5-12 歌姫型
《魂を喰らう者》の存在は、ライアン先輩から聞いていた。
生きとし生けるもの全てに害をなし、その魂を貪り続ける恐ろしい怪物。年に数体ほど確認されており、基本的には、発見され次第死神連盟によって討伐されている。
「うちのコミュニティーのメンバーが発見したんだ。他の対イーターコミュニティーに依頼をしたいんだが、ほとんどが出払っている状態で、戦力として期待できないんだ」
つまり、うちのコミュニティーで討伐するということか。
「そうなる。今、松崎さんが戦力になりそうなメンバーに声をかけて回ってる。イーターは危険だ。だから今日はお前はもう帰れ」
帰れと言われ、当惑する僕の服の裾をかぐや姫がくいくいとやってきた。
「のう、妾その、いーたーとかいうの、何のことだかさっぱりなんじゃが」
その問いに答えたのはライアン先輩だった。
「お前からすれば、《悪鬼》と言えばわかりやすいか」
「悪鬼……!!」
かぐや姫の、裾を握る手が震えている。
恐怖、怒り、憎しみ、あらゆる負の感情が僕の中に流れ込んでくる。
「どうした…?」
僕の声にハッとしたように我に返るかぐや姫。
「すまぬ。少し、昔の事を思い出しただけじゃ……」
かぐや姫はもう1度僕の裾を強く握ると、ライアン先輩に向かって言った。
「妾も参加させてほしい」
「なっ……!」
思ってもいなかったかぐや姫の言葉に目を見張るライアン先輩。
「あやつの危険性は妾もよくわかっておる。じゃがな、それを無視して茶を飲んでいることなど妾にできるはずがなかろう」
やってしまったとばかりに頭をかくライアン先輩。しばらく考えた後、小さく溜め息をついた。
「ったく、仕方ねぇ。松崎さんには俺が話をつけておく。30分後に作戦開始だ。ここで待っとけ!」
ライアン先輩は力強く言うとどこかにかけて行ってしまった。
ライアン先輩の背中が見えなくなってから、かぐや姫は膝をついてしゃがみこんだ。
何があったのか。僕はかぐや姫を抱きかかえるように同じくしゃがんだ。
「……お主を巻き込んでしまって申し訳ない。ただ、少し気を張っていたのでな。それが解けてしまって、全身の震えが止まらんのじゃ……」
幾重もの着物に守られた小さな身体は小刻みに震えている。
負の感情が伝わってくるのは、きっとかぐや姫の震えだけのせいではない。
僕たちは、魂がつながっている。
「僕たちは、正真正銘の一心同体。何も気にすることはないよ。それに、イーターのことは1度見ておきたかったからね」
「ふふっ。のんきじゃな」
少し落ち着いたようだ。
かぐや姫だって、僕がのんきに振る舞っているだけだと分かっているだろうに。
そのとき、僕たちを何かの影が包んだ。
「よおう!お前たちが作戦に参加したいっちゅうガキか!ワシが最低限使えるように訓練しちょる!ついて来いや!」
2メートルはあろうかという大男がそこに立っていた。
◇◇◇
途中で曲がっているせいで出口の見えない、暗く、大きなトンネルの前に僕たちはいた。トンネルの前後には、コンクリートで広く長い道が敷かれていて、その周りには雑木林が広がっていた。
トンネルを塞ぐ死神たちは、僕とライアン先輩を含める松崎コミュニティーと、この作戦のために集められた戦闘型の死神が何人かいた。
「……来ますよ」
松崎さんの声と共に雑木林から現れたのは、腐ったナメクジのような黒い物体。
しかしそれはナメクジというにはあまりに巨大で、全身が見える前に道路を完全に塞いでしまっていた。車通りが全くなかったのが幸いというものだろう。
しかし今から数時間後、この道を修学旅行生が乗ったバスが通る。人数にして264人
イーターは本能によってそのバスを襲撃し、その魂を喰らう。しかしそれは交通事故として処理され、現世における大事故となるのだ。
巨大ナメクジはこちらに気づくと、ゆっくりとこちらを向いて、近づいてきた。
「kprrrrrrrrrrrrrrr!!!」
ナメクジは奇妙な声で咆哮し、威嚇している。
しかしそれは、威嚇などではなかった。
コミュニティーメンバーのおよそ半数が頭を抱えて倒れ込んだのだ。
「どうした!あいつ……一体何をしやがった!」
これは後で分かったことなのだが、このナメクジの声には人の気持ちを不安定にする力あるらしい。要するに、あのナメクジの声を聞いた人間は、発狂に近い状態になってしまうのだ。
後に、歌姫型と呼ばれる所以である。
「くそっ!動ける奴は動けない奴を連れて本部に戻れ!クリスと大山は残れ!あとは俺と松崎さんで何とかする!」
ライアン先輩のかけ声で、コミュニティーメンバーが動き始める。
各自大きめの扉を出現させ、他のメンバーを肩に担いだ状態で扉渡りを行った。
ちなみに僕は、かぐや姫と手をつないでナメクジを見ていた。
「お主は良いのか?」
「ここまで来てなにもしないで帰るなんて野暮じゃないか。無傷だしね」
僕は繋いでいない方の手をひらひらとやって見せた。
「なら良い。さて、ゆこうぞ」
かぐや姫は覚悟を決めたようだった。手を握る力が強くなる。
僕は深呼吸して、つないだ手を思いっきり持ち上げる。
かぐや姫は飛び上がり、一瞬こちらをみて笑顔になると、黒い炎へとその姿を変えた。
僕はそれを掲げ、両手で握ると一閃、虚空に弧を描く。
チリン
美しい鈴の音が響き、黒い刀が現れる。
死神は仕事をするときには身の丈ほどの巨大な鎌を使う。それが一番扱いやすく、イメージから造形までが早いのだ。
しかしそれはあくまで仕事をするときの話。
イーターと対峙する時は、鎌とは別の武器を使うのだ。
ついさっき大山さんに教わったことだけど。
僕は鈴のついた一振りの刀を手に、《歌姫型・魂を喰らう者》に向かって歩き出した。




