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 二日目。流石に二日連続で外を見張るのは、ということでルフェとアイネは中に入っている。代わりにケルムが屋根の上へと行くこととなった。一日目もほとんど魔物や動物の危険はない……事前にルフェが見かけた端から投擲で叩き潰したのもあるが、そもそも根本的に街道沿いは魔物も動物も少ない。一番危険視するのは盗賊くらいというものである。

 もっともそれも全ての場所でそうであるわけではなく、この街道では森付近をどうしても通らなければならず、その森からはぐれて出てくる魔物などがいる場合もありその危険性もあって四人と言う人数である。馬車一つで四人はどうしても人数が多めだが二つの危険、盗賊と森付近の魔物の危険を考慮してその人数である。ちなみに盗賊の話に関しては噂が多いのはこちらとは逆方向の街道である。ついでにいえば現在ほぼ壊滅状態なのでそこまで危険視する必要は無かったりする。その報告は残念ながらされていないが。


「誰か来たぞ!」


 上で外を見張っているケルムが中に声をかける。それを受けカークが幌から体を出す。ケルムの言った誰かは一人、ただの狩人のようだ。少なくとも見る限りではそういう風に見える。もっともそれが盗賊でないという保証もないし別の何かの意図をもって近づいている可能性もある。


「いったい何者だ!」

「俺はブレン! 狩人だ! すまないが乗せてってくれないかっ!?」


 ブレンと名乗った狩人は馬車に精一杯並走する。その必死の形相、無理に並走する理由も気になり馬車は一旦停止する。本来こういう場合止まる必然性はないのだが、その必死さから話を聞くべきだと考えた結果……なのかどうかはともかく馬車は一旦停止する。


「すまねえっ!」

「乗せるとは言ってないぞ! いったいどうした!?」

「そ、それは……」


 ブレンが少し言葉がよどむ。しかし馬車内のルフェが突然外に出る。


「おいっ!?」

「何か近づいてきてるぞ」


 そのルフェの言葉と共に、樹々が折れる音が森の方から響く。その音を聞いてブレン、ケルム、カークがその音の方へと向く。


「おい、ブレンとやらいったい何があったんだ!?」

「そ、それが森で狩りをしていたら何かでっかいのがいきなり……」

「っ! やばい! 近づいてきてる!」


 ケルムがその言葉を発した時点で音葉もう間近だ。少し馬車よりは遠めだが、その奥の方で木が折れる音が森からしていた。その姿はもうほぼ見える状態となっており、樹々がその存在が移動する過程でへし折られるさまもよく見えている。


「ジャイアントっ!?」

「何っ!? 依頼主さんよっ! すぐに馬車を動かせっ!」

「おい、ちょっと待ってくれよ! 乗せてってくれ!」

「わかったから掴むな! 入れ! おいルフェお前もとっとと乗れ!」

「先に行っててくれ。すぐに追いつく」

「何言ってやがるっ!?」


 そんな会話をしている間に街道にジャイアントと呼ばれた存在が出現する。それは周りの樹々よりも少し背が低い程度の巨躯、牙の生えた巨大なゴリラと表現するのが正しいだろう。それが移動し体当たりをするだけで木々がへし折れ、森を突き破って街道へと出てきた。今から逃げるにしても恐らくあの巨体で動けば馬車よりも速く動けることだろう。


「くっ! 間に合わねえっ! 馬車を出せっ!」

「あいつを置いてくのか!?」

「誰かが残るしかねえ!」


 ルフェを置いていくことに対して彼らの中でも思うことはあるが、自分たちの命には代えられない。そもそもルフェはここに残って殿を務めると自分から言い出しているのである。ルフェにジャイアントの相手を任せ引き付けてもらう、そうしなければ自分たちは生きられない。

 斯くして馬車はルフェを置いていき全速力でその場から逃走したのである。


「……さて、やろうじゃないか」


 ジャイアントは自分の前に存在する小さな影、それが放つ威圧感に動きを止めている。この巨体を持つこの魔物、化け物言ってもいいような恐ろしい存在が恐怖で静止している。ありえない、ジャイアントの心にはそういった感情が存在している。しかし目の前の存在が放つ威圧感は実際にジャイアントが感じており、その現実と自分の中の経験的な常識がぶつかり合いどうしたらいいかの迷いを生んでいる。


「なんだ? 俺が怖いのか?」


 軽く言葉でルフェがジャイアントを挑発する。その言葉をジャイアントが理解したかはともかく、それが自分を馬鹿にした言葉であることは理解したようだ。それにジャイアントは怒りルフェに向けて叫ぶ。普通の生物であればそれだけで委縮し、足を震わせ、腰を抜かし、怯え逃げ惑う。それなのに目の前の存在は涼しい顔で楽しそうに笑うのみ。ジャイアントは恐怖する。一体目の前にいる者は何なのか。その答えを出すため、ジャイアントは目の前の小さな化け物に対して襲い掛かった。






 馬車の中は先ほどの騒ぎがなかったかのように静かだった。ルフェを置いていったこと、そのことに対する罪悪感。そしてジャイアントという化け物が出たこともまた大きな理由だ。ああいった化け物ののように強い魔物は複数の狩人が必要であり、死者や怪我人も数多く出るような戦闘となる。恐らくはジャイアントを見つけた自分たちも参加しなければならないだろう。報告だけで済むはずもない。人数は多い方がいいのだから。

 そういうこともあり、馬車内にいる護衛の狩人、後から乗ってきたブレンの心情的には苦いものが存在している。


「……おい、大丈夫か?」

「ええ、気にしないで」


 その空気の中、依頼主は話せるようなことはなく黙り込んでいるがそれ以上に特に話題に入ってこない、何も言ってこないアイネの方がより不穏に感じられていた。ルフェの連れである彼女はルフェは殿を務めたことに対し特に何か言うということはなかった。それがルフェとアイネの付き合いを知っている護衛達には不気味に感じられたのである。

 それゆえにケルムがアイネに話しかけたのだが、返ってきた言葉は特にこれといって普通の返答だった。努めて無感情にしているわけでもなく、ケルム達に対しるルフェを残したという事実に対する敵意のようなものも見られない。それが逆に謎な対応となっていた。


「あいつを残していったことは気にしてないのか? 連れだろう?」

「……確かに心配だけど、なんとなくルフェが負ける気はしないの。心配だけど」


 カークがルフェが残ったことに関して聞くと、そういう答えがアイネからは返ってきた。それは通常あり得ない返答だ。特にジャイアントと言う存在の脅威や危険さを知っている狩人側からすれば絶対にそんなことを言うことは出来ない。ただ、アイネはジャイアントの存在を見ていない。その存在についての知識もない。ゆえに楽観的に物事を見ているのではという推測が護衛達に生まれる。

 しかし仮にそうであったとすれば余計にひどいことになるだろう。ルフェは絶対に帰ってくるはずがないのだから。


「負ける気がしないとか、そんなことあるわけないだろ」

「おい!」


 そこに余計な口をはさんできたのが一人、後から乗ってきたジャイアントを連れてきた張本人と言えるブレンである。実に空気を読まない。


「ジャイアントの強さを知ってるのか? あの体の大きさ、まともな攻撃が通用しなくて百人を超える狩人でようやく立ち向かい何十人の死人を出すあの化け物相手に負けない? 逃げることだって難しいのにありえるはずがないだろ」

「……連れてきたのはお前だろう」

「っ」


 ゴネストが静かに指摘する。それに対しブレンは何も言えず黙り込む。


「えっと、アイネ……ちゃん、気にすんなよ?」

「気にしてないわ」


 そう言ってアイネはブレンの方を見る。そして静かに言う。


「あなたこそ……ルフェの強さを知っているのかしら?」

「何?」

「私がいた村は先日魔物の群れに襲われたのだけど、それをたった一人でルフェは殲滅したわ。それも無傷で、素手で。ルフェの戦う強さをあなたは知らないでしょう?」

「素手でとか冗談だろ。そんな話したところで誰も信用しないぜ」


 ブレンはそういうが、カークとケルムはあの熊を持ってきたルフェの姿を知っている。ゆえにそのことをありえないと一笑に付すことはできない。


「そうね。普通なら信用できないでしょうけど」

「……勝てるわけないだろ。あの化け物に。それができりゃあそいつも化け物だよ」

「……………………」


 その言葉を聞いてアイネが浮かべた表情は悲しみ。周りはそれを本当はルフェが帰ってこないだろうということを理解しているのだという風に感じた。しかし実際はブレンの言葉、ルフェが化け物として見られてしまうその事実に対してのものだった。

 そして馬車を全力で動かし、馬も疲れ日が落ちかけたところで休息をとる。馬も少々無理をさせてしまったため次の日まではゆっくりと休ませなければいけない。そういうこともあって早めの休憩である。先日いた仲間がおらず、代わりに新しく入ってきた見知らぬだれか。空気がよくなるはずもない。静かに休息をとる準備が進む。

 問題となるのはアイネの立場、特にアイネはこの中の唯一の女性だ。連れであるルフェはいなくなり、どう扱ったものかと言う問題である。どうしたものかと考えられていたところに一つ人影が現れる。


「っ! ルフェ!」

「何っ?」


 そこにいたのは真っ赤……少し黒ずんだ血に濡れたルフェである。もうおおよそ乾いてはいるが。


「ひっ! ば、化けて出やがったか!?」

「酷いこと言うもんだな」


 ブレンの酷い物言いにルフェは苦笑する。もっともブレンに限らず、アイネ以外は同じように感じただろう。


「よく逃げてこれたな……っていうか、それ傷大丈夫か?」


 血まみれである以上その怪我は尋常ではないはずだ。一体どうしたものかとケルムが訊ねる。


「ああ、これは返り血だ。俺は特に傷を負っていないから心配するな」

「……は?」

「ああ、それとあれどうすればいい? 一応持ってきたんだが」


 そこに在ったのはジャイアントの腕。引きちぎられたジャイアントの左腕である。


「……は?」


 明らかに非現実的な光景、しかしその光景は目の前に存在する現実である。その事実に対し思考は追いつかず、狩人、依頼主含め硬直する。ただ一人アイネはまた何か色々と言われることになるのだろうと静かに溜息を吐くだけであった。

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