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「俺を誰も他の冒険者がいないような、一番前、その更に先に配置してくれ。あの集団を、できる限り俺が相手をする、そうできるような場所に」
シンヤの発言を、カナリア、マーニ、セイジが聞き、その内容を受け入れた。しかし、実際にそれを素直に受け入れるのはかなり難しい話である。いくら上位冒険者と言えども、たった一人を無数の数の魔物が襲い来る中に放り込むような、生贄、囮とも言えるような最前線への配置。権限としてはカナリアたちに決められる部分が強いとはいえ、しかしその犠牲を強いるような行為に反発する職員も少なくはない。
「大丈夫ですか、これ? 結構彼を前に置くことに反対な人多いですよ?」
「それは先輩に聞いてください……私としては全く問題ないと思ってますけど」
「マーニさん……それで、カナリア先輩はどうお考えなんですか?」
セイジがカナリアに訊ねる。彼としても今回のことはどうにも疑問である。一人の冒険者を犠牲にすることではない。あくまで一冒険者に過ぎない、上位の冒険者とはいえ戦力的にはそこまでではないだろう冒険者を最前線に配置することに関して、疑問的なのである。
相手は軍勢である。たった一人、前に置いたところで一兵も倒せず犠牲になる……ということは流石にないだろうが、しかし無為に消費されるだけでしかない。効率よく、的確に。無駄を省き、出来得る限り相手に最大の消耗を、自分たちは最小の被害を。上位の冒険者をむざむざ失うくらいなら、中位くらいのそこまで強くない冒険者を失った方が痛手は少ない。中位くらいの冒険者なら替えがきくのだから。
「そうですね……普通に考えれば、彼を配置するのは悪手、もしくはあまり意味の無い手に見えますね」
「そうですね、普通に考えれば……ですけど」
「……どういうことです?」
カナリアとマーニはお互い納得しているような感じだが、それを見てセージはよくわからない、どういう意味だと言いたい。二人にしかわからないようなことを二人にしかわからないように話されても困る。ギルド職員として、決定権を預かる側の人間として、そのグループとして、彼は出来る限りのことを知っておきたい。今回、彼は案内人としてゴブリンキングの元へ冒険者たちを連れていく。あくまでその洞窟までだが、しかしこの場所から外れるので知れることは今のうちに知りたいと言うことである。
「ギルド職員、私達のような、受付や査定を行う人間は普通じゃないんです」
「先輩、その言い方は誤解を招きませんか?」
「そうねー……なら、こういいましょう。私たちは冒険者、それも元上位の冒険者だと」
「それは僕も同じですが……」
ギルド職員は元冒険者、特に前に出て色々と話をしたり持ち掛けたり、査定を行い支払うお金の算段をつける、セイジのような案内役は微妙だが、カナリアやマーニの立ち位置は結構冒険者側の絡みによる被害が大きい。いちいちそれらに対処する職員を用意したり、その事実を確認して冒険者を罰する手間を考えると、職員自身がそれをやれるのが一番いい。なので職員は元冒険者を雇うことが多い。冒険者の中には荒事しか向いていない者もいる。そんな人間でもギルドとは幾らかの付き合いがある故に、職員の仕事をできるものも……多くはないが、それなりにいる。ギルド側としても元冒険者の扱いは困りどころ、その将来の仕事先の斡旋は悪い選択肢ではない。
「上位の冒険者でも、その強さには違いがあるんです。私やカナリア先輩と、セイジさんではぜんぜん強さの質が違います」
「……それは初耳ですね」
「さっき出てもらった冒険者たちも、その扱いですよ? 待機してた上位冒険者は他にもいましたよね」
「………………」
思わぬ事実に打ちのめされるセイジ。まあ、この事実はそこまで多くの人間が知っているわけではない。うすうす感づいている人間もいるだろうが、しかしあくまで推測、もしかしての感じである。ギルド側としては明確にそれに関して答えることはしていない。セイジもギルド職員なので知っていてもおかしくはないが、そこは恐らくセイジの立場がまだそこまで行っていないからだろう。その点でも上位でも差がある感じである。
「先輩、実際彼をどのくらい強いと見ます?」
「まあ、私よりも上かな……今わかってる限りでも、まだまだ余裕がある感じだから……」
「…………先輩以上ですか。まだ冒険者になってそんなに経っていないのに、とんでもないですね」
「以前から実力があったみたい」
冒険者と言えども、冒険者になる前の経歴がある。いきなり冒険者になる無謀な若者もいれば、老練の傭兵が冒険者になる場合もある。どちらも同じ最初は下位の冒険者だが、もともとの地力が違う。そう考えればわずかな期間で上位になるのも納得がいくだろう。いくら精霊使いや冒険者歴のある妖精がいるからと言って、その仲間が弱ければ上へはいけない。まあ、彼らの仲間にはエーデや今は強くなっているがクレアもいるのだが。
「まあ、そういうことなので彼は多分大丈夫ですよ」
「……そうですか」
「そもそも、彼の方から言い出したことです。自分でできない、やりたくないのなら最初から言い出しません。彼の事ですから、恐らくは自分にはそれができる、その役目を果たせるあったんでしょう」
シンヤにはそれをできるだけの確信があった……と言われてもセイジとしては困る。だが、それを受け入れる以外の選択肢はない。どちらにせよもう決まってしまったことだ。今更体裁が悪いので取り消す、と言うわけにもいかない。そちらの方がいろいろ問題視されそうであるゆえに。
そうしてシンヤは一番前に配置されることが決まったのである。
シンヤの配置に対し、クレアは少々特殊な配置になっていた。
「……よく見えます。シンヤさん、本当に一人でいるんですね」
クレア、射手である彼女は高所に配置されている。実のところ高所に配置されている射手は彼女以外にも少しいる。どの射手もそれなりの実力者である。クレアとしてはその射手らに並ぶかと言うと、少し劣るくらいだろう。それくらいだと配置されることはないはずだが、彼女はゴブリンキングに挑むミルハたち、軍勢相手に一番前に陣取るシンヤの仲間と言うことでその配置を貰った。
高所の配置は安全。絶対の安全はないが、しかし壁になっている冒険者たちの後ろで射手をする冒険者よりは安全だろう。狙いもつけやすく、より遠くまで射貫くことができる。あまり移動できないと言うよくない部分はあるが、しかしいい部分の方が多いだろう。
「まったく……なんであんなことを言い出したんですか」
クレアとしては今回の状況は納得がいっていない。彼女はミルハについていくつもりだったからだ。しかし、シンヤが残ると言い出したこと、ミルハが残れと言ったこと、ウイングスターにおける二人は基本的に方針の決定にかかわる人物であり、さらに仲が良い。男女の仲でないのはクレアとしてもありがたいが、しかし自分では絶対に入れないような独特の繋がりを持つ。そこは少し複雑な心境である。
「まあ、予想はつきますけど……サフィラさんですか? それともエーデさん? まさか……両方と言うことも? シンヤさんは、そういう雰囲気や言葉を出すことはないですからね……微妙に態度には出ますが、わかりにくいですし」
クレアはシンヤが街に残った理由は防衛、それもサフィラやエーデを守ることを意識してるものだと思っている。実際、それはその通りなのだが。
「………………はあ。ミルハさんたち大丈夫でしょうか?」
やるべきことはやるが、それ以上に彼女はミルハたちが心配である。まあ、今彼女たちは襲い来るゴブリン軍勢を避けながらキングの下に向かっている途中なので危険も何もないのだが。そんなふうに、彼女は配置された自分の出番を待っている。




