5-13 真価
戦闘開始からからおよそ30分が経過したが、状況は変わらず、一進一退の攻防が繰り広げられていた。
歌姫型1体だけならもっと簡単に事態は収束したかもしれない。しかし歌姫型は、自身の身体から分裂させた小型のイーターを使い、自身を護るようにして配置していた。
さらにこの小型のイーターは、高速で移動するため、超高速の攻撃に加え、歌姫型の声による衝撃波での攻撃。これにより、歌姫型は死神を一切近づけなかった。
クリスさんの弓《ロビン》
大山さんの戦斧《大山2号》
松崎さんの拳闘《焔と雫》
ライアン先輩の騎槍《ソリテュード》
そして僕の刀剣《かぐや姫》
それぞれが、それぞれの《器》を使って、イーターを討伐しようとしていた。
普通に近づけば小型のイーター阻まれ、ロビンを使った遠距離攻撃は、歌姫型の衝撃波によって力を殺され、歌姫型に届く頃にはほとんどダメージは残っていなかった。
「一旦退いて、体制を整えましょう!」
松崎さんのかけ声で、全員が大きく後方に飛び退いた。トンネルの上に乗り、そのまま歌姫型がギリギリ見える位置まで遠ざかった。
「全員の《真価》を発揮しても無理そうね」
落ち着いた口調で語るクリスさんとは裏腹に、弓に映るロビンは俯き、帽子で目元を隠していた。
「おれっちがもっと強けりゃ……」
「そうだなぁ!ワシらの近接武器じゃ近づけもせんからなぁ!」
大山さんがデカい声で言う。ロビンを慰めるつもりだったのかもしれないが、ロビンには嫌みのように聞こえたらしく、またひどく俯いてしまった。
「そんな風に言ったらだめですよぉ……」
緊張感のない声で大山さんを咎める大山2号。
少し前に訓練してもらった時に1度会ったが、口調通り、おっとりとした女性だった。
「のんきに話ている場合ではありませんよ。何か打開策を考えないと……」
「考えないとー」
「とおー」
松崎さんの声を2つの声が追いかけるように反復するのは、焔と雫だ。
「《真価》使うー?」
「つかうー?」
「おそらくは、そういうことになるでしょうが《真価》を使ったところでこの状況を打開できるとは……」
《真価》とは、器本来の力の事である。
使用から発動までに時間がかかるうえに、使用者側も器側も、大きな負担を負うことになるため、いわば切り札的な使い方をしなくてはならない。
「あの声を止めて、一瞬でも近づくことができれば……」
ライアン先輩の言葉に、僕の中で何かが繋がった。
「あのナメクジの声を、一瞬でも止められればいいんですよね」
「まあ、そうなるが……」
「僕に、考えがあります」
◇◇◇
僕はかぐや姫と手をつないでトンネルの前に立っていた。
歌姫型は僕に気づいてゆっくりとこちらに向き直る。
「我、契約者の名の下に、神楽鈴の命、汝に命ず。その真価を発揮し、仇なす者に神の制裁を与えよ!」
僕が言い放つと、僕とかぐや姫を眩いばかりの白い光が包んだ。
眩しさからか、小型のイーターは、近づくことすら許されない。
シャン
鈴の音色が響き、光が解き放たれる。
そこに立っているのは、白い巫覡の衣装に身を包み、にこやかに笑う恵比寿の神楽面をつけた、僕だ。
かぐや姫は、真の姿、神楽鈴へとその姿を変え、僕の手に握られていた。
幾つもの小さな鈴が、少し揺れる度にシャランシャランと音をたてる。
光が消え、僕に近づくことができるようになった小型のイーターたちは、僕めがけて超高速で突進してきた。
シャン
鈴の音にしては巨大すぎる音が辺りに響き渡り、小型のイーターたちを吹き飛ばす。
これも、衝撃波による攻撃だ。
近づいてくる小型のイーターたちを吹き飛ばしながら、ゆっくりと歌姫型に近づいていく。
歌姫型を見上げるくらいに近づいた時には、小型のイーターは一掃されていて、歌姫型はそれ以上小型のイーターを出すことはなかった。
「かぐや、いくよ」
「承知」
僕はかぐやを掲げ、今までで最も大きい音を鳴らした
シャラン
激しい衝撃波が周辺を包む。
木々が大きく波打つように揺れ、巨大な歌姫型でさえ、その衝撃によって後退させられているのが分かる。
そのとき、僕の後ろで幾つもの声が重なった。
「我、契約者の名の下に、フェイルノート、汝に命ず。その真価を発揮し、仇なす者に神の制裁を与えよ!」
「我、契約者の名の下に、エッケザックス、汝に命ず。その真価を発揮し、仇なす者に神の制裁を与えよ!」
「我、契約者の名の下に、ポルクス、カストール、汝等に命ず。その真価を発揮し、仇なす者に神の制裁を与えよ!」
「我、契約者の名の下に、ゲイ・ボルグ、汝に命ず。その真価を発揮し、仇なす者に神の制裁を与えよ!」
刹那、僕の頬を何かがかすめた。
後ろから飛んできたそれは、歌姫型に深く突き刺さると、息をつく間もなく、歌姫型の内側から30本の槍となって四方八方に炸裂した。
ハリセンボンのように膨らんだ歌姫型は、地面に向かってに突き出た槍の力によって少し浮いた。
その隙間に滑り込んだのは松崎さん。
しかし僕の目には、瞬間移動したように見えた。それだけ、高速で移動したのだ。
松崎さんは、巨大な歌姫型の身体を大きく打ち上げる。
10メートルほど打ち上がったところで歌姫型の身体を無数の矢が襲う。
はるか遠くから放たれた矢は、乱雑に飛んできたはずなのに、全てが歌姫型に命中する。内側と外側から無数の攻撃を受けた歌姫型は、もはやナメクジのような姿を見ることはできなかった。例えて言うのなら、たわしのような外見だった。
この地球には重力というものが存在する。
打ち上げられた歌姫型は、下で待ち構えている大山さんに向かって垂直に落下していく。
大山さんが手にしているのは4メートルはある巨大な斧。しかし斧というよりは、包丁の刃の部分だけを大きくしたような見た目の武器。しかし巨大すぎるが故に、それを武器だと思う人間はいないだろう。
大山さんは落下してくる歌姫型を、半月を描くように斬り上げた。
武器の大きさのせいなのか、大山さんの性格のせいなのか、斬るというよりは、叩き割るという感じがした。
僕たちは、死神として、誰かの命を救ったのだ。
◇◇◇
この件が連盟本部に高く評価され、僕は飛び級で、1級死神となった。
この時のライアン先輩が1級だったのでどう接したらいいか悩んでいたが、ライアン先輩も飛び級で3段になっていたので、僕の心配は杞憂に終わった。
僕にも、救える命がある。
そんな誇りを胸に帰宅した僕は、どこかで嗅いだことのある嫌な臭いが家に充満していることに気がついた。
家には今妹しかいないはずだ。
部屋を出て階段を視界に入れたとき、その臭いの正体を思い出した。
「血の臭いだ……」
妹に何かあったのだろうか。
とにかく、早く、妹を見つけださないと。




