6-9-B この左手を
悠輝は触手から飛び降りると、辺りを見回して、おおよその状況を掴んだようでしたが、私はそうも行きません。
悠輝は死神ですから、扉渡りを使えばここまで来るのは容易いかもしれません。でもどうしてここに?一体何のために……
「そんなことはどうでもいい。それより今はあれをなんとかした方がいいんじゃないか?」
巨木を見つめる悠輝の言葉に、小さく頷いてしまいました。全然「そんなこと」ではないのですが。
悠輝はうねる巨木を見て、なにかを探しているようでした。
悠輝もあの巨木は一度見たことがあるはずですから、その時と比べてなくなっているものにすぐに気がついたのでしょう。
リュネットは、あの中にいます。
全く、悠輝の登場に驚きすぎたせいで涙も止まってしまいました。
私ひとりでなんとかしようという考えがそもそも間違っていたんです。
悠輝がいてくれるなら、リュネットから悪魔を祓う方法があります。
◇◇◇
古来より伝わる、悪魔を祓う儀式です。
対象を何らかの方法で空間から隔離し、大量の魔力を以てそれを祓う。
これは禁書庫で発見した悪魔祓いの儀式で、実際に行われた例は数える程しかなく、通常では大人数のエクソシストが集まって儀式を行うようでした。
しかしそのコストに似合うだけの力はあり、対象から悪魔だけを確実に祓うことができるようです。
実行には大量の魔力を消費するため、私ひとりの魔力では雀の涙程度にしかならず、さっきまでは考えもしなかったのですが、悠輝がいてくれるなら、可能性はあります。
まず私は、悪魔を囲むように12本の剣を床に突き刺しました。
そこに悠輝が麻縄を巻き付けていき《魔法円》を作成します。これによって悪魔を空間から隔離する事ができます。持っていると何かと便利な麻縄ですが、ここで役に立つとは思っても見ませんでした。
魔法円の作成の際に剣が折られてしまったりしては元も子もないので、剣を飛ばして、悪魔の気を引きます。
私はゴルフバックを開け「voler!」と、命令を下します。
すると、ゴルフバックから鳥のように次々と剣が飛び立っていきます。
その内の12本は悪魔を囲むように突き刺さり、残りの4本は悪魔の周りを飛び回ります。
悠輝が麻縄を持って走り出します。護衛に剣をつけようかと提案したのですが、悠輝の相棒だという着物姿の少女が現れて、そのまま走っていってしまいました。
複雑な気分です。
悠輝の方に剣をまわさなくていいのなら、私は悪魔に集中できるのですが、悠輝の相棒だというあの少女、一体何者なのでしょうか。
それはさておき、私は4本の剣にありったけの魔力を込めて悪魔を引きつけます。悪魔の行動本能は魔力を求める動きですから、その方が引きつけやすいはずです。
予想通り、悠輝と少女には目もくれず、悪魔は剣と戯れているのですが、思ったよりもはるかに燃費が悪いです。
激しい頭痛と共に、視界から色が消えて淡い褐色になっていきます。
もう魔力が尽きようとしているんですね。
体感ですが、最近更に燃費が悪くなってきているように感じます。
魔力欠乏症のせいでしょうか。
普通に魔力を行使できる人でも、体から魔力が完全に抜けてしまうことなんてまずありえません。なぜならその寸前で使用を停止するからです。
あれこれと考えている内に、痛みが退いていきました。そして、視界は完全にセピア色に。魔力欠乏症の症状ですが、気になんか留めません。
しかし私の気持ちとは裏腹に、私の魔力は底をつきました。
「……ジェシカ……」
私の名を呼ぶくぐもった声が聞こえます。どうやら私は耳まで悪くなっているようです。
床に突っ伏すように倒れた私を支えてくれたのは、悠輝でした。
だんだんと体に魔力が戻っていくのを感じます。
「すみません、ちょっと、ガス欠です……」
悠輝は私に意識があるのを確認して少しほっとしているようでした。
「悠輝!後ろじゃ!」
口調に似合わない幼い声が聞こえました。
その瞬間、悠輝が私をぎゅっと抱きしめました。
突然の事態に当惑する私ですが、体が思うように動かず、結局そのまま抱かれる形に。
「ゆっ、ゆう…き……?」
「ハイヤー!!」
しかし私の声は聞いたことのあるかけ声と爆音によってかき消されてしまいました。
「こっからが本番やで!」
爆音の正体は天井を突き破って登場したモンファでした。
「252!345!175!」
モンファが座標ををトランシーバーに向かって叫ぶと、またしても天井を突き破り、数弾の射撃が行われ、撃たれた根は朽ちてなくなりました。あのレベルの射撃ができるのはヨキだけです。
モンファがトランシーバーに向かって何か言い合いをしているようですが、ヨキに何か無理なことを言っているのでしょう。
それはそれでいいとして、モンファはなぜここにいるのでしょうか!?
モンファは待機組です。簡単に本部を離れられないはずでしょう!?
モンファは、付き合いの長い私でも今までに見たことのないくらいの笑顔で言いました。
「仕方ないやろ。ジェシーが可愛すぎるんや」
言葉が出ませんでした。
そんな理由のためにわざわざここまで来たんですか。
まあ、モンファの行動理念はそれに限ることなんて、私が一番知っているのです。
「あれをやるつもりなんやろ」
悪魔祓いの儀式に関してはモンファとも情報を共有していましたから、状況を見て把握したのでしょう。
私は右手で悠輝の手を握りリュネットのいる悪魔に向けました。
もう放しません。
大きくてごつごつした、少年の手を。
私は、この左手を絶対に、




