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蜘蛛の前に立つ。前と言っても目の前ではなく、その頭部の目の向いている先。視線の射線上。しかしその前に私たちの姿があっても蜘蛛は動かない。
「動く様子ないな」
「……他の場所では見られない光があります。それが蜘蛛の視界範囲なのでは?」
蜘蛛の周囲には蜘蛛を中心とした光が見える。他の場所とは違った明るい感じ。しかし、上を見上げてもその光の出所というものはない。ならその光は何なのか。そもそもこの場所に電灯のような明かりの類も、空のような光の差し込むような場所は無かった。その割にはどこにいても一定の明るさがあってものが普通に見えていた。もともとこの場所が発光しているのか、それとも光が無くても見える状態になっているのか。疑問はいいが今は置いておこう。この場所に降りてきたとき最初は床が見えない暗闇だったのになぜか途中から物が見えるようになったのは目が闇に慣れたとかそういうものが関係しているのかもしれない。そういうことであるなら、あの光の中にいる蜘蛛は闇の中にいるこちらを見通すことができないという可能性はあるだろう。
「じゃあ、ここから撃てば一方的に攻撃できるんじゃねーか?」
「流石に攻撃したら気づくんじゃないかしらー?」
「……そうだな。音もあるし、攻撃相手がいるなら襲ってきてもおかしい話じゃない」
一方的に攻撃できればおいしい話だが、学人の言う通り音で気づく可能性は低くない。それに攻撃を受けても何もせずに動かないというのもおかしいだろう。もしかしたら単に何かしてくるまで動くなという命令をされているだけで実はこちらをすでに発見している可能性だってある。
「確かにそうね。でも、どちらにせよ攻撃を仕掛けるなら最初は遠距離から撃って攻撃したほうがいいわね」
「だろうね。近づいて攻撃しようとしたらあの光の中に入ることになるからもしかしたら気づいて襲ってくる可能性もある」
「……では、銃を撃ってください」
「待て待て、その前に呪文使おうぜ!? 身代わりの」
今の今まで呪文の準備を忘れていた。それに撃つにしても攻撃準備をしないと。
「……そうね。先に身代わり防衛の呪文を幸也と鵺夜にかけておかないとだめね」
「あ」
「……お願いします。ちょっと焦ってますね」
「急がば回れ、しっかり準備しないといけないわね」
「じゃあ呪文唱えるぞー」
直人と私が呪文を唱え最前衛二人に対して身代わり防衛の呪文を使う。現実的に考えれば体力半分くらいのダメージってこう、体の半分の欠損……とまではいかなくても腕の一つや二つはなくなってるかもしれない。そういうのって普通痛みがひどくてそのまま攻撃するのってまず無理よね。そもそもこのゲームには気絶の判定もあるし、実際の体力にダメージ喰らえばかなりやばいんじゃないの? そう考えると二人に身代わり防衛の呪文は絶対に必要だ。直接戦闘を行う以上ダメージはかなり問題となるはず。これをかければ全力で近接戦ができるだろう。
呪文を唱え終わり、その効果を幸也と鵺夜に及ぼす。実際に呪文を唱えるのは初めてだからうまくいくかわからなかったけど、成功したみたいで鵺夜と幸也の体がうっすらと緑色の光を放つ。
「っ?」
「おっ?」
二人の体が光を放つと同時に体からごっそりと何かが削られるような感じがした。こう、MPみたいなものだけじゃなくて……自分の精神の一部が持っていかれるような感じ。
「もしかしてこの呪文……精神も削っていくのかしら?」
「消耗に関して全く書いてなかったからわかねえな……でもありえなくもないんじゃないか?
魔術書には呪文が書いてあったものの、それがどれだけMPを消費するものなのか、精神を奪い取る可能性があるのかなど詳しくは書いてなかった。及ぼす効果が多少と呪文の名前、呪文の詠唱くらいだけだ。読めばすぐに詠唱を覚えられたけどもともとそういうものなのだろう。
もしかしたら他の場所に別の呪文や呪文の詳しい内容、リスクに関して書いてある可能性はあったのかもしれないが、流石に他のすべての記述を詳しく読んでいる時間はない。付箋が張ってあって読む時間が少なくなるだけでもあの声の主には結構な温情なのかもしれない。
精神の消費があるような術であれば、MP消費も大きいかもしれない。今後身代わり防衛を使えるにしても恐らくは一度が限度、他の魔術を使えるかもわからない。まあ、同じ呪文でも金縛りはそこまでリスクはないと思う。せいぜいMPを消費しすぎて私たちが気絶する可能性があるのがリスクだろう。欠損治療は流石に精神を削る可能性はある。MP消費もでかいだろう。まあ、これを使う場合は流石にもうギリギリか生存を諦めるような状況になってそうだし今は置いておこう。
「で、もういいんだな?」
「直人と私で金縛りの呪文を唱えて待機させる、それが終わってからね。未遊、学人、お願い」
二人に攻撃準備を頼む。
「ううー……わかったわ。同時に撃つのかしら?」
「いや……先に君の方から撃ってくれ。俺はそのあとに相手の動きに合わせて撃つ」
「不安だわー……」
私と直人が呪文の詠唱をしている中、未遊が蜘蛛に対し照準を合わせる。同時に撃たないのは未遊の攻撃が外れた場合に相手が動かない場合、未遊が安全装置の解除を忘れて攻撃がミスする場合、などを考慮してのものだろう。できればダメージを与えるだけ与えてから近接戦に移ったほうがいい。
呪文詠唱が終わり、金縛りの呪文を待機状態にする。私たちの詠唱が終わったことに気づいた未遊がこちらを振り返ってくる。私は小さくうなずいて未遊に攻撃を促す。
「い、行くわよー!」
ぱあん、と破裂音がして銃弾が蜘蛛へと向かう。反動のせいか少しその銃弾は照準をつけていた頭部から逸れた軌道を描き、蜘蛛の胴体へと刺さる。深くはないが、胴体にしっかり食い込み銃弾が貫いた場所からは青色の血液がわずかに外に流れ出している。その攻撃、および体を貫いた痛みに反応し蜘蛛は金切り声を上げてその攻撃をしてきた射線元であるこちらへと向かってきた。
「前の二人、俺が撃ってから動いてくれ!」
学人が前の二人に向けて叫び、攻撃へと転じるのを遅らせる。学人はまだ撃っておらず、蜘蛛の動きを見極めながら撃つタイミングを計っているようだ。最前衛の二人は言われた通り攻撃に動かない。まあ、学人が撃つ前に動けば射線を遮って攻撃できなくしてしまう可能性もあるし場合によってはフレンドリーファイアもありうるだろう。そうでなくともあの蜘蛛が動いている状態に近づいて攻撃なんてそうそうできない……ああ、それで金縛りの呪文か。巨体が動いている状態で近づこうとしても難しいか。踏みつぶされかねない。
蜘蛛が光に照らされている範囲から外に出て、明確にこちらを視界にとらえたようだ。こちらを見据え金切り声を上げながら体を大きく広げる。そのタイミングで学人が銃を撃った。ばあん、と未遊の撃った時よりも明らかに大きい破裂音とともに、撃たれた弾丸は蜘蛛の頭部に命中する。頭部という重要器官に銃弾を受け巨大蜘蛛は大きくその体をその場でじたばたとさせ始めた。こちらに特攻してこないのはありがたいが、あれではこちらから前衛に攻撃してもらうのは難しいだろう。
唱えた呪文、金縛りの呪文の効果を発揮する。蜘蛛の動きを金縛りによって封じる。それにより私の中のMP……感覚的には力が抜けるような感じと共に、蜘蛛の動きがぴたりと制止する。
「今よ二人とも! 直人、私の呪文の効果が解けたらかけなおして! 私は呪文の再詠唱するから!」
「お、おう!」
鵺夜と幸也の二人が私の掛け声を合図に蜘蛛に攻撃を仕掛ける。狙いは頭部。こういった虫は生命力が強いし下手に胴体部を狙うよりは頭部を潰して機能を封じたほうがいい。
二人が攻撃しているうちに蜘蛛の動きが再開するが、そこに直斗が呪文のかけ直しをする。一度の呪文で十秒……詠唱にかかる時間を考えれば、一ターン行動の自由を許してしまう。ガンジスが工具を投げているがどの程度ダメージになっているだろうか。やっぱり銃担当の二人と前衛組に期待するしかない。せめて攻撃呪文でもあればまだ違ったのかもしれないが……
そう思っているうちに蜘蛛が動き始める。ある程度行動の自由は許してしまうが、その間は前衛組がなんとか抑えてくれた。私が蜘蛛の動きを封じ、その間に前衛組がなんとか蜘蛛の頭を潰した。
かなり内容があいまいだが、私の方からだとあんまり前の方の戦いは見えない。ちなみに銃に関してはもう一発ほど学人が撃ったくらい。頭部は狙えず胴体を狙ったようだ。
「げー……まだ動いてるぜアレ」
「……ほら、頭を潰しただけだと完全には死んでないんだろ。虫だし」
わしゃわしゃといまだに動いている。危ないから近づかないでおこう。別に死体をはいだりするわけでもないし。
「……で、どうするんだ?」
「とりあえずあの蜘蛛の巣が張られた先でしょうね。輝く杯があるのは祭壇らしいし」
「蜘蛛の巣はどうするんですか?」
「幸也、剣で取り払ってよ。長物それくらいしかないでしょ」
「……剣が使えなくなるかもしれないがいいのか?」
「素手でやるよりはいいでしょ」
「そうだな……しかたない」
そう言って幸也が剣を使って蜘蛛の巣を取り払う。剣に蜘蛛の巣がついたままだから確かに使えるかどうかは……そのまま相手にくっ付ければ嫌がらせに仕えるかも? いや、でも今のがゲーム的にボスのはずだからそもそも使う予定はないはず。あったらいやだ。あれより強いのがいるとか。
「よし、とった」
「じゃあ先に行きましょうか」
蜘蛛の巣を取り払い、神殿の奥、蜘蛛の巣のかけられていた小神殿の奥…………祭壇までみんなで向かった。




