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シンヤは剣士ではない。どちらかと言えば拳士であり、己の肉体を用いた戦いを戦術としている。その最大の理由は彼の能力にあるが、それは今話しても仕方がないことだろう。どうしてそのような戦い方をしているのか、それはそういう戦い方を家族から習ったからである。だが、それ以外の戦い方をできないと言うわけでもない。彼は彼の祖父や祖母から様々な戦い方を習っている。剣、槍、それ以外にも色々と。彼のいた世界においては基本的な戦闘手段は剣であるため剣を習うことが多かったが。
つまりシンヤの剣技はそれなりの腕前を持っていると言うことである。しかし、今回問題となるのはその相手。相手が魔王と言う強者であり、昔から剣を振るい続けた実力者であり、なおかつその剣が神の作った神剣であると言う。それにシンヤの勝ち目はあるのか?
「ぐっ!」
「あっけなく斬れるではないか! まるで豆腐のようだな!」
「豆腐を知ってるのかよっ!」
勝てるはずがない。シンヤの持つ剣は一般的な武器屋においてある普通の剣であり、別に弱くもないが強くもないものである。まあ、サフィラの家は上位の冒険者向けの武器を取り扱っていると言うわけでもない普通の店舗であるので仕方がない。そもそもミルハが武器の強さを選ばないこと、シンヤが武器を使わないこと、クレアが弓矢を扱うこと、キェモアの基本戦闘手段が魔法であること、ヤカワタが妖精であること、そういった武器にほぼ依存しない彼らの強みがサフィラの所での武器購入が続けられた理由である。そもそも彼らの場合そんな頻繁に武器を変えるようなこともない。半ばシンヤが行っている場所だから訪れるみたいな友人の家を訊ねる感覚だろう。集合場所に都合がいい。
まあ、そういうことなのでサフィラの所から持ってきたシンヤの取り扱う武器は魔王相手にあっさり叩き斬られるのである。もっとも、それに関しては持ってきた武器が極端に悪いと言うわけでもない。仮に持ってきたものが業物であってもそこまで長持ちはしなかっただろう。何故なら魔王の持っている武器は本来魔王と言うような絶対的な強者を倒せるようにするための神の作った剣なのだから。
「ちっ」
流石に武器をまともに振るっても勝ち目はないとシンヤは考える。精霊を纏わせるにしても、魔王自身の力と神剣の性質、またその剣に宿る精霊の存在が精霊の力を減衰させる。精霊が神剣に対しどうにも抵抗できないと言うか、攻撃できないと言うか、そもそも神剣の中に存在する精霊の存在を他の精霊が助けたいと願っているせいもあって手を出せない。武器も神剣を相手にするのであれば精霊の力を宿しても数回しか打ち合えないだろう。
ゆえに、シンヤは己の能力を使う。
「む? ほう、面白いことをする!」
「くっ」
「その腕を剣とするか。一体化とでもいうものなのか? 面白い、面白いが…………それでどれほど持つ?」
魔王が凶悪な笑みを浮かべる。シンヤは<憑装>の能力で剣を己の体に宿し纏い、その剣、剣を宿したことで剣化した腕を用いて打ち合っている。しかしそれも恐らくは長続きしない。シンヤと一体化した剣は結局のところ普通の剣だ。それをシンヤが宿したところでシンヤ自身の強さが大きく変わるわけでもなく、剣としての能力が変わるわけでもない。幸い能力とそれを扱うための力の総量が大きいので多少は打ち合えるような無茶もできるが、しかしシンヤがこのまま戦うだけではどうしようもない。
「はあっ!」
「おおっ!」
シンヤの身体剣化による戦いは拳を主体とした戦いの頃とは少し違う。まあ、違うのは当然と言えるだろう。武器を持っている状態、拳を握って拳を攻撃手段とする状態、そして体を剣化して戦う状態はそれぞれ違うのだから。ただ、シンヤはむしろその戦い方が悪くない、武器を持って戦うよりもはるかに戦いやすいようではある。それはシンヤが拳で戦っていた時とほとんど差がないと言うこともあるが、それに関しても彼は祖母の一人から習ったというのもあるだろう。
ただ、習ってそれなりに扱えると言っても普段は使わない戦い方であるし、そもそも相手の持つ武器、相手の持つ戦闘力、そういった物を考えればシンヤがどれだけ強かろうとも届かない。そして、シンヤの剣化した体は討ち負ける。
「っ!!」
バキン、と金属が割れるような音がしてシンヤの腕から能力による一体化の解かれた剣が排出される。
「ははははっ! 我には勝てないようなっ! ここまで戦えるとは思わなかったが……我に殺されることを誇るがいい!」
魔王の持つ剣がシンヤに向かう。シンヤはそれをその腕で防ごうとする。そして、魔王の剣がシンヤへ届いた。
シンヤの持つ<憑装>の能力は憑依し装着する能力である。まあ、それは文字通り名前を読めばそうなると言うだけだ。究極的に言えば、存在同士の一体化、同一化である。シンヤは己の持つ能力を、自身の存在に対象を宿し、その力を引き出し己の身に纏う能力である、と考えている。自分に宿すことが"憑"であり、その宿した者の力を引き出し纏うのが"装"である。まあ、これはシンヤ自身の思い込みや深読み、能力の扱い方からそうではないかと考えただけではあるのだが、そういった本人の思い込みはそのまま本人の力となりやすい。
普段彼が精霊を宿すのは、本人が祖母から引き継いだ精霊との関係性、親和性、そういったものが高いと言うのもある。精霊が身近に常にいると言うのも理由である。だが、同時に、精霊にはもう一つある特徴があると言うのもある。これは特に下位の精霊に顕著であるが、精霊は明瞭な自我を持たない。もちろん上位に行けば行くほど自意識を持ち個の精霊となっていくのだが、下位から中位に成り立ての精霊はそこまで高度な意思を持たない。シンヤ持つ能力は己に宿すと言う都合上、高い意志性、知性、知能、情報を持つ存在は受け入れづらい傾向にある。一体化するのだからこそ、相手側に意思がない方が都合がいい。だからシンヤは基本的に精霊を使う。
だが、別にそれは意志のある存在に対し<憑装>の能力が使えないと言うわけではない。彼がその能力を扱うには、その相手に触れる必要性があると言う性質があるが、基本的に何でも宿すことは一応できる。例え人間でも、例え武器でも、例え精霊でも。そして、それは……相手が持っている、所有している武器であるとしても。神剣と呼ばれるような存在であるとしても。
「……時間との勝負だな」
神剣、そこに宿る精霊の意思の内。そうであると思われる世界にシンヤは入り込んでいた。




