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道中は特に何かに出会うこともなく安全に移動することができた。それもこれもルフェが襲撃される前に空や地上に存在する危険そうな魔物を中心に投石で撃退……というよりは殲滅しているからである。もちろん過度にやりすぎると問題になるため、本当に自分たちを襲ってくる可能性のある魔物だけを主に狙っている。動物の場合でも群れなどは全滅させるのではなく頭となるリーダー格のみを潰したり、近くに来た時点で気配を向けこちらに近づきたくないと思わせることで先に追い払ったりと人並みならぬ異様な実力で行っている。
そのことに関してベイズは苦笑するだけである。そんなふうに安全に進み、次の街へと到着する。しかしその街は目的地ではないらしく、数日滞在し、またベイズの馬車の護衛としてルフェ達がベイズと一緒に旅をする。
そうして彼らは他の街よりも明らかに重厚な壁、街の入り口に立つ兵士も……否、兵士と呼ぶのはふさわしくない様装である。むしろ騎士と言うのが正しいだろう。その騎士の護りが存在するようにこの街は他の街に比べ明らかに守りが固い。
それもそのはず、街の中央と思われる場所には結構な大きさの建物……城が存在しているのだから当たり前である。
「やっとついたね」
「……あの、ここって」
「凄いなあ……」
見たまま思ったままの感想を語るルフェ。城という巨大な建物を見るのが初めて故の単純な見たまま感じたままの感想だろう。
「王都ログライン。まあこの国の中心、首都ってやつだね」
「ここが首都……なんですか……」
そうアイネは納得したように言うが、首都と言うものがいまいちどういう者かは理解していない。ただそのままベイズの言った通り中心にある街……くらいにしか考えていない。物理的に中心にあるという間違いでなければそれであっているだろう。
「そういえばこの国の名前ってなんだっけ?」
「……ルフェ、流石に冗談よね?」
「いや、ちょっと修行中色々あったせいか結構知ってること忘れちゃっててな」
軽く言うことではない。自分の住む国の名前くらいは憶えていなければおかしいと思われるだろう。ルフェの場合ちょっとした事情で二年ほど神様のところにいたのだからその影響でこちらのことを知りえないまま修行させられていたのである意味仕方がないのだが、それに対して他人が理解してくれるとは限らない。そもそも言った所で信じてもらえるかは怪しいだろう。
「はは……この国はハーメモリアだよ。ここはその首都ログライン。まあ、覚えていなくても生活は出来るだろうけど」
ベイズも流石に少々あきれた様子である。もっともちゃんと分かっていない所は教えてくれるあたりいい人である。
「……あの、ここで仕事をするんですか?」
「そうだよ。ここの宿でね。大人数を収容するような人手が求められる宿じゃなくて、そういう宿に入れず途方に暮れたような行くあてのない人間を泊めるような宿さ。まあ、だからといってきちんとした接客をするし、部屋が空き部屋ばかりと言うこともなくてそれなりに忙しい所なんだけどね」
商人の経営するような宿ではなく、趣味人の経営するような宿と言った所である。泊める人間を増やしできるだけ部屋を満室にすることで維持費がかさまないように経営努力するようなお金儲けをメインにする宿ではなく、宿のサービスをメインとしてしっかりと客に喜んでもらい満足して泊まってもらうタイプの宿。値段自体は少々高めではあるが、そこそこリピーターがついているタイプの宿である。
そういう宿ではあるが、従業員が二人、片方はそこそこ高齢と言う形であるためあまり泊められる人数が多くないという問題もある。そういうこともあって人を募集しているのだが。従業員になる人間をえり好みしているからうまくいっていない形である。まあ趣味での経営なので絶対に宿を維持しなければならないというわけでもないのだろう。
「……ん?」
「どうしたのルフェ」
ぴくり、と何かに反応するルフェ。しかしすぐに気にしなくなる。
「ちょっと多めの動物が通った感じだったから気になっただけだよ。移動か何かだったのかな」
「ふーん……」
そんなやり取りをしつつ、その間にベイズは街に入るため入り口にいる騎士とやり取りをし、馬車で中に入る。そうしてアイネの仕事先であり、この街にベイズが訪れた時に泊まるつもりである宿の方へと向かうのであった。
プリズムクロウの泊まり木。通称虹烏の旅亭。正式な宿としての登録名は前者だがここに来る人間は後者で呼ぶ。前者は正直宿の呼び名として考えにくいからである。なお、何度か名前を変えないかと言う提案もされているが、なんとなくつけた名前だがそこそこ経営期間も長く今は愛着がわいているので却下、ということで変更はされていない。
「いらっしゃいませ!」
「やあ、リルツェちゃん。こんにちは」
「あ、ベイズさん。いつも通りお泊りですか?」
ベイズは何度もこの宿に来ている。いわゆる常連と言うやつである。なので宿の娘であるリルツェも慣れた様子だ。
「ああ、そうなんだけど……実は客と言うか、うーん、ああ、仕事をしてくれる人を探してたよね」
「はい……ベイズさんの後ろの人たちがそうなのでしょうか?」
リルツェがベイズの後ろにいるアイネとルフェに対して視線を向ける。宿にて働く人間は女性を紹介してほしいということはベイズも知っているはずだ。そうであるならばその対象はアイネのはずだがその隣にいるルフェはどういう立場なのか、と言う疑問である。なおその要望はリルツェの祖母、クレアマリーの要望である。リルツェ自身はそこまでは思っていないが、実際に身の危険を感じたことがあるのでその制限に何か言うつもりはない。
「ああ……正確にはアイネちゃんだけなんだけど、ルフェ君に関しては……どう判断すればいいかわからないから今すぐどうするかは決まってないんだけど。とりあえず部屋は僕の部屋とルフェ君とアイネちゃんの部屋を用意してくれるかな?」
「……それはかまいませんけど、其方の方々はそれでよろしいのでしょうか?」
二人が夫婦、もしくは恋人であるのならばそれでも問題ないのだろう。ただ、アイネは仕事をする人間として、ルフェはベイズと一緒に来た人間であるならば問題である。もっともそうであるならばそもそもベイズが二人を一緒の部屋にはしないだろう。ただきちんと確認する必要があるということで直接リルツェが二人に聞いたのである。
「別にいいけど」
「問題ないよ」
「……はい、なら二つ部屋を用意しておきます。あ、布団は一つでいいでしょうか?」
「二つ頼むわ!」
一緒の部屋で構わないが布団は別、というのはまた難しい関係だとリルツェがアイネの待ったをかけるような叫びを聞いて思う。まあそう言われたのであればそうするだけなので、かしこまりました、と言って部屋の用意に向かう。
「あ、クレアさんはどこにいるかな?」
「今は奥にいます」
「はいはい、じゃあルフェ君とアイネちゃんは僕についてきてね」
二人はベイズの言うとおり建物の中を進む。その奥にある部屋、そこでベイズはノックをして中に入る。
「クレアさんいるかなー?」
「ええ、いますよー。ベイズさん、どうぞ入ってくださーい」
ベイズが中に声をかけるとそれに高齢の女性らしい、しかししっかりとして声で言葉が返ってくる。ベイズはルフェとアイネを伴い中に入る。そこにいたのは髪に白いものが多く見える結構な年齢の女性である。ただ年齢に見合わずそこそこ体つきはがっしりとしている。宿の力仕事はリルツェも手伝っているが、クレアマリーがしていることが多くそれが年齢が高くなった今も続いているためである。
「こんにちはクレアさん」
「ベイズさん、こんにちは……後ろのお二人もこんにちは」
「こんにちは」
「こんにちは」
クレアマリーはルフェとアイネにもきちんと挨拶をする。挨拶されると思ってなかった二人は少し戸惑いながらもきちんと挨拶を返す。クレアマリーはそんな二人を二コリと笑顔で迎えつつ、視線をベイズに戻す。
「ところで何の用かしらベイズさん。私に何か用があるのかしら?」
「ああ、うん。確かここで人を募集していたと思いますけど」
「ええ。私と孫のリルツェだけではお仕事が大変ですもの……そういう話をするということは、そちらのお嬢さんがお仕事がしたい子かしら?」
「……はい、そうです」
ベイズに話を任せてもいいが、こういう場合は自分から進んで出たほうがいいとアイネは判断し自分から前に出る。クレアマリーはそんなアイネに上から下、その姿を見ておおよそアイネの能力を把握する。客仕事の関係上そこそこの観察眼はある。今まで何人も仕事をしたいと申し出てきた人間も見ているのでそれからもおおよその能力判断ができる。
「……お仕事を任すには少々厳しい所があるかしら? でも最初はだれでもそうでしょうし、ずっと仕事をしてくれるのであればそれで構いません。わかりました、その子を従業員として受け入れましょう」
「うん、それはそれでいいんだけど……」
「まだ何かあるのかしら?」
すっとアイネからその後ろにいるルフェに視線を向ける。ベイズがわざわざ連れてきた以上、何らかの関係があるという判断は容易にできる。
「えっと、ルフェ君に関して何だけど……アイネちゃんといっしょに使ってくれないかい?」
「あら、私は女性のみを募集していたと思うのだけど……それをお忘れなのかしら?」
眼光が穏やかだが、ベイズに向ける視線は重圧を感じるような鋭さがある。年上の貫禄……と言うには少々怖いものだが。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「別に俺は他所に泊まるのでもいいんだけど」
「ちょっと、ルフェ?」
「……ちょっとお話聞かせてもらえるかしら? 彼にこの宿での仕事を任せるつもり……というわけじゃないのね?」
「うん、実は……」
そこからおおよそベイズの知っているルフェとアイネの関係性を含めた彼らの事情についての話となる。仮に夫婦であったならばクレアマリーもあまり厳しくは言わなかったが、そもそも恋人関係でもない幼馴染以上恋人未満の複雑なつながりである。逆に今まで同じ部屋で過ごして、将来の婚約関係もあるような関係性で何もないというのが変なのだが。
それを聞いてクレアマリーもどう扱ったものか、と言いたくなる。ルフェとアイネは現状他人に近い。なのでルフェを追い出すことには問題がないが、アイネはルフェ以外とのつながりがない。離れさせることはアイネを孤独にすることでもある。一応クレアマリーの下での預かりとなるのでこの宿の人間と言うことにはなるが、だからといって簡単にお互い打ち解けられるほど気安い中でもない。そもそも従業員と言う形で厳しくしなければならないこともあるため、身近な人間が支えとしてあったほうがいいだろう。
しかしルフェは男性だ。その心にどのような獣がいるか、孫が手を出されないか不安に思う気持ちもある。
「……………………」
ただ、ルフェは今までアイネに全く手を出していない。その手の感覚がないのか、それともアイネに興味がないのか、理由は不明だが少なくとも女性に対する手が早いわけではないだろう。ならば監視さえしっかりすればそこまで危険はないかもしれない。それに自分もそこそこ高齢になり体力仕事も厳しくなっている。それをルフェに任せるのは利点である。
そもそもアイネとさっさと恋仲になっていれば問題がない。二人のつながりや話を聞く限り、両方が想い合っているのだからとっととくっつけばいいのである。そういうことでクレアマリーは自分でも簡単に決めていると思うが受け入れる判断を下す。
「いいでしょう。アイネさんはこの宿の従業員として扱い、ルフェさんはアイネさんと一緒の部屋で過ごしてもらいます。そしてルフェさんはこの宿の力仕事のお手伝いをしてもらいます。それ以外は時々手伝いを頼んだりはするかもしれませんがご自分のお仕事をされていてもかまいません」
「おお、クレアさんが折れた!?」
「お二人は仲がよろしいようですから、離れさせるものどうかと思っただけです。そもそも村で婚約していたのであればすでに結婚してもいいと思うのですけど」
クレアマリーはじとりとルフェとアイネの方に視線を向ける。アイネはその視線に対し顔を伏せ、ルフェは特に何を考えているかわからないような表情で受け止める。アイネに関しては仕事を探してからということだったのだが、ルフェはわからない。一体何を考えているのか。
「まあ、いいです。部屋は後でリルツェに頼んで用意します……ベイズさんとお二人はすでに部屋を取っているのかしら?」
「そうだね。僕の部屋と、二人の部屋をすでに頼んだよ」
「じゃあ、明日から部屋は従業員の部屋に移ってもらいましょう……少々広い部屋の方がいいかしら。二人だものね」
そういう形でアイネの仕事が決まり、二人の過ごす場所も決定した。




