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アイネが仕事をできる環境を求め別の街へと向かう、それ自体は問題ないがそれとは別に問題となることはある。まずは移動だ。村から街への移動が結構大変だったことから当然街から街への移動もまた大変な行程となる。もちろん村から街へ行くよりは人の行き来も多くしっかりと街道の整備がされている以上危険は少なくなるし行き来もしやすいが、かといって歩いて旅するとなれば結構な時間がかかる。通常旅は歩いて旅をすることが多いがルフェはともかくアイネには厳しい。ある程度旅に慣れて体力がついて来ればマシとなるだろうが。
なので旅は馬車を用いての街間の移動としたいところだが、今度はそれにかかるお金の問題が存在する。一応旅をするだけのお金はあるが、馬車に乗るとなると結構な金額となるだろう。前払いか後払いか、どちらにせよ二人分が足りるかどうか不明だ。また馬車に乗れるとしても途中に必要な食事のお金、移動後の宿代などを考えるとそれなりにお金が有ったほうがいい。
そういったこともあり、ルフェは狩猟組合へと依頼を探しに来ていた。
「護衛依頼、護衛依頼…………」
護衛依頼。馬車に乗って街を移動すると同時に護衛と言う形でその代金も貰える一石二鳥の手段である。もちろん道中の危険は色々あるし人数が少なければ大変さも上がる。単純に得ばかりと言うわけではないが、ルフェ自身の能力を考えれば全く問題がない。
問題はアイネである。アイネは狩猟組合に属しているわけではなくそのため馬車に乗る場合は彼女の乗車代が必要となるだろう。そもそも護衛という形で乗る人間と一緒についてくる人間がいるとなると依頼側としても妙に思うだろう。
一方的にルフェの願いがかなうわけもなく、そういったことは事前に依頼主と話し合う必要があるか、もしくはそういうことに許容的である依頼でなければならない。
「よう」
「……何か用か?」
ルフェに気軽に話しかけてきた男は特にルフェが見覚えのある人間ではない。この狩猟組合所属の人間だがルフェに知り合いはいない。その見知らぬ男が突然ルフェに話しかけてきたのである。少し警戒した様子でルフェは受け応える。
「いや、昨日お前の狩ってきた獲物見てたぜ。すげえな」
「そうか。それで話しかけてきた理由は?」
「……ああ、いや何か仕事を探しているみたいだったんでな。それでちょっと何の仕事を探しているのかと思ってな」
「……護衛の仕事だよ。連れがいるんで一緒に乗っていける依頼がないかと思って探しているんだ」
一瞬関係ないだろうと話しかけてきた相手を突き放しそうになったルフェだがそれはそれで問題を起こしそうではあるし、別に他の人間と関わらない生き方をする必要もない。相手の目的は不明だが悪意で近づいてきたとは考えづらく、仮にルフェを利用するような意図があったとしてもルフェにとって目的であることを達成できるのであれば多少利用されたところで構わない。ゆえにルフェの目的、探している仕事について男に対して話す。
「もう街を出るつもりなのか」
「別にこの街にいる必要性もないからな。単にたまたまこの街に来たってだけだし」
「そうかー。護衛依頼ならいくつかあるが……連れ、か。良い仲の奴か?」
探りか単に興味があるだけか、それとも質問に意味があるかどうかは不明だがルフェにとってはあまり良い聞かれ方ではない。しかし無表情に努めつつ男に対して答えを返す。
「一緒に村を出てきた幼馴染だ。あんまり詮索はしないでほしいけどな」
「おおっと、悪いな。まあ何にせよ護衛依頼での同乗はいい顔されねえけどな……」
男はじっと依頼を見る。その中の一枚に手を伸ばし、その依頼をルフェに差し出す。
「これの依頼主は何度か依頼を受けて知り合いだ。口きいてやるから俺と一緒に受けないか」
「……ああ、別にいい」
「おお、なら一緒に依頼受けるぜ。ほら来いよ」
なれなれしい、やはり依頼を一緒に受けるつもりである、成果の共有が目的である、そんなふうにルフェは思ったが面倒な依頼者への口利きは男がしてくれるということもあり損ではないとルフェは考え男と共に依頼を受けることとした。ただ油断はしない。隠しつつも常に話しかけてきた男に対して警戒を続けている。
「ところでお前の名前なんだっけ?」
「そっちから名乗れ、と言いたくなるんだが……ルフェだ」
「おお、それもそうだな……名乗り遅れて悪い。ケレムってんだ」
ケレムが依頼主と交渉をし、一緒に依頼を受けたルフェの連れを乗せたいということに関して一応の許可を貰い正式に依頼を受領した形となる。街の出立予定は二日後、それまでにルフェとケレム以外の護衛に関しても募集に集まり問題なく出立出来ることとなった。
出立前の馬車の付近に護衛依頼を受けた四人と連れとして同乗するアイネ、そして依頼主も集まっていた。
「その人がケレムさんの言っていた連れ……ですか」
「いや、俺じゃなくて俺と一緒に護衛するルフェの連れだけどな。やっぱりそういう関係か?」
「ただの幼馴染、一緒に旅をしているだけだ」
その言葉にアイネとしてはむっと思うことではあったが、現状護衛を含めた全員の視線が集中している状態であるためか感情を表に出す前に視線で委縮してしまっている。
「ア、アイネです……その、ルフェと一緒に乗せてもらえてありがとうございます、ご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」
「……まあ、おとなしくしてくれるのであれば構いません。ルフェさんですか? お連れさんを一緒に乗せるのだからしっかり仕事をしてくださいね」
「はい。もちろんです」
少し厳しい言葉ではあるが、そもそも護衛依頼として来ているのであって旅をするために乗る馬車ではないのだから本来は同乗すらできないのである。それを許可しているのだからしっかりと働けというのは言われても仕方がない。
「さて……自己紹介しようか。同じ依頼で護衛を行うんだから自己紹介は必須だろ」
「俺としてもそっちのガキが気になるからいいが」
「……まあ構わないが」
残りの二人、一般的な狩人の装備だが体の大きい立派な筋肉を持つ肉体の男性と、細目ではあるがしっかりとした武器防具を装備している男性の二人。ケレムは一般的な狩人風。その三人に対しルフェは見た目だけで言えば一般男性にしか見えない。一応軽く装備は整えているが、武器もなく体もそこまで強そうには見えない。もっとも立派な体格をした男性がルフェが気になると言ったのは先日の熊を持ち込んだ現場を見ているからだが。
「俺はケレムだ。えっと、こっちのはルフェ。今回は一緒に依頼を受けてる」
「ルフェだ。よろしく」
「俺はカーク。本当に熊を持ってきたとは思えねえ体つきだが……目の前で見たら信じねえわけにはいかねえしなあ……」
「私はゴネスト。依頼さえしっかりとしてくれるのであれば構わない」
基本的に積極的に友好関係を築くという形にはならないものの、そこまで険悪な関係にはならないようではある。
商人の馬車というものは基本的にその商人の扱う商品が載っている。そういうこともあって馬車内というのはそこそこ狭い。護衛である四人と同乗する一人、そして依頼主。それに商品が馬車の中にあるとなれば馬車内はどうしても狭くなる。四人でもそこそこ厳しい広さだというのに同乗者一人増えればその分狭さも増す。さらに言えば男五人に女性一人、問題が起きかねない。馬車自体はそこそこ広くはあるものの、中に全員が乗るのは厳しい。
そういうこともあり、ルフェとアイネは外に出ていた。馬車は幌馬車の類であって一応の天井が作られている。もっともそこまで頑丈と言うわけではないが、一応外の見張りとして一人が上に乗っていられる場所は存在していた。もちろんそこに二人が乗るというのは難しい所ではあるが。
「……恥ずかしい」
「二人は座れないんだから仕方がないだろ」
そういうこともあり外に出ている二人は同じ場所に座っている。ルフェが座り、その上にアイネが座っているという状態だ。密着状態なうえに膝の上に乗るというのも妙にくすぐったい感じがしてアイネは少し恥ずかしく感じている。さらに言えばこの状態であることが中にいる人間に知られているのも恥ずかしく感じる要因だろう。
「私は中でよかったんじゃないの?」
「……それはそれで不安だからな」
ルフェの連れである以上中に残したところでアイネに手を出されるということはないだろう。しかしアイネを一人で男所帯の中に置くというのはルフェとしては不安が残る。そういう形で無理やり外に連れ出した、ということだ。
「……あっちに魔物が一体」
遠くにルフェが魔物を確認する。こちらに近づいてくる様子はないが気づけばすぐに向かってくるだろう。一応方向は向かっている方向ではないので安全そうだが先に倒しておくのに越したことはない。
ルフェがその場で石を投げる。投げられた石はそのまま豪速球となりまるで流星のように飛んでいく。それはそのまま魔物へと向かっていき、魔物の頭部を貫通し地面に着弾する。
「……間近で見ているとやっぱりおかしいわよ、絶対」
遠くの魔物を撃ち抜くルフェの行動を間近……目の前で行われるのを見てアイネはそういう感想を抱く。一応安全のためにやっていることなのだが、実際に起きている結果としては一方的な攻撃による掃討である。しかもその位置が外にいる状態でようやく地面に着弾したことによる破砕音が聞こえるくらい、つまりはかなりの遠距離だ。その位置を見て、その場所まで石を投げられる時点で色々とあれである。
アイネはルフェがそれを本当に理解しているのだろうか、と思っている。いつかこの人間離れした実力を知られ排斥されるのではないか、もしくは危険視や悪意を向けられ捕らえられ殺されるようなことになるのではないかと言う心配もある。
「ルフェ、大丈夫?」
「……大丈夫。アイネだけはちゃん守るから」
その言葉の意図を理解しつつ、ルフェはアイネにそういう。最悪の場合でも一緒にいるアイネはどうにかして守る、と。アイネはその言葉を嬉しく思いつつもルフェが自分を犠牲にしかねないことに不安な気持ちを抱くのであった。




