5-11 死神の力
本格的に死神になるにあたって、様々なことを教えられた。
まず1つは、死神というのは、副業のような感覚で良いということだ。
死神をやっているのは全員生きた人間。日本憲法で保証されている程度の生活を送る権利がある。死神連盟から給料がでたりすることはないから、成人なら働かなくてはならない。
僕の場合学生なので、学業の傍ら、死神をやるという形になる。
それから、死期がわかってしまう能力はある程度制御できるようになった。
かぐや姫や、ライアン先輩の助力のおかげで、普段は見えないが、見ようと思えばはっきり見える、というところまで操れるようになった。
制御の訓練中に知ったのだが、死神になる以前から死期がわかる力に目覚めていることは滅多にないのだという。
「じゃあ、明日またこの時間に」
僕はライアン先輩に一礼して書斎の扉を押した。
扉の向こうは真っ暗闇の空間。もう見慣れた。
僕は躊躇なく1歩を踏み出すと足元に石造りの床が現れて、次の1歩を踏み出すとそれは崩れて落ちていった。
これは《扉渡り》という技術で、世俗的にいう《魔法》の一種らしい。
任意の場所に扉を作り、この真っ暗闇の空間を通って、目的の場所に作り出したもう一つの扉から出てくるという技術。この真っ暗闇の空間は、現実よりも縮尺が小さいらしいので、イメージとしては、地図の上を歩いている感覚だと言っていた。
死神は職業柄この技術に長けていた方が何かと便利らしい。
しばらく歩くと僕の背の丈ほどの扉が見えてくる。
ノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けると、その向こう側は、妹と兼用の自室になっていた。
窓からは夕焼けの空が見える。まだ5時くらいだろう。
僕はキョロキョロと辺りを見回して、誰もいないことを確認した。
靴を脱いで部屋に上がり、その靴を持って玄関に向かう。
靴を玄関に置いて、一仕事終えた僕は、唐突なのどの渇きに襲われ、キッチンに向かった。
僕が死神になってからまだ半月程しか経っていないが、僕の心境は、大きく変わったと思う。自分なんかどうなったっていい、早く死ねばいい、けれど死にたくない。そう思っていた自分はどこかに行ってしまった。
楽しい、という表現は少し不謹慎かもしれないが、僕が死神でいる時間は、今自分は生きているのだと、感じられる時間だった。
この半月程で、僕は2つ仕事をこなした。
1人は今年で98になる高齢のおばあさんで、衰弱死だった。特に思い残したことはないが、漬け物を漬けっぱなししているような気がするのが気がかりだといっていたので、後で様子を見に行った。そこでは、もう遺品の整理が始まっていて、漬け物が入っていると思われる黄色いバケツは、その子供たちに受け継がれていた。
もう1人は若い男性だった。癌で、半年ほど前から余命宣告を受けていた。男性は、その間に様々な事に挑戦していて、最期の瞬間も、大勢の人に看取られて亡くなった。ただ、想い人にその想いを伝えられなかったと言うので、魂だけの状態で一筆したためて貰い、こっそり相手のポストに入れておいた。
死神の仕事は、ただ魂をあの世に送るのが仕事ではない。
その人が生前思い残したことをできるだけ叶えてやるというのが松崎コミュニティーのやり方らしい。死神連盟のルールにも抵触しないし、別に問題はないのだという。
キッチンでお茶を入れてリビングで飲んでいたら、ちょうど妹がやってきた。
飲むかと聞いたらうなずいたので、カップをもう一つ用意した。
しかし妹はそのカップをしまってしまった。
「これじゃない。こっち」
そういって熊がデザインされたマグカップを取り出す。
妹専用、ラリックマのマグカップ。貰い物だ。貰った相手は、千尋ちゃん。
「そういえば、お兄ちゃん。明日授業でカッター使うから、貸して?」
工作でもするのだろうか。自分の時にはカッターなんて危ないもの使わせてくれなかった記憶があるが、今は特に気にしないのかもしれない。
僕は自室に戻り、自分用の勉強机の引き出しからカッターを取り出して、リビングにいる妹に手渡した。
ついでに使い方も、と言われたのでロックのかけ方、外し方などをレクチャーした。
僕はこの時に気づいてあげられれば良かったのだ。悠羅からの、言葉にならないSOSに。
◇◇◇
翌日、昨日出向いたのと同じ時間にあの書斎に向かった。
右足をドンと強く踏み込んで、扉を出現させる。何か力を込めるような動作があるとやりやすいと、ライアン先輩に教わった。
問題なく書斎にたどり着いた僕は、いつも静かな書斎と打って変わって慌ただしく人が出入りしていることに気がついた。
「なんじゃ、忙しそうじゃの」
かぐや姫が呟く。
かぐや姫は死神の《器》であることに満足しているのか現実で僕に話しかけてくることは少なくなったが、僕が死神として動いている時は、こうして実体化している。
「嫌な気を感じる。いったい何があったのじゃ……」
この空間全体がピリピリしていて、これから何かとてつもなく不幸なことが起こるのではないかという不安感に襲われる。
僕たちに気づいたライアン先輩が駆け寄ってきて、至極手短に、状況を説明してくれた。
「《魂を喰らう者》が現れた」




