと追われ、てて」

「何もしてないのに、怖い顔した人たちが、私たちのことを」

「それでさっき、涼子……あっ、この子が捕まりそうになった私をかばって」

「うーん、人身売買か……? この街は大分治安を良くしたはずなんだけどな、まだそんなふざけた奴らがいるのか」


 彼は傭兵時代、傭兵団の副団長として各地を渡り歩いていた。その時にこの荒野地帯を有するネイピア帝国から団ごと雇われ、以来このやくざ稼業から足を洗うまでこの街の準衛兵として働いていた。奴隷商売(ゴミ)薬物売買(クズ)を生業とする犯罪者を斬り、生計を立てていたのだ。


「犬もいた、から……血の匂いで追いかけてくるかも……。だから、早くこの場所を離れて、人通りの多い所まで行かないと……」


 それは確かに面倒だ、と彼は頭を抱えた。少女らの気持ちを鑑みればここを早々に去りたくもなる。犬が血の匂いを嗅ぎつければ、ここへたどり着くのも時間の問題だ。しかし彼女らの片方は意識がなく、もう一人は完全に疲弊しきっている状態であちらこちらへと連れ回すのは上策ではない。

 いっそここで賊共を返り討ちにしてやろうかとも考えた。だがどう見ても彼女らは上級市民の身なりをしている。切った張ったの世界などに縁があろうはずもない。


「うーん……殺してしまうのが一番早いんだけど、流石に嫌だろ?」

「私は、大丈夫です……」


 意外な答えが返ってきた。強がりで言っているのなら、無理はさせたくないのだが。


「か、覚悟はしていました。いつかは人を殺めることも、しなければならない、と」

「そっか、困ったな。かなりきついと思うけど」


 剣を取り、鞘にもどす。ちいさなため息をつき、気持ちを切り替える。


「まあ、残念なことに俺は人を斬ることだけは得意なもんでね。お二人さんには傷一つ付けさせないさ」


 透き通る白い髪が、荒野に靡いた。

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