第1話
ハロウィン、それは人間だけでなく、僕たちお化けやモンスターと呼ばれる者たちも賑わう、年に一度のお祭りだ。
「Trick or Treat!!」
ランタンの下がった家をノックして、一年分のおやつを確保していく。これで、僕のご主人様も喜んでくれるはず!そう思いながら、僕はまた一件、また一件と、知らない家のドアを叩く。
僕のご主人様は、由緒正しきヴァンパイア。主食のはずの血液は、年に一度でいいらしく、欲しがることはそうそうない。代わりに、生のお肉やお魚を結構な頻度で食べている。お菓子も好きなようで、果物をお菓子に変えて僕たちと一緒に食べることもしばしば。
僕たち下僕にも優しくて、素敵なご主人様だ。
けど、そんなご主人様にも一つだけ困ったことがある。
「ご主人様、お菓子いっぱい貰ってきました!お茶入れますので、ティータイムにしませんか?」
「お帰り、わが愛しの下僕じゃなかった」
「下僕でいいんですよ、ご主人様」
「せっかくサーチェって可愛い名前を付けたのに、下僕のままでは私が悲しいじゃないか。やはり、数百年も名前を付けなかったのがいけなかった。サーチェを作った時に名づけるべきだったな。すまなかったな、サーチェ」
そう言って、僕の頭をよしよしと撫でてくれる。あぁ、やはり僕のご主人様はとっても優しい。
「そんな、お気になさらないでください。素敵な名前をありがとうございます、ご主人様。さて、お茶の準備をいたしますね」
お茶の準備をするため、キッチンへと向かう僕の腕をつかむご主人様。わぁ、なんだかとても真剣な顔をしていますね。まずい、これは困ったことを言い出すときの顔だ。
「愛しのサーチェ、お菓子だけでなく、ニンニクも一緒に食べたいから、ガーリックトーストも作ってくれないか?丸かじりは我慢するから!」
「ダメです!!ご主人様、わかってますか?あなた、ヴァンパイアなんですよ?何回死にかけたら諦められるんですか。今度こそ死にますよ!」
「もうワンチャンある気がするんだ」
「ないです」
そう、このご主人様はヴァンパイアなのにニンニクが大好きなのである。
しかし、ニンニクに素手で触れば骨近くまで爛れ、食べようものならば体内のいたる組織がボロボロになってしまう。もちろんそんな状態なので消化することもできない。食べた後は、ただひたすら地獄のような苦しみを味わうことになる。
それでも、この困ったご主人様はニンニクを欲しがるのだ。いくらずば抜けた再生能力があろうとも、死ぬ危険性だってある。
むしろ、あの状態で生きている方が異常なのだ。
由緒正しいヴァンパイアであるからこそ、あの状態でもかろうじて生きていられる。いや、由緒正しいヴァンパイアでなければ、あそこまで苦しむことはないのかもしれない。爛れた部分から、再生することも出来ずに灰となって死んでしまうだろう。
ニンニクは、不死身とほぼ変わりないヴァンパイアを殺す可能性のある、唯一の食べ物である。
それなのにだ。うちのご主人様ときたら、僕に内緒であろうことかニンニクの丸かじりという暴挙に出たのだ。手と口内を爛れさせながらも堪能し、結果、十年も目を覚まさない重症だった。
あれほど絶望的な気持ちになったことは、生まれてから五百年はたつが感じたことはない。それでも、いまだにニンニクを欲しがるあたり、懲りた様子はないようだ。このご主人様には自殺願望でもあるのだろうか?死ねない体を嘆いているのかと悩んでしまう。
もういっそのこと、直接聞いてしまおう。悩むだけ時間の無駄だ。