前日譚
「劇場はガキの遊び場じゃねえんだ! 帰りな!」
「言われなくたって、こんなボロ臭い所なんて二度と来ねえよバーカ! ハゲ!」
いかなる桀作であれ、著者がまだ年若いというだけで不当な扱いを受け得る。今回はたまたまその事例に当てはまってしまったのだ。しかし、作品を読んですら貰えぬとは流石に考えてもいなかった。
先ほど追い出された劇場は、会場それ自体の規模は小さいとはいえ、凡作ですら名作であるが如く演じる劇団員たちが集う、この国でも有数の劇場である。それに、団長は皇帝から文化勲章を賜るほどの桀人だ。
そのように優れた劇団でも、門前払いの扱いを受けたのである。確かに、いきなり『俺の作品を演じてくれ!!』などと言われてあっさり頷くような劇団ではないのは言うまでもないのだが。
「団長直々とは言わないまでも、せめて団員が応対してくれりゃあなぁ……」
「下っ端相手じゃ通るもんも通らねえっての!」
前職から足を洗って二か月。未だ彼の作品を演じて見せようという数寄者はいなかった。このままではそこらの親無しのように野垂れ時ぬのは免れない。
運の悪いことに、彼が生計を立てようとしているこの地域は荒野と隣り合わせである。今はまだ雨季・温暖期であるが、じきに乾季・寒冷期がやってくることを考えると、多少の稼ぎでは生きてゆけぬのは目に見えている。
劇場を追い出され、行く当てもなくなった彼は、結局は宿まで戻ってきたのであった。
「はあ、ただいま帰りましたあー」
「だから言っただろ? いくら嬢ちゃんだって前の仕事から真逆の方向に鞍替えしてもうまくいかねえって」
宿の主人はやれやれ、といった風に肩をすくめる。
「嬢ちゃんじゃねえって。いったいいつになったら大将は俺のことをちゃんと男扱いしてくれるんかね」
「少なくとも嬢ちゃんが『子供女性料金』でうちの宿に住み着いてる間はねえな」
「金がないんだから仕方ないだろぉ!? それに初めてここに来た時に何回言っても女性料金で泊めようとしてたのはアンタだろ!」
それを言われちゃあ何も言えねえな、と言って宿の主人は苦笑いした。しかしこの男、少年が男だと分かった後もそのままの料金で泊めているあたり気のいい奴である。
「じゃ、俺愛車の点検してくるから荷物よろしくな」
そう言って彼は背中に背負った鞄を主人にぽい、と投げ渡した。あいよ、と返事をし、左肩に鞄をかける。
「しっかし相変わらずえれぇ荷物だな。仕事無いのにこんなに持ってどうすんだ」
「うるせえよ! だから仕事探してるんだよ!」
*
「この自転車を売ればそこそこ良い値段でイケるじゃないか……? いやっ、いくら使っていないとはいえ【カミカゼ】の譜を刻んであるんだ。こいつにかけた労力を思い出したら売れねえよ!」
彼の愛車には、【カミカゼ】という魔術が刻印されている。物体の速度を著しく上昇させる魔術で、効果を付与する物体の大きさが大きいほど刻印には手間がかかる。銃の弾丸などに刻んでおくのが普通の使い方だ。自転車などに刻印しようと思えば、並みの労力では済まない。
「三日三晩、寝ずに頑張ったんだ……もはやこいつは俺の魂と同然、一心同体だ」
「うっし、たまには何も考えずにサイクリングでもいくか!」
目の前の問題は片付いていないものの、考えすぎても仕方がないと悟った彼は、気分転換に町を散策することに決めた。何年も暮らしているが、前職で忙しかった時には気が付かなかったような発見があるかもしれない。
「いけね、鍵鞄の中に入れっぱなしだ」